汚点
ルービスは悪い夢をみている気分だった。
自分の夢が、父親が思いもよらぬものに形を変えていく。それどころか、自分の存在そのものが根底から覆される。
「突然言われて驚いただろうが、私とお前は仲間だ、この島にはない血でつながった深い仲間だ」
オクタリヌはルービスを気遣うように優しい口調で話した。
「わかってくれれば手足の錠は外す。私もお前にこのような真似はしたくないんだ」
「わかるって何を? この戦争に加われっていうの? この島はこの島にいた人たちにものだわ」
まるで自分まで島の人間ではないようだ、とルービスは悲しくなった。
「支配者は常に変わる。先に住んでいたものが、先に支配していたものが永遠にそこを支配するというのなら、なんの発展もないだろう」
オクタリヌは言葉を選んでいるのか、ゆっくりと話した。
「我々の歴史も落ち着いたら話そう。今、このようなやり方がベストではないかもしれないが、統治することには意味があるのだ。この島の未来を考えれば、我々が支配することが一番なのだ」
「奴隷制度が? 私は絶対にあなたたちのやり方には賛成しない」
オクタリヌはため息をついてルービスの手を自由にした。
「奴隷制度を行っていたのは私だけだ。いくら小さい土地とはいえ、私には支配は難しかった。こんな小娘が統治するには力で支配するしかなかった。だが、島を統治するためにあの土地を先に支配する必要があり、その担い手は残念ながらまだ私しかいなかった。とはいえ、奴隷制度は褒められたものではない。お前の言うことはまっとうだ」
そう言ってオクタリヌはルービスに剣を渡した。
「お前が私の代わりとなってくれるのなら、その罪を背負って死ぬ覚悟はできている。殺してくれても構わない」
ルービスはオクタリヌの真剣な眼差しを見て、彼女が本心からそう言っていることを悟った。
「ルービス、やめて!」
静かに聞いていたレイがオクタリヌとルービスの間に割って入ってきた。
「オクタリヌはみんなに誤解されているんだ。本当は心の優しい人なんだ」
ルービスはレイの言葉にカッとなった。オクタリヌがケディや自分にした仕打ち、そしてマラハラ国民にしたことはまだルービスの脳裏に焼き付いている。
「この子に何をしたの? レイ、目を覚ますの!」
「ルービスこそ! 冷静になって!」
「何言ってんの!」
レイとルービスの取っ組み合いの喧嘩になりそうな雰囲気だ。オクタリヌはレイとルービスを引き離した。
「私はこの島の大きな歴史の歯車の一つに過ぎない」
悲しげなオクタリヌの表情にルービスも動きを止めた。
「大きな志の前には、なにかを犠牲にしてでも乗り越えなくてはならない時がある。・・・私はそう思って今日まで生きてきた。私は残忍な支配者に徹してでもこの役をこなさなければならなかった。もうすぐ、サーブ王がこの島を治める。その時には私は自由になる」
オクタリヌはレイに笑いかけ、レイはその笑顔に取りつかれたように見惚れた。
「私はサーブ王の統治の汚点だ。光のもと生きていけるとは思っていない。だが、ルービス。お前とは仲良くなれると思っていた。長い、長い時を。お前と手を取り合って仲良く笑って親友のように過ごすことを夢見てきた」
オクタリヌの淋しさが伝わってくるような気がした。しかし、まだルービスには認められない。認めたくない。なぜそんなに悲しそうな顔をするのだ。オクタリヌは加害者であり、被害者ではないはずだ。
「・・・だが、私は思ったよりも黒く穢れていたのだな。長い間こんなことをしているうちに、私は鈍感になっていたようだ」
オクタリヌは剣を掴んでいるルービスの手を取った。
「お前に殺されるなら本望だ。そう、父の罪も背負ってお前に殺されるのが運命なのかもしれない」
「やめて!」
ルービスはオクタリヌの手を振り払った。
「後悔しているのなら償えばいい。今からでもやりなおせばいい。死ぬのも殺すのも私は反対だ!」
ルービスはなぜか涙を流していた。母親の死を思い出していた。父親を想いながら死んでいった母親。無念の死だったに違いない。体が弱って死んでいった母親の死もルービスには心に深く突き刺さるいつまでも癒えない傷となっている。それが問答無用の暴力によっての殺戮であれば、自分の意に染まぬ戦争による死であれば、どれだけ辛いものなのだろうか。
「あなたたちは間違っている! そんな簡単に人の死を語るな!」
平和だったこの島が、今、人の死であふれている。ルービスはアムの本邸での出来事を思い出した。あんなことはもうたくさんだ。
ルービスがまた何か言おうとした時、馬車が止まった。
「オクタリヌ様、着きました」
外から兵士の声がする。
「すまないな、時間だルービス」
オクタリヌはそう言って馬車から降りた。
「中に残っているルービスという女には気をつけろ。手錠を外してある。足はまだ繋がれているが、油断するな」
「は!」
兵士たちが応え、オクタリヌの足音が遠ざかっていく。
ルービスはまだおさまらない怒りの感情を持て余して、同じように残されたレイを睨んだ。




