余裕な姿が隙に繋がるとは限らない
「さぁ、勇者諸君。我の準備運動に付き合ってくれないか? 我は久し振りの肉体を楽しみたいのだ」
魔王リガジーだったモノが、俺たちと常水たちを交互に見ながら、そう言ってくる。
自らは動く気がないと言っているようなモノだが、それだけの余裕を感じられた。
全員一斉に襲いかかられても、問題はないと。
「アキミチ、行くぞ! シユウは説明を優先! 何も知らずに挑むには、相手が悪過ぎる!」
シャインさんが魔王リガジーだったモノに向けて駆け出し、指示を飛ばしていく。
その表情に余裕はない。
つまり、それだけの相手だという事だ。
「エイトは遠距離からの援護だけだ! 迂闊に注意を向けられるような魔法は使うな! 残存魔力もそうだが、一発でも下手に食らうと死ぬぞ!」
「それは危険です。エイトは後方からの援護を行います」
エイトにまで!
シャインさんの様子から、エイトは危機感を覚えたのか、素直に従っている。
そんな相手のところに向かうのか……と思いつつ、俺も駆け出す。
詩夕は常水たちのところへ。
駆けながらシャインさんが近付いてくる。
「いいか、アキミチ。防御に徹しろ。おそらく、まともに防げるのはお前だけだ。攻撃の方は、私がなんとかする」
正直、シャインさんでどうにもならなかったら、難しいとしか言えない。
それと、言いたい事もわかった。
シャインさんは、攻撃に専念出来ればなんとかしてみせる、と言っているのだ。
つまり、防御とか他の事は捨てるから、そこは俺に任せるという事。
責任重大過ぎると思いつつ、シャインさんと共に魔王リガジーだったモノと対峙する。
シャインさんは宣言通り、攻撃に集中し切っていた。
ただ相手を倒そうという意識しか持っていないため、魔王リガジーだったモノが攻撃を行っても避ける素振りも防ぐ気配も一切ない。
極端過ぎる、と思いつつ、そこは俺の出番だ。
シャインさんに向けて放たれる攻撃を、ASをフル活用して防いでいく。
自ら準備運動と言うだけはあって、まだ反応は出来た。
防ぐ事も可能で、まともに受けても踏ん張りは効くし、受け流す事もまだ出来ている。
というよりは、こちらの力に合わせつつ、ギリギリのラインを攻めているような気がした。
直ぐ終わっては面白くないだろ? と言われているようで、ムカつく。
シャインさんには、是非とも顔面に特大にキツイのを一発入れて欲しい。
そのために、俺はシャインさんへの攻撃を防ぎ続け、シャインさんを攻撃だけに集中させる。
ただ、そうなると、当然俺自身への攻撃には少し疎かになるが、そこはエイトが魔法でフォローしてくれていた。
普通なら、そこでエイトを邪魔に思って排除しようと動くだろうが、魔王リガジーだったモノは何もしない。
エイトから放たれた魔法をすべて防ぎ、その上でその表情は要求している。
もっと撃ってきても構わないぞ、と。
エイトもそれを感じ取ったのか、放つ魔法が激しくなるが、魔王リガジーだったモノはそのすべてを防ぎ、かわし、撃ち返していく。
「良いぞ、良いぞ。さすがはここまできた者たちだ。良い準備運動になっている。もっと激しくしてくれても構わんぞ。ほら、こんな風に」
魔王リガジーだったモノが何気なく手刀を放つ。
ただ、その攻撃速度がいきなり上昇した。
しかも、シャインさんの胸部――心臓を正確に狙っている。
「間に合うかな?」
遊んでやがる! と悪態を吐きたいところだが、その時間すら惜しい。
攻撃に集中しているシャインさんは当然避けようとしなかった。
というか、反応してももう遅い。
俺が防がないと、シャインさんの心臓が貫かれる。
体ごと飛び出し、ASでギリギリ受けとめるが、上手く流す事は出来ずに俺の肩をかすった。
少しだけ鮮血が舞うが、そこを気にしている余裕はない。
魔王リガジーだったモノは既に動いていて、次の攻撃に移っている。
肩の痛みは我慢。
動くのなら問題なし。
そのままシャインさんの防御を行おうとするが、そこにエイトとは別の方向から魔法が飛んでくる。
しかも、こちらに合わせた、きっちりとした援護の魔法がいくつも。
「悪い、待たせた。事情は聞いたが、まずはその肩の傷を治してこい」
いつの間にか隣に立っていた樹さんが、俺にそう声をかけてくる。
詩夕、常水、刀璃と、前衛で戦える全員が揃っていて、魔王リガジーだったモノを取り囲んでいた。
「そうだそうだ。個で足りなければ集で挑む。当然の判断だ。まぁ、それでも我はどうにもならんがな」
それでも、魔王リガジーだったモノの余裕は崩れない。
「……気を付けて」
具体的な事は何も言えず、まずは傷を治すために下がる。
「私が」
「私が」
「エイトが」
天乃、水連、エイトが挙手する。
いや、それよりも援護して欲しいんだけど。
「誰でもいいから一人だけで! 他は援護!」
咲穂から早くしろと促され、エイトの休憩も兼ねてエイトに治してもらう。
天乃と水連は、これ以上咲穂には怒られたくないと、詩夕たちの援護に向かった。
エイトに回復してもらいながら、様子を確認。
詩夕たちは連携も上手く使っているのだが、魔王リガジーだったモノには通じていないというか、まともに当たったのがまだ一度もない。
すべてに対応されている。
でもそれは、シャインさんの攻撃頻度が下がった事も関係あるかもしれない。
俺の防御がなくなった……からだろうか。
詩夕たちに、魔王リガジーだったモノの存在を慣れさせる意味もあるかもしれない。
しかし、確かな事は一つ。
このままでは駄目だという事だ。
攻め手に欠けるというか、魔王リガジーだったモノに対しての有効なモノを見つけられていない。
いや、その可能性がありそうなモノには心当たりがある。
今は使用していないが、先ほど自動で常水たちの守ったと思われる、鍛冶の神様が詩夕たちに合わせて製作した武具――「神器」だ。
本来は大魔王を封印するための道具だが、もちろん攻撃にも転用出来るだけの性能はある。
今使用しないのは、まだ使い慣れない武具であるため、今使用しているのより上手く扱えないからだ。
それでも、先ほど自動で攻撃に反応したりと、もしかすると有効なモノかもしれない。
……その確信が欲しい。
⦅お待たせしました。もう大丈夫です。『神器』の有効性は⦆
(非常に高いと思われます)
⦅それ、私のセリフ!⦆
全然大丈夫じゃない。




