思いのほか成長していると実感する
邪神に対して、目に見えた変化は起こっていない。
けれど、セミナスさんが言うには、未来の俺たちによって邪神は神ではなくなり、人となった事で不死ではなくなった、と。
……とりあえず、神ではなくなったけど、今更別の呼び名もどうかと思うので、このまま邪神としておこう。
一応、神の力はそのままなようだし。
でも、それを一番実感しているのは……邪神だった。
「馬鹿な! 何故こんな事が! 起こり得ない! 起こる訳がないのだ! それこそ、魂に干渉出来るまでの解析など! 少なくとも、長年共に居た事で魂の情報を得ていて、神を超えるような演算力がない限りは!」
なるほど。
演算力はセミナスさんだろう。
となると、魂の情報ってのは、大魔王ララからもたらされたと思うから……協力してくれていると思うけど?
(役に立っているようですが?)
⦅そのような事実は確認されていません⦆
セミナスさんは目で見て体験しない事には認めないようだ。
邪神の方も、認められないと暴れようとする。
でも、ASによって押さえ――。
「いい加減……邪魔だあああぁぁぁ!」
邪神からこれまで以上の禍々しい魔力が噴出するように放出され、その奔流に流されるように押さえ付けていたASがすべて弾け飛ぶ。
といっても、ASは前提となっているのが盾。
特に傷を負うような事もなく、未来の俺が弾け飛んだASを手元に戻す。
その間に邪神は立ち上がり、未来の俺を強く睨む。
その眼には憎しみしか宿っていない。
必ず殺す、と告げている。
ASが貫いていた部分は既に癒えていた。
……というか、まだあれだけの余力を持っていたなんて。
⦅いいえ、それは違います。邪神は確かに大きく疲労していました。魔力も一度は出し切っています⦆
でも、すごい魔力を放出したし、それでも平気そうだ。
寧ろ元気に見えるけど?
⦅邪神が受けたのは祝福です。新たな生命の誕生です。その過程と結果……魂と肉体が一つになった事で得た力――生命力。言い換えれば、命を燃やして力を得ているのです。よくある話かと⦆
いや、よくある話かもしれないけど、そういうのって……ヤバくない?
⦅問題ありません。この手段を取ったという事は、この結果も当然私が想定しています。つまり、邪神が命を削る力を出しても大丈夫だと判断したのです。それに、大魔王が言っていたでしょう? 全快時であれば、私たちとも渡り合えたかもしれないと。それは裏を返せば……未来のマスターたちは、万全の邪神であっても渡り合える力を持っているという事です⦆
邪神が再び禍々しい魔力を放出させる。
それは怒りを表していて、その魔力を纏い始めた。
といっても、これまでとは違う。
纏うだけではなく、密度の影響か、ある形を取っていった。
それは――黒い装束。
格闘家が身に纏うような武闘着を形作り、余った部分がフードも形作って邪神の頭部をすっぽりと覆い隠す。
まるで暗殺者のようだ。
「はぁ……はぁ………………」
禍々しい魔力を放出した事で怒りも放出したのか、邪神の呼吸が落ち着くのと同時に、その表情も落ち着く。
落ち着いて冷静に……未来の俺を見る。
「……良いだろう。死にたいというのなら、死なせてやろう。命を燃やした力だろうが、燃え尽きる前にお前たちを殺してしまえば良い事だ」
「それはどうかな? 案外、出来ると思っても、出来ない事はあるし、それもその一つかもよ?」
「そういう事なら、出来ないと思っていた事が出来る、という事もあると思うが?」
「確かにそうだ。神が人になったり、な。体験者は語るってやつ?」
「説得力があったかな? それとも、感謝の言葉でも言っておこうか」
「感謝されるような事をしたか?」
「この世に生を受けさせられ、目的までも与えられてしまった。貴様らを心のままに皆殺しにし、再び神へと戻るという目的を、な。神から人になったのだ。人から神に至る方法もあるはずだ。いや、ないなら造り出せば良いだけの事。……では、始めようか。殺戮を」
「それは始まらない。今、この場で死ぬのはお前だけだ」
未来の俺がそう言った瞬間、邪神の姿が消え、ゴインッ! と硬い金属を殴ったような音が鳴り響く。
音がした方に視線を向ければ、邪神の持つ黒い剣が未来の俺に向けて降り抜かれていて、それを盾型ASが受けとめているところだった。
今、邪神の動きがまったく見えなかったのは……疲労の影響だけじゃない。
まず間違いなく、邪神の身体能力も上がっている。
「よく受け止めたな」
「まぁ、ただ殴ってくるくらいなら、別にどうとでも対処出来るくらいには強いからな」
「随分な自信家だ」
「そういう自信がない訳ではないけど、今は少し違うな。これは、ただの結果でしかない」
「終わってもいないのに結果を語るとは!」
「悪いが、俺の中では既に終わっているんだよ。それこそ、随分と前に」
邪神が何度も拳を振るう。
けれど、未来の俺が言ったように、邪神の放つ乱打を盾型ASによって防いでいく。
というか、俺が見えているのはその結果だけ。
邪神の動きがまったく見えていないが、未来の俺は完璧に防いでいる。
それこそ、一つも残らず。
確実に見えているという事だ。
⦅確かに、未来のマスターは完全に見えて反応しています。実際の答えは今の私には出せませんが、もしかすると⦆
もしかすると?
⦅未来のマスターたちのこれまでの行動からの計測による推測ですが、最も強いのはマスターかもしれません⦆
(確かに、私もそう判断します。ASによる絶対的な防御だけではなく、同レベルの攻撃能力も有していますので、正直なところ、現段階の私では太刀打ち出来ません)
そこまで? と思うが、目の前の光景はそれを物語っている。
未来の俺は邪神と真正面からやり合っていた。
盾型ASで攻撃を防ぎ、武器型ASで攻撃を行っている。
武器型ASに関しては、邪神はその体捌きだけで回避していた。
回復したからか、その動きは鋭く正確で、覚醒した詩夕たち以上かもしれない。
「どちらが先に当てられるかの我慢比べか?」
「さてね」
「貴様を見ていると、意地でも突破したくなるな」
乱打を繰り出す邪神の軽口に、未来の俺はそう答え、そのまま言葉を続ける。
「確かなのは、既に結末は決まっているって事だよ、邪神」




