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この行く道は明るい道  作者: ナハァト
第三章 ラメゼリア王国編
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別章 三人の成長

 シャインは言った。

 これから来る大魔王軍の偵察部隊を、樹、天乃、咲穂の三人で迎え撃て、と。


 大魔王軍の強さ、恐ろしさは、先の激戦で経験した。

 まだその一端でしかないが、実際に詩夕が死に直面した以上、その脅威は身をもって理解している。

 だからこそ、耳を疑ったのだ。


 思わず、


「……正気ですか?」


 と、樹が問うのも仕方ないだろう。

 それぐらいの事を、シャインはしろと言ったのだ。

 まぁ、樹がシャインによって瞬間的にボコられる、までがセットの問いかけである。


「大丈夫大丈夫。そもそも、大本命の大魔王と魔王をどうにかしようってヤツらが、その添え物でしかない大魔王軍の方に、いつまでもビビっていてどうする」

「それはそうですけど」


 見た目ボロボロで地面に倒れつつも、樹の口は閉じなかった。

 まだまだ元気そうだ。

 耐久力が飛躍的に格段に向上しているのがわかる光景である。


「それに、これはお前たちに前の戦いの時とは違う、今の力を理解させるためだ。特に、私とグロリアが直に教えている、イツキ、アマノ、サキホの三人のな」


 樹、天乃、咲穂の三人が目を見開く。

 確かに、強くなっている実感はあるが、それほど強くなったのだろうか? と疑問だったのだ。


 これは、シャインとばかり模擬戦を行ってきた弊害である。

 負け続け、しかも傷一つ付けられずに、なのだから、詩夕たちが自信を持てないのは当然だろう。

 相手をし続ける内に、忘れてしまうものだ。

 シャインが、この世界最強の一角である事を。


 なので、未だ自覚する事が出来ていない成長を、シャインは大魔王軍を利用してわからせようとしているのだ。


「他の四人は、これで腐るなよ。それに、これで良い指針になるだろ? お前たちは得意分野が違うが、才能だけ見れば差はそれほどない。つまり、私やグロリアのように、きちんと教える者が現れれば、これだけ強くなれるという事の証明になる」


 なるほど、と思うし、言いたい事は理解出来るのだが、詩夕たちは一つだけ気になる事があった。


 ……きちんと教える者? 誰が?


 日々ボコられた記憶しか残っていない詩夕たちは、そこだけは否定したかった。

 しかし、それを口にする事はない。

 人は学習出来る生き物。

 もし口に出せば、どのような結果になるかは明らかである。


 なので、わかりましたと頷きを返す。

 もちろん、樹、天乃、咲穂の方も。

 元より断る事が出来ないというのもあるが、これまでの付き合いで詩夕たちは知ったのだ。

 シャインは無茶な事は平気でさせるが、決して間違ってはおらず、絶対に出来ない事はさせない、という事を。


 そして、詩夕たちは、樹、天乃、咲穂をメインにして、大魔王軍の偵察部隊を自分たちだけで迎え撃つ事になった。


     ◇


 大魔王軍の偵察部隊を迎え撃つのは、樹、天乃、咲穂の三人。

 詩夕、常水、刀璃、水連の四人は少し離れた後方に陣取り、シャインとグロリアはそこから更に後方に陣取っている。


 予想外だったのは、偵察部隊にも関わらず、その姿を普通に現した事だった。

 いや、隠すつもりがない、と言った方が正しい。

 しかも、現れた数は、軽く百は超えている。

 詩夕たちは困惑した。


 しかし、シャインは見抜く。

 偵察部隊と言っても、その規模と行動は、何を偵察するかによって変化するのは当たり前の事である。

 故に――。


(報告にあった数と、隠す気のない行動……狙いは、名の知れている私、それと竜共か。まだここに居るかどうかの確認と、もし居た場合はどれだけの力を有しているか、壊滅されるまでの時間でおおよその見当をつけるつもりだな。……となると、報告のために様子を窺っているのが居るはずだが)


 シャインが周囲を窺う。


(とりあえず、目に見える範囲には居ないが……まっ、放置で良いか。今のこいつらの力を測っても意味はないしな)


