一つの区切りを実感する時がある
全ASで邪神を押さえ付けている場所へ、未来の俺たちが大きく一息吐いてから向かう。
見た目には表れていないが、思いのほか消耗しているのかもしれない。
一つも間違えられない感じだったから、肉体的にというか、精神的に、だろう。
やっぱり、見ているだけなのと、実際にやるのとでは大きく違うって事かな。
未来でその事を実感するのが確定した瞬間だった。
「くっ。こんなもの……直ぐにでも外して……くそっ!」
邪神が悪態を吐く。
このままだと不味いという事がわかっているのだろう。
でも、もうひっくり返らない。
ひっくり返る事はない。
ここから覆る事はもうないのだ。
邪神に、それだけの力はもう残されていない。
未来の俺たちが、そういう状況になるまで持ってきたのだ。
終わりの時が来るまでに邪神に出来る事は、口を開く事だけ。
口が上手ければ、それで時間を稼いだり、状況を変えるような機転を思い付いたり、といった事が起こるかもしれない。
そういう能力が邪神にもあったかもしれないけど、今回ばかりは相手が悪い。悪過ぎる。
そういった事が一切通じないのが、セミナスさんなのだ。
だから、ここまでくれば、もう何も起こらない。
ただ、邪神が口を開くだけ。
「おかしい! この状況は間違いだ!」
口が悪くなるのも当然だ。
自分の生命が終わろうとしているのだから。
あるいは、こういう時、すべてを受け入れて穏やかに……といった事もあるだろうが、邪神はそんなタイプではないだろう。
未練タラタラ。未練がましく。
……ただ、命乞いはしないだろう。
己の誇り故か、言っても仕方ないという諦め故か、自業自得だろうと思っているが故か……。
まぁ、元々自分が死ぬとは思っていなかっただろうから、そういう考えに至らない可能性が一番高いだろう。
「我が最強のはずだ! いや、最強なのだ! 誰よりも強く、対抗出来る存在すらないほどの!」
「それは思い上がりでしかない。いや、個であれば最強だっただろうけど、それがどうした? というのが正直な今の感想かな。結局のところ、いくら力があろうが行いが大切だ。どれだけ力を有していようとも、こういう結末を迎える事になったのは、お前の行いの結果でしかない」
邪神の近くまで来た未来の俺が、そう答える。
未来のセミナスさんとこちら側に居る神様たちが、うんうんと頷く。
「そんな事は言われなくとも想定済みだ! それでも我は力ですべてねじ伏せ、蹂躙出来るだけの力があるのだ!」
……まぁ、別に否定はしないけど、言ってて恥ずかしくないのだろうか?
少なくとも、俺にああ言えるだけの精神力はない。
ただ、その自己主張のおかげか、それとも好き勝手に言った影響か、邪神が少し冷静になったように見える。
何かを思い出したかのように口を開く。
「……今考えてみれば、この戦いは始まりから何かがおかしかった。……そもそも、我が封印される前に、たった三人で対抗出来る存在は居なかったはずだ。なのに、封印から解放されると貴様たちが居た。……封印されてから解放まで、僅かな時間しかなかったはずなのに、だ」
邪神の視線が未来のセミナスさんに向けられる。
「それに疑問はそれだけではない。貴様の存在が不可解だ」
「不可解とは失礼ですね。このような完璧女性を前にして。殺しますよ……いえ、これから殺すのでしたね」
未来のセミナスさんのように答えられる精神力もない。
「予言系統は無効化していたはずなのに、貴様の動きだけがおかしかった。他の二人はまだ感情のようなモノが見え、起こってから対処している。しかし、貴様だけは一切感情が見えず、今思えば起こる前に行動していたようにも見える。ただ淡々とこうすれば良い……いや、まるでこうする事を見てきたかのような、ある種の作業のような動ぐううう……」
邪神の両手足に刺さっている武器型ASが、痛めつけるようにグリグリと回り始めた。
⦅その通りなのですが、何やら冷たい人間のように言われている気がして、手元が狂ってしまいそうです⦆
きっと、この時の感情を忘れなかったんだろう。
未来のセミナスさんの手元が狂って、武器型ASの操縦権を奪ってしまったのかもしれない。
……人はそれを、わざと、と言うけど。
ほどなくして、グリグリはとまる。
未来の俺が操縦権を取り戻したんだろう。
すると、邪神の視線が未来の俺に向けられる。
「貴様もそうだ」
「俺も? おかしいって事か?」
「そうだ……初対面であるはずなのに、貴様を見ていると妙に苛立つ」
「ああ……それ、前にも言っていたけど、結局のところ、なんなんだろうな。……生理的に合わないとかじゃないか? 間違いなく合わないだろうし」
「……前? まるで既に出会っているように言う。一体何を言って……」
邪神が言葉に詰まり、大きく目を見開く。
その視界に映っているのは、未来の俺越しに見える今の俺。
「……そうか……そういう事か。……道理で苛立つはずだ。わざわざご苦労な事だな。我を殺すためだけに未来から来るとは」
「その成果は……今の結果が物語っているだろ」
「確かにな。……それで、貴様が我にトドメを?」
「いいや、彼女が行う。俺たちの中で、彼女が一番お前と因縁があるからな」
未来の俺が指し示したのは、未来の大魔王ララ。
邪神の視線が未来の大魔王ララに向けられる。
「漸くこの時を迎える事が出来ました。あなたは死ぬ覚悟が出来ましたか? 邪神」
未来の大魔王ララは邪神の直ぐ傍で立っていた。
冷徹な目で、邪神を見ている。
未来の俺とセミナスさんは途中で足をとめ、その様子を窺う。
「……随分と馴れ馴れしい口を利く。貴様も我の関係者という事か?」
「あら? まだわからないのですね。私たちが未来から来たという事もつい先ほど理解したようですし、あなたの理解力も案外大した事がないのかしら」
未来の大魔王ララが酷薄な笑みを浮かべる。
「あなたには、大魔王、と名乗った方が良いですか?」
「……なるほど。そういう事か。そういえば、あの男の中に逃げ延びていたのだったな。……我を殺すのに躊躇いがなさそうだ」
「ええ、ありません。それに、その体はリガジーのモノ。出来るだけ傷付けたくはありませんので、一瞬で殺してあげましょう」
「本当に一瞬で良いのか? 長年我と共に居たのだ。もっと苦しみを与えたいのではないのか?」
「もちろん、本心としてはそうですが、一般でいうところの苦しみは、あなたにとって苦しみにならないでしょう? それに、あなたに時間を与える方が厄介ですので、ここで終わらせます」
未来の大魔王ララが手刀を構え、腕を振り上げる。
「だが、我を殺そうとも、いずれまた新たな邪神が」
「そういうのは必要ありません。そういう事のために戦った訳ではありませんので。あなたはただ、リガジーの仇だというだけの事。では、さようなら」
手刀が振り下ろされ、心臓を貫く。
あとに残るのは、物言わぬ……リガジーの死体。
邪神という存在が潰え、この世界は一つの区切りを迎えた。




