一応の本業
先にも述べたように、僕の本業は『料理研究家』だ。料理教室を開いたり、レシピ本を出したり、テレビで料理するのが主な仕事。最近では、動画配信サービスにも一応投稿をしている。おかげさまで、アベレージ数十万の視聴をしてもらっている。時たまに、料理の監修の仕事も入る。この仕事に関しては、暗殺を円滑に行うために仕組まれたものなのだが。
「どうも初めまして。山田悠太郎と言います。今日からよろしくお願いします。」
暗殺の仕事を受けてから3日後、ある映画の料理の監修の話をいただいた。元々担当だった人間がダメになり、急遽、僕に依頼したのだそうだ。その現場に足を踏み入れると、好青年が話しかけてきた。お察しの通り、今回のターゲットだ。
この映画は、料理人の主人公が殺人現場に偶然遭遇してしまって、自分の無実を証明するという内容だった。ちなみに犯人は、主人公の店によくきていたトマト嫌いの常連ということだった。狙い澄ましたみたいで、笑ってしまう。
撮影は始まったばかりらしく、円滑に回るような人間関係を構築できてはない感じを持った。ヒロイン役の俳優さんはコミュニケーションが苦手みたいで、隣には必ずマネージャーさんがついていて、下を向いている。話題の俳優が揃っているということもあって、取材陣はかなり多い。
「今回の料理の監修をお願いした料理研究家の剣城玲さんです。よろしくお願いします。」
助監督さんから僕の紹介があった。皆作業をしながら、片手間に拍手をしている。
「では、挨拶も済んだことですので、主役の悠太郎くんに料理のレクチャーお願いします。」
挨拶をした覚えはないが、別に気にはしない。どうせ、ね。
メインのスタジオを出てすぐ隣にキッチンスタジオがあった。そこには今回のターゲットが、手を洗って待っていた。
「改めまして、山田悠太郎です。よろしくお願いします。」
「こちらこそ。料理研究家の剣城玲です。今日から少しの間ですがよろしくお願いします。」
適当な挨拶を済ませて、僕はすぐに支度に入る。エプロンをつけて、手を洗いながら、少しだけ彼と話した。
「料理はふだんされるのですか?」
「はい。数年前までアメリカで一人暮らしをしていたので。」
「留学とかですか?」
「そうです。高校は向こうの学校でした。色々な経験させてもらって、楽しかったですよ。」
「そうなんですね。娘がいるのですが、留学させようか悩んじゃいます。」
「そうなんですか!?留学おすすめですよ。違う国のこと知れるって貴重な体験ですから。」
その後も目をキラキラさせて、僕に留学の良さを語ってくれた。ちょっとだけでもいいから、背後にいる尻尾を見せてくれないかなと思って踏み込んではみたが、そこら辺はしっかりしているみたいだ。実際に接してみた感じでは、本当に好青年でしっかりしている。とても、麻薬の売人をしているとは思えないが、さすが俳優。こんなことしなければ、僕には狙われず、普通に名俳優として名が売れていただろうに。
「今度、みんなでホテルの僕の部屋に集まって飲み会するのですが、いかがですか?」
「妻に聞いてみますね。許可が出たらぜひ。」
「ありがとうございます。もしお手数でなければ、料理の方お願いできますかね?」
「問題ないですよ。食べたいものを送っていただければ。」
「本当ですか?みんな喜ぶと思います。」
座長としての役割なのか、気合が入っている感じがした。近づく必要は僕にはないのだが今回ばかりは、近づく必要がある。暗殺と共に、麻薬売買リストの情報収集が同時に依頼されていたから。悠里のことが最近だったので、断ることもできずに、特別に面倒なことをしている。近づけば近づくほど疑われる確率も増えるので、近づきたくはないのだが、今回ばかりは仕方ない。僕は、飲み会の日に売買リスト。後日、暗殺をすることにした。殺してからだと、滞在時間が増えるので、自分の証拠を残してしまう確率も増える。分けたほうが賢明だと思う。料理の依頼も受けたので、そこら辺は大丈夫だろう。
「じゃあ、始めましょうか。」
彼は左手に包丁を持ちを始めると、彼の手際の良さに少し驚いた。本当に普段から料理をするみたいで、指導することはほとんどなかった。