2、フロアに響く音
エレベーターがこのフロアに到着したことを知らせるチャイムは、フロア中に何度も反響して次第に弱まっていった。自分しかいないこのフロアは、恐ろしくなるほどに静かで、普段は聞き逃してしまうような小さな音でもしっかりと聞こえる。
機械の、誤作動だろうか。
あの事件から七年経った現在、ここ数年は整備されていないことが予測されるこのエレベーターが誤作動で音を鳴らしてしまったという可能性は十分に考えられる。実際、人類が発展させて来た機械文明は人間のメンテナンスを前提として設計されていたために、人間の数が激減した今、各地のシステムには徐々に歪みが見え始めている。
一方で、そんな不具合などによるものではなく、誰か見知らぬ人間近くに上がってきた可能性も十分に考えられるわけで、警戒を怠ることなどは全く許されない。
近頃は、この近くでも盗賊の類いが増えていると聞く。取り敢えずどこかに隠れることが頭を過ぎったが、不幸にもそれができそうな場所は見渡した限りでは見当たらなかった。念の為、腰元に携えていた小型のナイフに手をかけ、姿勢を低く保つ。私生活に用いる便利アイテムとしては非常に頼もしいが、武器として構えるには少し心もとない。
実際にはエレベーターのチャイムがなってから大した時間は経っていないのだろうが、チャイムの余韻が響く時間は酷く長いものに感じた。
音がやっと鳴り止むと鈍くて錆びたような音がして、時間をかけながら、ドアがゆっくり開く。次第に開いていく扉の隙間から視線をずらさずに、じっとそこを見つめ、すぐに動ける体制を作っておく。
開きかけた扉の向こう側は、照明が切れているようで、詳しい中の様子は伺えないが、そこに人の息遣いのような大きな気配は感じなかった。
やはり、機械の誤作動だろうか。しかし、少しの気の緩みが身を滅ぼすこともある。このまま何も起こらずに扉が閉まってくれれば、なんてことを考えて、それでもなるべく警戒は怠らない。
扉が半分、そしてほとんど全開のところまで達していく。次第に中の様子も見えてきて、やはりそこには大柄な人相の悪い男も、みすぼらしい姿をした盗っ人もいなかった。
誰も、いないか。
そのとき、僕の右手に握られていた小型ナイフの先端が少し、ほんの少し、ナイフ自身も警戒心を落としたかのように下を向いた。
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