自分と周囲の認識の違いはある
客観的には違うと思う。
いや、絶対違う。
そんな訳がない。
そんな風に見える訳がないとわかってはいる。
でも、主観は……俺の中では非常に穏やかだ。
もちろん、邪神に対して恐れも抱いている。
何しろ、普通に考えて、俺と邪神の戦力を比べた場合、鉄と紙クズのような絶対的な差がある事もわかっているのだから。
……それでも、だ。
それでも、俺は今、落ち着いた心で、穏やかな時間の中に居る。
そう思ってしまうくらい……なんというか、全体的な歯車が完全に噛み合っているような感じだった。
邪神の蹴りが放たれる。
受け流す。
邪神の拳が放たれる。
セミナスさんの指示で回避。
邪神が俺の動きを封じようと掴みかかってくる。
大魔王ララが操る遠隔ASによって妨害。
邪神が俺に向けて魔法を放つ。
大人エイトとグロリアさんによる援護で相殺。
邪神の攻勢に対して、すべてを封ずるという展開が続いていた。
終わりは……まだ見えない。
俺の体は……まだ動いてくれる。
ちょっとしたハイになっているような感覚だ。
どこまでも動いていける、動き続ける事が出来るような……。
実際にそんな事にはならないという事も、頭の片隅ではわかっている。
こんな状態は、そう長く続かない。
いつか、本当の限界が訪れて、意志とは関係なく動けなくなるだろう。
でも、今は動く。動けるのなら、動く。
今出来る事は、これしかないのだから。
ただ、邪神も馬鹿ではない。
自分を疲労させるためにこういう事をやっているんだとわかっている。
それなら攻勢に出ずに休めば良いだけなのだが、それも許されていない。
確かに、邪神に対して俺はダメージを与える事が出来ない。
でも、邪神がその動きを少しでもとめて休もうとすれば、そこに飛来するのはダメージを与えられる数々。
大人エイトの魔法や、グロリアさんの矢……それに、大魔王ララの遠隔ASも。
大人エイトの魔法に対しては、未だに警戒している。
現状、邪神が食らって一番ダメージを受けるのは、間違いなく大人エイトの魔法だろう。
だからこそ、大人エイトが放った魔法に関しては、邪神は必ず相殺していた。
グロリアさんの放つ矢に対しては、偶に食らっている。
といっても、ダメージを食らいそうなのはしっかりと防いでいるが、食らっている分の矢に関しては一切ダメージを受けていない。
体の強度だけで弾いている。
というのも、武技を放った消耗からか、グロリアさんの力が著しく低下しているのだ。
込められる力に限界が……あと何度かしか強い矢は放てないといった感じを受ける。
その見通しが間違っていないと思うのは、足がまったく動いていない事だ。
動く力すら矢に込めないといけないような感じ。
だからだろうか、俺が邪神と近距離でやり合っているというのもあるだろうが、邪神は既にグロリアさんに興味をなくしたと言わんばかりに、気にしている様子が見えない。
大魔王ララが操る遠隔ASには、邪神も手を焼いていた。
というのも、的確で正確。
セミナスさんが操っている時と遜色ないレベルで操っているからだ。
邪神に向けて体当たりをかましたり、鋭角な部分で突き刺したり、高速回転による斬撃など、もう好きなようにしているというか、邪神に対する鬱憤を晴らしているように見えなくもない。
(ハハハハハッ! ザコ! このクソザコ邪神が!)
………………まぁ、相当長く共に居た訳だし、色々あるよね。
⦅マスター、サラッと流さず、現実を見てください。聞こえているでしょう? 危険な高笑いが。やはり、このような存在はマスターにとって害悪。悪影響を与えかねません……いいえ、与えます。よって、ここから追放する事を提案します⦆
まぁまぁ。
大魔王ララが居るからこそ、防御と攻撃という役割分担がきちんと出来て、どうにか邪神と渡り合えているんだから。
それに、大魔王ララは別に狂っている訳ではない。
元々正常だったし、それは今もそうだ。
……まぁ、邪神に向けて色々と発散はしているけど。
だからといって、それに集中し切っている訳ではないのだ。
きちんと周囲を見ているというか、邪神が放つ攻撃に対して、俺がどうしても受け流せない時やかわせない時に、きちんと察して事前に防いでくれている。
⦅別に、私一人でも同じクオリティで出来ますが? いえ、もっと効率よく運用を⦆
はいはい。対抗しない。
セミナスさんは、防御の方に集中して。
俺の命を預けているようなモノなんだから。
⦅そこの大魔王とは積み重ねてきたモノが違うという事ですね⦆
うん。まぁ、もうそれで良いから、お願いします。
本当にもう、結構一杯一杯だから。
外では激しい動きで邪神とやり合っていたが、内ではいつも通りというか、これまでと変わらない空気みたいなモノが流れている。
だから……邪神を相手にしても変な気負いはなく、疲れさせなければという焦燥感もなく、いつも通りでやり合えた。
それが、邪神にとっては気がかりだったのかもしれない。
「……ふぅ。貴様は一体何者だ? 本当に人間か?」
「失礼なヤツだな。まっ、邪神だからそうかもしれないけど、正真正銘、普通の人間だよ。それこそ、お前の一撃で葬られてしまう程度の、な」
「その一撃が、当たらないのが異質。いや、それだけではない。……何故、このような状況で笑っている。少なくとも、一撃死があり得る状況で、笑みを浮かべるという精神は異常だと思うが?」
邪神に言われて、自分の顔を触る。
……よくわからん。
でもまぁ、精神的にはいつも通りだし、それが影響しているのかもしれない。
楽しくは……ないんだけどな。
「ただ少なくとも……我の勘のようなモノは当たっていた訳、か。……今ここにこうして居る以上、やはり貴様から潰して……いや、殺しておくべきだった。全力でな」
邪神が笑みを浮かべる。
これまで見てきた中で、もっとも邪悪な笑みを。
「まぁ、それは今からでも遅くないだろう。防ぐなら、防ぎ続ければ良い……その壁を打ち砕いてやろう」
邪神の動きがより鋭く激しくなり、すべてを出し切るような猛攻が始まる。
けれど、俺の心は少しも乱れなかった。