 シャインがそう結論を出していると、隣に立つグロリアが声をかける。


「……お母様。もしや、どこかにここの様子を窺う者が」

「気付いたか。でも放っておけ。成長途中の今のこいつらを報告しても無意味だ」

「わかりました」


 最後方でシャインとグロリアが見守る中、戦いが始まる。

 先陣として飛び出したのは、樹。

 というよりは、三人のメインの中で前衛は樹しか居ないため、先陣を切るしかなかったのだ。

 ただし、後衛である天乃と咲穂も、ただ見守るだけではない。


「『魔力を糧に 我願うは 破壊を形にした塊 黒玉ブラックボール』」


 天乃が魔法を発動させる。

 だが、前回とは全く違うというのが、見てわかるほどに明確だった。

 以前なら、魔法名と同じく黒い玉が出現していたのだが、今はもう違っている。


 数は十を超えたくらい。

 形状が違う黒い短剣、剣、大剣がいくつも。

 穂先が片刃や両刃、三又などの黒い槍がいくつも。


 全てがより攻撃的な形に変化していた。


「いきなさい」


 天乃が前方に向けて杖を振る。

 それが合図となり、魔法で作り出された攻撃的な黒い武器の全てが、一斉に偵察部隊に襲いかかった。


 魔法で生み出しているからこそ、重量などないも同然。

 凄まじい速度で襲いかかり、偵察部隊の中を一気に駆け抜けながら斬り刻んで蹂躙していく。


 あんなのどうやって避けろと! と、偵察部隊は心の中で叫ぶ。


「さすが、天乃。やるね!」


 そう言いながら、咲穂が弓矢を構える。


「ふっ」


 短い呼吸と共に、咲穂が矢を狙い撃つ。

 放たれた矢は先頭に居る狼型の魔物の眉間を射貫き、そのまま絶命させる。

 一射必殺、なだけではない。


 遠距離狙撃は、それだけでも脅威だ。

 そのような事を行えば、当然のように狙われる。

 絶命した魔物の周囲に居た魔物たちは、一斉に矢が飛んで来た方に視線を向けた。


 しかし、そこに咲穂の姿はない。

 どこから? と周囲に視線を向けようとした瞬間、今度は豚型の魔物の眉間に矢が刺さって絶命する。


 今度こそと魔物たちが視線を向ければ、視界に映るのは弓矢を構えながら駆けている咲穂。

 咲穂はそのまま足を止めずに、今度は少し弓なりに矢を放つ。

 その矢は、集団であるが故に、他の者で視界が遮られている犬型の魔物の頭部に突き刺さる。


 偵察部隊も矢を放つなどの迎撃を行うが、常に動き続けている咲穂に命中させるのは難しそうだった。

 逆に、咲穂は外す時もあるにはあるが、七割程度で一射必殺を続けている。


 移動しながらなのに、なんて命中率だ! と偵察部隊は戦慄した。


 だからといって、偵察部隊が咲穂にばかり構う余裕は一切ない。

 何故なら、偵察部隊にとって現状で最も脅威度が高いのは、たった一人で前に出て来ている者――樹なのだ。


 偵察部隊は、たった一人で馬鹿め! と樹を取り囲みはしたが、樹は逆に次々と取り囲む魔物たちを倒していっていた。

 その状況に、樹は困惑している。

 何しろ、あまりにも違い過ぎたのだ。


 自分が想定していた以上の成長を実感出来ていた。


 拳の攻撃、数発で倒れる魔物。

 攻撃を食らっても大したダメージが入っていない体。

 どれだけ動き回ろうとも疲れを感じさせないスタミナ。


 一撃で倒せないとか、攻撃を避けきる事が出来ないなど、色々と今後の課題のような部分があるにはあるが、今の状態は無双に近い。

 何しろ、樹は偵察部隊を倒す事が出来るが、偵察部隊は樹を倒す事が出来ないのだから。


「………………うおおおおおっ!」


 だから、調子に乗って叫んだとしても、優しい眼差しで見てあげるべきである。

 後方で見ている詩夕、常水、刀璃、水連は、真面目な表情だったが。


「どうやら、この調子でいけば、僕たちの出番はなくなりそうだね」

「そうだな。師がつくだけで、ここまで違いが出るのだと実感出来る」

「あぁ、是非とも、自分たちにも師が欲しいと思ってしまうな」

「……咲穂、輝いてる」


 それでも思うところがあって、食い入るように樹たちの戦いを見る。

 いつか、自分たちもその強さを……いや、それ以上の強さを手にしてみせる、と。


 だが、その更に後方。

 シャインとグロリアの表情は、どこか厳しいモノだった。


「……ふぅむ。とりあえず、アレだな。私や竜共に差し向けるにしては弱っちい部隊だ」

「正確な力を測るためですから、所詮は捨て駒。次があるのなら、もっとマシになっていますよ」

「そうでないと歯応えがなさ過ぎる。……やはり、魔王くらいが出て来ないとな」

「そう思えるのは、母と同じくらい強い人たちだけです」

「グロリアも、腰くらいまではこちらの領域に入っているぞ」

「まだまだですよ」


 グロリアがニッコリと微笑む。


 そうこうしている内に、樹たちは偵察部隊を圧倒したまま鎮圧した。

 今の自分たちの強さ、成長を実感した樹たちは、喜び以上に驚きが隠せない。


「まさか、ここまで強くなっているとは……」

「明道の近くに居た女に習うのは癪だったけど、事実として受け止めないと」

「強くなった事を知り、更に強くなれる事を知る……不思議な感覚」


 同時に、思う。

 それでもかすり傷一つ付けられないシャインって……相当理不尽な存在なんじゃないか、と。


「何やら失礼な事を考えていそうだな」


 樹たちがビクッと反応する。

 いつの間にか、シャインとグロリアが傍に居たのだ。


「とりあえず、まずは勝利をおめでとうと言っておく。今の強さを実感出来たか?」


 シャインの問いに、樹たちは頷きを返した。

 同じく、シャインもうんうんと頷く。


「なら、これでもっと頑張れるよな? 何しろ、私から見れば、まだまだ不甲斐ないしな」

「サキホも、まだまだ精度を上げられますよね? それと、次からは接近戦も覚えていきましょうか」


 ニッコリと笑みを浮かべるシャインとグロリア。

 この母にして、この娘か……と、咲穂は思う。


 樹たちを待っていたのは、更なる鍛錬の日々だった。

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