決まっていないからこそ、洗濯は大事に
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
常水から待ったが入る。
いつも冷静な常水らしからぬ、ちょっと戸惑っているようだ。
「今の話の流れから察するに……明道はこの世界に残る事を選んだ。それはわかったが、それは明道じゃないと駄目だったのか? 他の人、それこそこの世界の人で邪神は倒せないのか?」
どう答えたモノかと思っていると、未来の俺が首を振った。
「常水……邪神がセミナスさんの『未来予測』を防げる以上、確かな事は言えない。でも、その可能性はあると思う。でも、それを試す事は出来ない。失敗=終わりなんだ。次がない。これで成功している以上、解答はこれしかないと俺は思っている」
それが未来の俺の回答だった。
俺も同意するように頷く。
「……なら、俺たちが元の世界に戻った場合、もう会う事は出来ないって事なのか?」
その通りだ、と未来の俺と揃って頷きを返す。
ただ、今の俺にそこら辺の説明は出来ないけど、未来の俺には出来るようで口を開いた。
「世界を繋いで渡るというのはそう簡単な事じゃない。その上で、特定の世界、特定の時間を繋いで渡るというのは、それこそ奇跡なんか言葉が軽く感じるくらいの確率……いや、不可能だと思って良い」
未来の俺の話をきちんと理解だろう。
常水は顔に手を当て悩み出す。
いや、他のみんなも大体同じ。
要は、詩夕たちが元の世界へ帰る事を選択すれば、約五カ月後――。
⦅164日後です⦆
……164日後、今生の別れが待っているという事なのだ。
「……それは、何か方法がないのか? この世界から戻れる時間がわかっているのなら、そこに戻って、更にそこから戻るとか?」
「常水……」
多分、常水も無理だとはわかっているんだろう。
それでも、という感じで絞り出した感じだった。
返答は、未来の俺が首を振った事だった。
「この世界と元の世界を時間まで変えて繋ぐ機会は、その時しかない。少なくとも、俺たちが生きている時間の中では、その一回しかない」
「……本当に他に方法はないのか? その、セミナスさんなら」
「こればっかりはどうしようもないってのが、セミナスさんの見解と解答。世界そのものに与える影響だし、無理に行おうとしても所謂修正力ってのが働いて、ロクな結果にならないって。俺だけじゃなく、その周囲にも。だから、それが結論なんだ」
未来の俺は、ハッキリと言った。
詩夕たちの表情は優れない。
何か打開策はないだろうかと考えているんだと思う。
でも、未来でも何度も検討したと思うし、セミナスさんも何かしらの手段がないかと模索し続けたのは間違いない。
それでも、出た結論は不可能なんだ。
「……明道は、それで納得しているのか?」
常水がそう尋ねてくる。
その視線は俺と未来の俺の両方を見ていた。
なので、未来の俺と一緒に頷きを返す。
納得している、と。
「なら、僕も一緒にこの世界に」
「結論を急がないでくれ」
詩夕が言おうとした言葉を未来の俺が遮る。
「これは、俺が決めた自分の未来なんだ。今、詩夕たちは話を聞いたばかりでまだ混乱している。そんな状態で今後を……未来を決めちゃいけない。きちんと考えた上で結論を出して欲しい。未来から俺だけが来たのも、少なからずそういう部分も含まれているんだ。まだ、詩夕たちの未来は決まっていないって事だよ」
「でも、未来の明道は知っている訳だよね? 僕たちがどういう選択をしたかを」
「もちろん知っている。でも、俺がそれを言うつもりはない。未来の俺が今ここにこうしているのは、邪神を完全に倒すため。本来なら知らなくても良い出来事でもあるんだ。だから、俺がこの世界に残るという選択をした事を抜きにして、詩夕たちはそれぞれきちんと考えて、残るか戻るかを決めて欲しい」
そこで未来の俺が一呼吸置き、締め括る。
「俺のここまでの未来は決まっているけど、みんなの未来はまだ決まっていない。セミナスさんが言うには、未来は流動的で決まっていないんだ。詩夕たちには、その時その思いでの選択をして欲しい」
『………………』
未来の俺の言葉を受けて、詩夕たちは黙ってしまう。
言葉が出ないというよりは、俺の選択を理解して、それはもう変えられない事を悟った。
その上、次は自分の選択を決めないといけないと、それぞれが考え始めたようだ。
相談する様子がないのは、まずは自分の中での答えを決めるためかもしれない。
その様子を見て、未来の俺は苦笑を浮かべる。
「いや、決めて欲しいとは言ったけど、別に今直ぐ決めて欲しいって訳じゃないから。少なくとも、まだ約五カ月先の話だから、それまでにって事だから」
「この時点からだと、正確には164日後……大体五カ月と二週間です」
いつの間にか近くに来ていた未来のセミナスさんがそう訂正する。
「……なんか、聞き覚えのあるセリフだな」
未来の俺がそう答えるが、俺としてはついさっきの出来事だ。
聞き覚え、あります。
「それで、どうかした?」
未来の俺が未来のセミナスさんに尋ねると、未来のセミナスさんが手のひらを差し出す。
「そろそろ大魔王の黙祷が終わりますので、アイテム袋を預かりに来ました」
「そろそろなのね。それじゃ」
未来の俺からアイテム袋を受け取り、未来のセミナスさんはそのまま行くと思ったのだが、その前に詩夕たちに声をかけていく。
「そうそう。補足として、あなたたちの選択がこの戦いに何かしらの影響を与える事はありませんので、好きなように選択しなさい。これはあなたたちが役立たずという事ではなく、そういう配慮です。何かしらの影響があるとわかれば、そちらを選択してしまう……それをなくすための気遣いですので、そこだけは勘違いしないように。それでは、良い選択を」
綺麗な所作で一礼して、未来のセミナスさんは未来の大魔王ララの下へ向かう。
……なんだかんだと、大魔王ララのために動いてあげるんだね。
未来のセミナスさんと大魔王ララの仲は良好なようだ。
「違います」
⦅違います⦆
わざわざ戻ってきた未来のセミナスさんに否定され、俺の中のセミナスさんにも否定された。
「残念だけど、そういう期待は抱かない方が良いよ」
未来の俺からそう言われる。
いや、出来れば詩夕たちへの返答と同じように、そこも曖昧にして欲しかったんだけど。
未来への希望を砕かないで欲しい。
「心を強く持て」
そんなアドバイスは要らない。
「……というか、これは言って良い事なの?」
「大丈夫。俺も俺から言われた憶えがあるから」
だから問題ないそうだ。
そして、未来の俺は、この場に居るみんなを懐かしそうに見て――。
「……黙祷が終わるのなら、そろそろ未来に戻る頃かな」
そう言って、笑みを浮かべた。




