第1話:世界一邪悪な招き猫、爆誕。
「──運命とは、残酷なものである」
それは、偉大な哲学者の言葉ではない。
王都の片隅にある、今にも潰れそうな魔道具店『アルカンシェル』の店主見習い、アルト(15歳)の血を吐くような独白であった。
「どうして……どうして普通に道を歩いているだけで、ピンポイントでスズメバチの巣が頭に落ちてくるんだ……?」
全身に包帯を巻き、ボロボロになったアルトは、カウンターに突っ伏して涙を流していた。
アルトは、生まれつき狂ったような『不運体質』だった。
彼が買ったパンには必ず虫が入り、彼が唱えた初心者魔法は100%の確率でバックファイアし、彼が歩く道にはピンポイントで落とし穴(大体は肥溜め)が出現する。
「あいつに関わると呪われる」
街の人々からそう恐れられ、借金だけが残った魔道具店で途方に暮れる毎日。
そんなアルトが、文字通り「死ぬ気で貯めたなけなしの全財産」を叩いて、昨日ようやく手に入れたのが
──カウンターの隅に鎮座する、一体の置物だった。
それは、魔術大国が誇る最高峰の職人が作ったとされる、漆黒の陶器製の猫。
【絶対に幸運を呼ぶ、あらゆる呪いを跳ね返す黒の招き猫】。
「これさえあれば、僕の人生も変わるって思ったのに……」
アルトは虚ろな目でそれを見つめる。
黒の招き猫は、じっと左手を挙げたまま、ピクリとも動かない。
それどころか、昨日この招き猫を設置した直後、店に隕石(小石サイズ)が落ちてきて屋根に穴が空いた。
アルトの規格外の『大凶体質』は、国家級の幸運アイテムすら上回り、完全に機能停止させてしまったのだ。
「神様なんて、いないんだ……」
アルトが完全に絶望し、その心がバキバキに折れた、その瞬間。
キィィィィィン……!
空間が歪み、店の気温が急激に下がった。
不気味な紫色の霧が立ち込め、アルトの目の前に、悍ましい一魂の光が浮かび上がる。
『クハハハハ! 素晴らしい絶望の波動だ、人間よ!』
それは、かつて世界を震撼させ、肉体を失って彷徨っていた邪悪なる猫の王──妖精王ケット・シーの魂であった。
『我の好む極上の「負の感情」に満ち満ちているな! 貴様のように弱り切ったガキの肉体など、乗っ取るのは容易いこと! 泣け、喚け! その肉体、我が頂戴する──!!』
ケット・シーの邪悪な魂が、大鎌のごとくアルトの脳内へと突撃した。
──勝った、とケット・シーは確信した。
しかし。
『ぶふぉぁっ!? な、なんだこれはぁぁぁぁーーー!?』
アルトの精神世界に飛び込んだ瞬間、ケット・シーを襲ったのは、常軌を逸した「濁流」だった。
それは、アルトが15年間溜め込み続けた、底なしの『不運エネルギー』。
『呪い(マイナス)を受け入れる心のキャパが、すでに自身の不運(マイナス100)で満杯だと……!? 邪悪な我が、入る隙間がカケラもないだと馬鹿なァァァ!!』
満員電車に無理やり押し込まれたかのように、アルトの不運にギッチギチに弾き飛ばされたケット・シーの魂。
その軌道はグニャリと歪み、猛スピードで現実世界へと押し戻され──
ズドン!!!
『ギャンッ!?!?』
行き場を失った邪悪な魂が、ジャストフィットで吸い込まれたのは。
アルトの不運に負けてフリーズしていた、あの『黒の招き猫』の内部だった。
「……え?」
アルトが呆然と目を開ける。
そこには、怪現象が収まり、いつも通り静まり返った店内。
ただ一つ違うのは。
カタカタカタカタカタ……!!!
カウンターの上の黒の招き猫が、凄まじいバイブレーションで震えていた。
『な、何だこの狭い体は!? 手足が動かん! 陶器……!? 我が、このような不細工な置物に閉じ込められたというのか!?』
ケット・シーはパニックに陥った。
しかし、驚くべきはそれだけではない。
これまで「アルトの不運」に押し負けて沈黙していた招き猫の幸運エンジンが、中に【ケット・シーの強大すぎる邪悪な魔力(超高出力)】が充填されたことで、バチバチと火花を散らして起動し始めたのだ。
『おのれ……! 出せ! ここから出せ人間め! 呪ってやる、八つ裂きにして……』
その時、タイミング悪く、店の扉がバターン!!と荒々しく開け放たれた。
「おい、アルトのガキ! 借金の期限だ、今日払えなきゃこの店ごと売り飛ば──」
現れたのは、この界隈を牛耳る屈強な借金取りの男たち。手には鋭いダガーを握りしめている。
「ひっ……!」
『ウルサイ奴め! まとめて呪い殺してやるわぁぁぁ!!』
怒り狂ったケット・シーは、体内の邪悪な魔力を一気に解放し、アルトと借金取りたちに向けて凶悪な呪いの波動を放った!
と同時に、激しい魔力の反動で、置物の左手が「クイッ」と動いた(手招きした)。
──【黒の招き猫:大開運システム起動】
ケット・シーが放った「マイナス50」の呪いのエネルギーが、招き猫の幸運反転エンジンを通過し、「プラス300」の【絶対的な厄除け・魔除けパワー】へと強制変換される!
直後。
ドゴォォォォォン!!!
「ぶべらっ!?!?!?」
突然、店の腐っていた天井がピンポイントで大崩落。大量の土砂と木材が、借金取りたちの頭上にだけ完璧な精度で直撃した。
男たちは白目を剥き、一言も発せないまま気絶。
それだけではない。崩れた天井の隙間から、先代の店主が隠していたと思われる『純金製のアンティークコインが詰まった袋』が、チャリン、とアルトの足元に転がってきたのだ。
「え……?」
あまりのピタゴラスイッチに、アルトは呆然と立ち尽くす。
そして、カタカタと震えながら、左手を挙げた状態の「黒の招き猫」を見つめた。
アルトの脳裏に、電流が走る。
(そうか……! この招き猫は、僕の不運が強すぎて昨日までは動けなかったんだ。だけど、この黒猫様は、僕を助けるために、わざわざ自分の魂をこの置物に宿して、僕の不運を代わりに背負ってくれたんだ……!)
それは、あまりにも純粋で、あまりにも圧倒的な勘違いだった。
「ありがとう……っ、ありがとう黒猫様……!!」
アルトは涙をボロボロとこぼしながら、黒の招き猫の置物をギュッと抱きしめた。
「僕のために、こんな窮屈な姿になって力を貸してくれたんだね……! 僕はあなたを、絶対に元の立派な姿に戻してみせる! そのための解呪の秘宝を探す旅に、今から出ます!」
抱きしめられた漆黒の陶器の中で、世界一邪悪な猫の王は、引きつった悲鳴をあげていた。
『ち、違う! 我はお前を呪おうと──というか、締め付けるな割れる! 陶器だから割れる!!』
「うん! 離さないよ、黒猫様!」
『話を聞けええええええ!!』
こうして、邪悪な目的のために少年の心を折りたい招き猫と、猫様への恩返しのために頑張る大凶少年の、絶対に死なない大開運ロードムービーが幕を開けたのである。
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