あとあとで、生で見ておけばよかったと思う時がある
未来の大魔王ララが自分よりも強いと言ったのは間違いではなかった、と思わせるだけの一撃を、未来のセミナスさんが放った。
血反吐を吐き、邪神もそれを痛感している事だろう。
攻撃しても一切当たらず、力を封じたと思っていても通用せず、反撃を食らえば一発で血反吐を吐くほどの超威力。
そんな存在を前にして、邪神は……恐怖を抱く。
その証拠として、邪神は未来のセミナスさんに対して一歩下がった。
無意識下の行動だったのだろう。
その事に気付くと、邪神はそんな自分の行動が信じられないと驚きの表情を浮かべ――。
「………………フ、フフ……ハハハハハッ! 初めての感情。これが恐怖か。まさか、我に対してここまでの事が出来る者が居ようとは……ハハハ、ハハ……フゥ……」
狂ったように笑ったかと思えば、次は真面目な表情で未来のセミナスさんを見る。
いや、未来のセミナスさんだけではなく、未来の大魔王ララも。
「……ありがとう、と感謝の言葉を送ろう。恐怖という感情を与えられただけではなく、そうそう力づくだけではどうにもならない存在は居るという事を教えてくれて。おかげで冷静になれた。確かに、全快時の我ならまだしも、今の疲弊し切った状態で僅かながら回復した程度では、満足に対抗も出来ない」
未来のセミナスさんと大魔王ララに向けて、邪神が笑みを浮かべる。
「……故に、そういう存在を我は許さない。……決して。我こそが絶対なのだ。そういう存在を亡き者にするためならば、我はどのような手段も取ろう。最後に、我が立っていれば良いのだ。知っている者を皆殺せば、恥など存在しない」
邪神がこちらに向けて手をかざす。
「だから我はこの場から退かせてもらう!」
邪神のかざした手が光ったかと思うと、その光は閃光のように視界一杯に広がり、真っ白に染め上げる。
何も見えなくなってしまうが……それ以外の事は起こらない。
つまりこれは攻撃ではなく……まさか、逃走を選択したのか! ここで!
マズい。それはマズい。
ここまで追い詰めたのが無駄になる。
それに、邪神が全快すると、今度こそ手が出せなくなっている可能性が高い。
さっき邪神が言った事が本心なら、必ず報復に来る。
それも、今よりも強くなって、なのは間違いない。
手に負えない存在が、更に手に負えなくなる。
逃がすな! と叫ぼうとする前に――。
「大丈夫だって。ここで逃がすような事はしないから」
そう言う俺の声が聞こえた。
俺が言っていない以上、それは未来の俺だろう。
……視界不良だからだろうか。
声だけで判断すると……俺ってこんな声? て違和感があるな。
こう、録音した自分の声を聞いた時に、あれ? こんな感じだっけ? と思う感じ。
⦅特にそういった感じはありませんが⦆
うん。当人じゃないからかな。
でも、今はそれを気にしている場合じゃなくて、邪神を――と思った時に、ガンッ! と何かが硬いモノにぶつかったような、そんな鈍い音が聞こえる。
そこで視界が少し戻ったので、薄目で音がした方を確認すると……何故か邪神が両手で顔を覆って倒れていた。
……えっと、どういう事?
⦅邪神が飛んで逃げようとした際、その視線はこちらに向けられていました。追って来る姿が見えれば、直ぐにでも飛び立っていけるように、でしょう。しかし、こちらに注意を向け過ぎていたが故に気付かなかったようです。未来のマスターが張っていた罠に⦆
罠? どんな?
⦅邪神の逃走方向の前に未来のマスターが使用するASが既に配置されていて、追って来ないな、と振り返った邪神の顔面にキレイに直撃。前方不注意です⦆
えっと、本当に?
そんな事が起こったの?
⦅はい。事実です。その証拠として、未来のマスターたちを見てください⦆
……未来の俺たちは、小刻みに震えていた。
……多分、あれは笑うのを我慢しているな。
そういう場面じゃないから声を出してはいないけど、内心ではめっちゃ笑っていそうだ。
………………よくよく考えてみると、そもそも未来の俺は邪神が逃げ出そうとした事を知っている。
それで、今の俺はそれを見逃したけど、未来の俺はわかっているからASを逃走経路に置く事が出来るし、見逃した今の光景を見る手段を用意しておいてもおかしくない。
つまり、今を見逃した俺がその光景を見る事が出来るのは……だいぶ先って事か。
未来の俺からすれば、念願だったかもしれない光景を今見た訳か。
……そう考えると、なんか惜しくなるな。
⦅未来まで我慢してください⦆
はい。
……ちなみに、伝えて来たって事は、セミナスさんは?
⦅もちろん、バッチリです。私に閃光など関係ありませんので⦆
(あっ、私も見ていましたよ。傑作です。何度見ても笑えそうです)
⦅同意します⦆
……そうね。
実際、未来のセミナスさんと大魔王ララも笑いを我慢しているしね。
「……ぐっ。何故このようなところに障害物が」
「悪いな、邪神。逃がす訳にはいかないし、逃がすつもりもないんだよ。こっちは、これで終わらせるつもりだからな」
未来の俺が笑いを我慢するような表情で、倒れている邪神に向けてそう言う。
邪神は顔を押さえながら立ち上がって顔を振る。
「くっ。何故当たっただけでこれだけのダメージが」
「よく効くだろ。なんせ神器だからな」
「神器だと……我の封印ですべて使い切ったと思っていたが、まだあったという事か」
邪神が未来の俺を見る。
未来の俺は答えない。
答える必要がないって感じだ。
その代わりかもしれないが、前に出て行く。
次の相手は自分だと言うように。
「それじゃ、準備よろしくね」
「お任せください。マスター」
「……わかっているけど、この状況でいつものように口喧嘩しないでね」
「私は問題ありません。あちらに言ってください」
未来のセミナスさんが、未来の大魔王ララを視線で指し示す。
「私は仲良くしているつもりなのですが?」
未来の大魔王ララはそう答える。
……未来……苦労しそうだな。
⦅やはり、今の内に追い出しておきましょう⦆
(それだと未来が変わるのでは?)
⦅それは……くっ⦆
セミナスさんが悔しそうに唸る。
このやり取りを憶えているのか、未来の俺は苦笑を浮かべながら邪神と対峙した。




