事情は人それぞれある
王城内で味方となる騎士と兵士たちが捕らえられている部屋の扉を開けると、中から手刀が繰り出されたが、アドルさんは難なく受け止めた。
普通に凄い。
ただ、その手刀を繰り出した人物は男性で、どうやらアドルさんの知り合いのようだ。
その男性がアドルさんを確認すると、直ぐに手刀を引っ込めて跪く。
「お久し振りです、アドル様」
「そうだったな。この国にはお前が……」
と、そこで、アドルさんの視線が俺に向けられる。
そういえば、ここには俺が居たな、って感じの視線。
いや、最初から居たよ。ここまで一緒に来たでしょ?
「「わー! わー!」」
インジャオさんとウルルさんが騒ぎ出し、インジャオさんはアドルさん、というか跪いている男性の方に、ウルルさんは俺の耳を塞ぐ。
……ふっ、甘いな。ウルルさん。
この程度で、周囲の音が聞こえなくなるとでも?
手で塞いでも、意外と聞こえるモノなんですよ?
「手伝って! エイトちゃん!」
「かしこまりました」
何ぃ~! 裏切るのか、エイト!
そこでかしこまるんじゃない!
俺のメイドじゃなかったのか! と、叫ぼうとしたが、直前で思い留まる。
別に俺のメイドじゃないというのもあるが、エイトが俺にそう言わせようとしたんじゃないのか、と思ったのだ。
現に、俺が思い留まったとわかったのか、エイトがちょっと残念そうな表情を浮かべる。
「さすがはご主人様。そう簡単には引っかかったりはしませんか」
「……ふっ。当たり前だろ。見くびるなよ」
「ですが、これは困りました。駆け引きが通じないとなりますと、エイトが取れる手段は実力行使しかありません」
「よし、話し合いをしよう」
「間違えました。既成事実しかありません」
「大丈夫。間違えてないよ。言い間違えてないからね。もっと自信を持とうよ? それと言い方ね。ちゃんと主語も言おうか。その言い方だと、既にあるようにしか聞こえないから」
俺とエイトのやり取りを見て、ウルルさんが口笛を吹……いや、言う。
「ひゅ~! アキミチもやるね! 一体いつの間に?」
「うん。ウルルさんも、わかってて言っているよね?」
実力行使だと勝てないので、どうにか言葉だけで応じていく。
気が付くと、アドルさんとインジャオさんが、こちらを見て苦笑いを浮かべていた。
………………。
………………。
は、謀ったなぁ!
「すまないな、アキミチ」
「いや、別に良いですよ。でも、言ってくれれば手伝える事もあると思いますけど?」
「アキミチならそう言うと思うからこそ、そこに甘える訳にはいかない。だからこそ、その時が来るまで待って欲しいのだ。もし、私が望む事を知ってしまえば、もうとまれなくなってしまう。今はまだ、この世界の平和のため……神を解放して力を取り戻すべきだと、わかってはいても、自分を律せられる自信がないのだ」
「……なんか面倒臭い性格ですね、アドルさん」
「ふっ。私もそう思う」
「……なら、一つだけ教えて下さい。なんとなくですけど、相当偉い立場だったりします?」
「『元』な。今はただの一個人でしかないから、アキミチがかしこまる必要はない」
まぁ、喋り方やインジャオさんとウルルさんの態度ってのもあるけど、先ほどそこの男性がいきなり跪いたりしたから、そうじゃないかな? と思っただけ。
でもまぁ、アドルさんから、かしこまる必要はないって言うなら、そうしよう。
そもそも、偉い人に対するマナーとか、よくわからないので助かります。
⦅安心して下さい。マスターの敵は私の敵。相手がどのような立場であろうとも、額を地に擦り付けて泣いて謝るように仕向けます⦆
まぁ、ある意味で一番上の方が既に居るしね。
⦅心外です、マスター。私を使えるのはマスターだけなのですから、一番上はマスターという事になります⦆
ほんと、セミナスさんの力が超強力である以上、調子に乗って失敗しないように自重しないと。
それと、手綱もしっかりと握っておかねば。
⦅つまり、マスターは私とのSM行為をご所望という事ですね?⦆
うん。違うよ。
ただ、このままでは埒が明かないので、アドルさんにお願いして、手刀を繰り出してきた男性を紹介して貰う。
赤い短髪に、爽やかで端整な顔立ちの二十歳の男性。
俺の中での爽やかイケメン第一位の詩夕と、良い勝負が出来るかもしれない感じ。
上等そうな服を身に纏っているが、それでもわかるくらいに体幹がしっかりしているというか、身のこなし……所作がなんか違う。
そんな男性の名は「カノート・ソルド」。
このラメゼリア王国で、国王の右腕と呼ばれているソルド侯爵の跡取り息子。
つまり、貴族。
えっと……侯爵って、何番目?
⦅この国の爵位の基本は、上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、となっています。ですので、侯爵は貴族内で上から二番目となります⦆
ありがとう、セミナスさん。
じゃあ……目の前に居るこの人の立場って……相当……。
「………………今更遅いかもしれませんが、俺は庶民ですし、跪いた方が良いですか?」
「私は貴族というよりも武人よりでね。堅苦しいのより気楽な方が好ましい。だから、そういう公的な場はともかく、普段はそのままで接してくれると嬉しいかな」
さぁ……と風が吹いたような気がした。錯覚かな?
でも、えっと……本当に気軽で良いの? 罠じゃないの? と、アドルさんたちに目線だけで確認を取る。
………………。
………………。
大丈夫っぽい。
「それじゃ、えっと……明道です。宜しく」
「こちらこそ」
さぁ……と風が吹いたような気がした。多分。
「それで、助けて頂いた事には感謝しかありませんが、どうしてアドル様たちが城内に? 現状ですと、どう考えてもまともに入城出来るとは思えないのですが?」
そこら辺はまだ説明していなかったのか、カノートさんの質問に、アドルさんたちは言っても良いのだろうか? と確認するように視線を向けてくる。
⦅簡潔にですが、これまでの経緯をお伝え下さい⦆
頷きを返す。
でも、さすがにこのまま廊下で話す訳にはいかないので、まずは室内に入る。
室内には、多くの人が居た。
特に縛られてはいないようだが、当然のように武具の類は一切取り上げられている。
ただ、何故か怒りの視線を俺たちに向けていた。怖い。
……あっ、もしかして、俺たちが敵だと勘違いしているのかな?
味方ですよ~。
カノートさんもその視線に気付き、慌てて勘違いを訂正しに行く。
すると、カノートさんと話した何人かが、室外に出て行って……少しすると、シャツとパンツだけという、追い剥ぎにでも遭ったかのような人たちが放り込まれてきた。
………………。
………………。
あっ、見張りをしていた兵士たちか。
で、出て行った人たちが、怪しまれないように剥ぎ取ったモノを着て、見張りの代わりをしてくれている訳か。
ありがとう。
心の中で感謝。
その頃には、カノートさんの説明も終わったので、今度は俺たちの番である。
インジャオさんとウルルさんが、室内に居る人たちに向けて、この国に入ってからの俺達の行動を簡潔に説明し、カノートさんだけにはもう少しだけ踏み込んだ説明――俺の事情や神様解放の部分を、俺、エイト、アドルさんで説明していった。
というのも、セミナスさんから、⦅今後の役に立ちますので、私の事も含めた、もう少し詳しい内容を説明しておいて下さい⦆と、お願いされたからだ。
まぁ、その今後の部分は、俺にあまり直接的な関係はないそうだけど。
この説明が終われば、再び行動開始である。




