いけると思っても、中々いけないモノ
「『血は巡り 終始を進み抜き 永遠の円環となる 終末の吸血鬼』」
アドルさんがカッコいい事を言い出した。
その変化は劇的で、アドルさんの目の周囲が赤黒く染まり、両手の爪が赤く染まって、どこからともなく血のような真っ赤なマントを羽織る。
「『始まりの血 後世に受け継がれ 今生へと巡る 原初の吸血鬼』」
ロザミリアナさんの方も似たような事を言うと、目の周囲が青白く染まり、両手の爪が青く染まって、どこからともなく氷のような真っ青なマントを羽織った。
単体でもカッコいいのに、対照的になって更に倍。
何、あれ?
⦅吸血鬼特有の特殊武技です⦆
つまり、俺には出来ないって事か。残念。
けれど、その力は凄まじかった。
二対一でもどうしようもなかった状況を一変させる。
「「はあああああっ!」」
「ちっ! 確か、吸血鬼特有の強化技だったか! 面倒な真似を!」
アドルさんとロザミリアナさんの力と速さが、先ほどまでとはまったく違っていた。
拳が、足が、邪神に届いていく。
「ぐっ」
アドルさんに頬を殴られ、ロザミリアナさんの腹部と足を蹴られ、邪神にダメージが入っていった。
今の疲労し始めている邪神には、少々キツイらしい。
あれ? もしかして封印しなくてもいける?
⦅いえ、それは難しいでしょう。可能性がゼロとは言いませんが、少なくとも、マスターは当初の予定通り封印狙いでいくべきです⦆
選択肢は多い方が良いって事か。
それに、セミナスさんが難しいと言った理由は直ぐわかった。
確かに二人はより強く鋭くなったが、その動きの質までは変わっていない。
邪神は直ぐに対応し始め、二人からの攻撃を防ぎ始める。
といっても、まだ防戦一方というか、偶に反撃がくるくらい。
それに注意しておけば、と思うが、二人はそれすら気にせず、攻勢を行い続ける。
その理由は直ぐにわかった。
力と速度だけが上昇している訳ではなく、全体的にかなり強化されている。
邪神の反撃の拳を食らってダメージを受けても、それでも攻勢が続けられていた。
やせ我慢とかそういう事ではなく、防御力も相当上がっていて、ダメージとしてそこまで受けていないといった印象だ。
……でも、大丈夫なの? あれ。
相当消耗が激しそうというか、限界を超えている感じがするんだけど。
それでなくても、アドルさんは完調じゃないし、ロザミリアナさんもこれまで氷漬けにされていた訳だし。
⦅確かに限界は超えています。そういう特殊武技ですので。ですが、現状で邪神に対抗出来る手段がそれしかないのです。それに、邪神を更に疲労させるという観点から見れば、非常に有効です⦆
それは確かにそうだけど……多分、もうあの状態を長く維持出来ないと思う。
アドルさんとロザミリアナさんは、既に息が切れている。
肩も動かして大きく呼吸をしながら、少しでも長く、多くのダメージを与えようとしているように見えた。
たとえここで潰れても、あとに続く者たちの糧となるように。
だからこそ、このまま放っておく訳にはいかない。
潰れる前にどうにかしないと、と思っていると、援護が入る。
二人の連携は完璧と思っていたが、邪神はそれでもその間を縫うように反撃を行っていた。
その援護は、その間を埋めるように火球が飛来し、邪神の反撃に対するカウンターとしてぶつかり、小爆発を起こす。
「エイトッ!」
大人エイトが空からゆったりと下りてくる。
その姿はまるで天s……いや、ちょっと待って。
大人エイト、飛べるの?
⦅今の状態は全属性の力を十全に使用出来ますが、それでも通常は不可能です。飛行に関しては、単純に力があればそれだけで良いという事ではありませんので。他にも色々とクリアしなければいけない問題はありますが、それを突破出来る存在が内部に居るため、可能となったようです⦆
……つまり、大人エイトだけだと難しい、もしくは無理だけど、今は魔王マリエムが中に居て色々補佐してくれているから大丈夫、と?
⦅簡単に言ってしまえば、その通りです⦆
(さすがはマリエムですね)
大魔王ララはどことなく嬉しそうだ。
⦅そうですね。あなたと違って、状況を的確に判断して大人しく従っているようですし⦆
(あら? 私も大人しく演算を手伝ったりしていますが?)
⦅隙あらば私と取って代わろうとしているように思えますが?⦆
(それは、先輩が私を排除しようとしているからです。誰であれ、排除されそうとなれば抵抗すると思いますが?)
⦅では、私があなたを受け入れたと仮定した場合の次の行動は?⦆
(先輩の上に立って排除します)
⦅よろしい。戦争です⦆
(ええ、戦争ですね)
出来れば、目の前で繰り広げられている戦いが終わってからにしてください。
エイトはそのまま魔法を放ちながら地上へと下り立ち、そのままこちらの方に来る。
なので、俺も行動を起こす。
「インジャオさんも行ってください!」
「いや、アキミチを守らないと」
「大丈夫です! 大人エイトが来ましたので!」
「……大人エイト?」
インジャオさんが、大人エイトを指差す。
俺は頷きを返すが、インジャオさんは首を傾げた。
「本当に? というか、一体どうやって成長を」
「そこら辺の説明は全部あとで。今はアレを倒す事だけに集中してください!」
「守ってもらえるんだね?」
「はい」
「それなら!」
インジャオさんが射出したように飛び出し、入れ代わるようにエイトが俺の傍に。
「魔力は?」
「まだ余裕があります」
「なら、援護を」
「ご主人様の安全を考慮しつつ、援護を行います」
アドルさんとロザミリアナさんが戦っている中に、インジャオさんと大人エイトが加わる。
二人はまだそれでもと攻勢に出ているが、それでも動きは悪くなり始めていた。
何より、邪神からの攻撃を食らって、明らかにダメージを受け始めている。
インジャオさんと大人エイトの援護は、本当にギリギリだったかもしれない。
主攻がインジャオさんに変わる。
「貴様に憶えはないが、中々の腕前だと褒めてやろう」
「それなら、自分の剣技で葬られるのは喜ばしい事ですね」
「それは、出来たらといった仮定の話でしかないな」
インジャオさんが振るう大剣を、邪神はその身で防いでいく。
相当強固なのか、その肌すら斬れていない。
⦅頑強ではありますが、斬れない訳ではありません。剣を受けている部分が重要なのです⦆
そう言われて確認すると、邪神はインジャオさんの振るう大剣を、魔力を纏っている箇所だけで受けとめ、それ以外は回避していた。
⦅魔力を纏っていない部分であれば斬れます⦆
インジャオさんもそれに直ぐ気付くが、そう簡単に斬らせてくれないのは当たり前。
アドルさんとロザミリアナさんがインジャオさんの補佐に回り、大人エイトの魔法の援護も加わるが、大剣の刃が中々邪神に到達しない。
それでも、邪神を疲労させるという意味では、この上ない状況なのは間違いない。
でも、まだ足りない。
「エイト! 上空に向けて火球!」
「かしこまりました」
エイトが俺の指示で上空に火球を放つ。
ここに居るぞ、と示すように。




