街道を進んでいくと
今居る国――ラメゼリア王国の王都に向けて、街道を進んでいく。
時折、戦闘跡を見かける事があった。
「……大魔王軍に攻め込まれた時の跡、かな?」
「……そうだ。戦闘跡はもっと奥の方にもある」
その時の事を思い出しているのか、アドルさんたちはどこか遠くを見るような視線を空に向ける。
⦅当時は封印前の神々がまだ居ましたので、その時の事は知識として残されています。まだ私が形成される前でしたので、記録を見ただけでしかありませんが……世界に名を響かせるような強者が多く亡くなった、壮絶な戦いであったと報告しておきます⦆
う~ん……全然想像出来ない。
きっと、俺がこの世界に来てから味わった苦労とは、比べものにならないくらいなのは間違いないと思う。
俺ももっと頑張らないと、と奮起する。
ただ、今一つだけ言える事は……ちゃんと前を向いて歩かないと危ない、という事だ。
俺と最近まで眠っていたエイトは、大丈夫。
危ないのは、アドルさんたちの方だ。
今も思い出している最中なので、空を見ながら歩いている。
徒歩中だろうが運転中だろうが、わき見は危ない。駄目。絶対。
これ常識。
現に今も、アドルさんの足が向かう先の地面から、こんにちはと小岩が挨拶している。
注意力が散漫な今のままでは、躓いて転んでしまうだろう。
でも、俺は何も言わない。
あえてっ! ……まぁ、きちんと舗装しろとは言いたいが。
人は学習する生き物だ。
この失敗から、アドルさんも学習するだろう。
その機会を奪う訳にはいかない。
決して……そう、決して、アドルさんの転んだ姿を見てみたい訳ではないのだ。
そして、アドルさんの足と小岩がぶつかりそうになった瞬間――スッ、と何気ない動きで避けていた。
………………馬鹿な! 避けただと!
しかも、インジャオさんとウルルさんも、同じような状況になると同じように避けていた。
………………。
………………。
なるほど。これが超一流の動きというヤツか。
俺は学習した。
⦅マスター。足元に注意して下さい⦆
……躓いてこけそうになった、ところをエイトに助けられた。
泣く訳にはいかないと、遠い空を見る。
「ご主人様。大丈夫ですか? 足を痛めていませんか?」
うん。大丈夫だから、今は触れないで。
涙腺が緩んで溢れそうになるから……。
◇
そんな感じで街道を進んでいき、数日が経った。
さすがに野宿も慣れたモノで、アドルさんたちと一緒にテキパキと、準備と片付けが出来るようになっている。
更に今は、エイトという戦力が増えた。
「それじゃ、アドルさんとインジャオさんは狩りに向かうから、エイトは」
「エイトは狩りに向かいます」
そう言って、エイトは駆けて行った。
行動が速い。
そして戻って来るのも速かった。
しかも、大型の猪を引き摺っている。
「エイトの魅力に嫉妬したメスが真正面から襲いかかって来ましたので、返り討ちにしておきました」
いや、襲いかかったのは本能的な部分だと思う。
口には出さないけど。
というような事もあったが、行程は順調だと思う。
何しろ、セミナスさんが急かしてこないという事が証拠だろう。
時折、何台もの馬車が一つに纏まって俺たちを追い抜いて行くが、その時はきちんと街道脇に避けて………………ちょっと待って。
いや、行き先が同じなら、乗せて貰えば良いんじゃない?
その方が断然早く着くよね?
そう提案してみるが、アドルさんたちは困ったような笑みを浮かべた。
「あー……町中ならまだしも、目的地に向かう最中に歩いている者を馬車に乗せる事は、余程の事でもなければない」
「第一の理由としては警戒ですね。何しろ、乗せたら盗賊でした、なんて事もある訳ですし」
「だから、馬車だけじゃなくて、護衛の人たちも一緒に行動していたでしょ?」
思い出してみると、確かに武装している人たちが居た。
なるほど。言われてみれば確かに。
元の世界の治安を基準に考えてしまった。
でも、このまま徒歩で進んでいっても大丈夫なのだろうか? とも思ってしまうのだ。
あっ、でも、馬具がないんだっけ。
そんな事を考えながら歩いていると、今度は前方から馬車が来ているのが見える。
数は二台。
街道脇に移動して見送るが、もうもうと土煙を上げて勢いがある。
先頭の馬車の本体部分に、シルクハットのようなマークと、「ドンラグ」という文字が書かれていた。
何やら急いでいるのかな? と思っていると、もう二台の馬車が更なる勢いで通り過ぎていく。
まるで前の二台の馬車のあとを追うように。
緊急事態? とアドルさんたちと揃って首を傾げる。
⦅あとを追って下さい⦆
……いやいや、それは無理だよ、セミナスさん。
こっちは人力。向こうは馬力。
どう考えても追いつけないと思うよ?
いや、エイトやアドルさんたちなら、もしかしたら……。
⦅手遅れになりますので、急いで下さい⦆
「どうやら、先ほどの通り過ぎた馬車に用があるみたいです!」
「では、行くぞ!」
アドルさんたちの行動は速かった。
あっという間に駆けて行き、俺も急いであとを追う。
「エイトも先に行って!」
「かしこまりました」
俺の速度に合わせようとしたエイトも先に向かわせる。
いやいや、さすがにこの世界に来た当初よりもまともになったとは思うけど、まだまだ一般人の枠は超えていない。
エイトやアドルさんたちの速度に合わせるなんて無理。
それでも、あとを追って走る。
自分のペースを守って走る。
そして、思っていたよりも早い到着で俺は知る。
先を進んでいた馬車の一台……マークと文字のある馬車が横転している事を。
かなり急なカーブだったから、曲がり切れなかったんだと思う。
馬は無事だけど、繋がったままだから身動きが取れないようだ。
その横転した馬車を逃がさないように、あとを追っていた二台の馬車が陣取って、武装した人たちが取り囲んでいる。
……ん? あれ? 三台だけ?
合計四台のはずなのに、あと一台の姿はどこに……と周囲を見回すと、折り返して来たのか、奥の方から凄い勢いで突っ込んで来た。
武装した人たちが避けると、突っ込んで来た馬車は横転した馬車を守るような位置で止まり、馬車後方から同じく武装した人たちが飛び出して、武装した人たちから横転した馬車を守るように対峙する。
……ややこしい!
どっちも武装しているから間違ってはいないけど、こんがらがる!
とりあえず、取り囲んでいる方が多いから「武装集団」にしよう。
横転した馬車を守る武装した人たちと、それを襲おうとする武装集団、という図式だ。
うん。スッキリした。
というか、あれ? アドルさんたちはどこに?
周囲を窺うと、向こうから見えない位置で腰を屈めて隠れていた。
……何やってんの?
不思議に思いつつも、俺も同じように腰を屈めて合流する。
「……あれ? 動かないんですか?」
「いや、どっちに加勢すれば良いのだろうか、と」
………………あぁ!
ポンと手を打つ。
で、どっちを助ければ良いんですか?
⦅横転している方です⦆
「横転している方だそうです」
「うむ。あとは任せておけ」
そこからは正に蹂躙だった。
まず、エイトが魔法による飽和攻撃で武装集団をかく乱、というかそれでほぼ壊滅状態の上に、アドルさんたちによる追加攻撃が行われ、瞬く間に鎮圧される。
息ぴったりだね、エイトとアドルさんたち。
俺が到着するまでの間に話し合いが行われたんだと思うけど。
というか、なんか軽く相手をしていたけど、本気になったエイトとアドルさんたちって一体どれほどなんだろう?
見たいような、見たくないような……そんな気分。
そんな感じで俺は達観していたけど、横転した馬車を守る武装した人たちは違う。
驚きつつも、アドルさんたちを警戒するように武器を構えたまま。
……あっ、そっか。
こっちが助けたつもりでも、向こうからしてみれば急に現れた訳だし、知り合いでもなければ警戒して当然だ。
それがこの世界の基準だと、先ほど教えられたばかりだ。
学習した、俺。
さて、どう声をかけたモノかと悩んでいると、横転した馬車から白髪の偉丈夫が姿を現した。




