別章 飛来する存在
それは、まさに絶体絶命と言って良い状況だった。
その状況に追い込まれたのは、EB同盟。
大魔王軍本軍と対等に戦えるところまで状況をもっていき、あとは死力を尽くすのみ。
実際、どちらが有利不利かと問われれば、EB同盟の方であった。
追い込まれるまで破れ、這い上がり、最終決戦を始め、何度も不利な状況を跳ね除けて対等まで。
上昇率の違いは、そのまま士気の高さに繋がり、いくら大魔王軍本軍の魔物たちが協力体制を取ろうとも、EB同盟は元からそうであり、これまでの戦いの経験からその熟練度は段違いである。
個々の質では、やはり魔物の方が優れている。
しかし、それ以外の勝っている部分で、EB同盟は勝っているのだ。
一気に、と決める事はさすがに出来ない。
大魔王軍本軍も状況を正確に理解しているため、決死の覚悟で戦っているのだから。
だが、徐々に、徐々に、薄皮を削っていくように、EB同盟は勝利を引き寄せ、近付いていく。
そこに、この状況を一気に瓦解させる存在が現れた。
それで出て来た場所は、大魔王城から。
重い枷から解き放たれるように、次々と飛び出してくる。
それは、人の形をした何か。
感情が見えず、意思が宿っているとは思えない。
それを表現する最も近い言葉は、人形。
そう表現される要因の一つが、種類にあった。
百体近くが一気に現れ、今も少しずつだが追加されていっている。
だが、見れば直ぐに気付く。
百体近くが居るのに、個性が三つしかないのだ。
細身の男性型。
筋骨隆々の男性型。
妖艶な女性型。
その三つだけ。
人形と表現されるのが、最も適切なのだ。
その人形たちは、大魔王軍本軍には一切手出しせず、EB同盟の者たちだけに襲いかかり始める。
第三勢力ではなく、どちらの勢力に付いているのかは、それで明白になった。
少なからず追加されていっているが、百体を超える程度であれば、現状に与える影響は少ないだろう。
しかし、それは一般的な強さであれば。
常識の範囲内の力量であれば、の話。
現れた人形たちの強さは、EB同盟、大魔王軍本軍を合わせても、一線を画していた。
上位に位置すると言っても良い。
そんな存在が百体近く現れ、大魔王軍本軍に味方するのである。
それはまさに脅威。
少しずつ引き寄せていた勝利を、EB同盟は一気にもっていかれた。
EB同盟の兵士や騎士、冒険者たちが直ぐにその危険性に気付き、対応しようと有志を募って掃討しようと動き出す。
割く戦力はそれほど多くはないが、それでも出来る限りの戦力を結集して、人形たちにあたらせる。
その結果は、言うまでもないだろう。
人形たちが圧倒する。
何より、人形たちはその強さだけではなく、自分の体がいくら傷付こうが気にしない。
ただただ相手を……EB同盟の者たちを屠るためだけに襲いかかる。
腕を斬られたら足で、足がなくなれば這ってでも、両手両足が失われようが口で噛み切ろうと、妄念、執念の類ではなく、ただただ機械的に、それが命令だからと実行するだけ。
殺せと命令されたから、どのような状況でもどのような手を使ってでも殺す。
ただ、それだけが、人形たちの行動原理であった。
悲惨な状況になるのは目に見えていた。
「くそ……くそ……くそぉ……ここまできて、これかよ」
荒い息を吐きながら、有志の一人が剣を構える。
周囲には多くの骸が転がっていた。
物言わぬ存在なのは、有志の仲間たちであろうとも、人形であろうとも変わらない。
けれど、人形の多くはまだ動いている。追加されていっている。
いくらか呻き声は耳に届くので、有志たちの中でまだ生きている者も居るのだろう。
事実、人形たちに向けて剣を構える有志の一人は、微かではあるが生きていると示すような呼吸をしている仲間を庇っている。
「に、げろ……」
どうにか、お前だけでも生きてくれ。
そう言われた訳ではないが、そう言われたような気がする有志の一人。
「馬鹿野郎。どこに逃げろってんだよ……」
目の前の人形たちが逃がす訳がないだろ、と思う。
それに何より、自分は有志なのだ。
EB同盟の中でもそれなりに強い位置に居る。
そうだという自負もあった。
だからこそ、諦める訳にはいかない。
空いた手で、自分で自分の強く胸を叩く。
鼓舞するために。
「しっかりしろ! 俺! ここまできたんだ! ここで諦める訳にはいかないだろ!」
言葉も加え、自分で自分の士気を高めた。
その効果はあり、構えた剣を握る力が強くなる。
その行動は周囲にも伝わり、まだ動ける者たちが体に力を込めていく。
「そうだ! 勝つのは俺たちだ!」
「EB同盟に勝利を!」
「負けてたまるか! 負けてたまるか! 俺たちは、まだ生きているぞ!」
口々に声を張り上げ、鼓舞し合っていく。
何より、全員わかっているのだ。
ここよりあとはない。
ここを抜かれたら、EB同盟にどれだけの被害が出るか……。
間違いなく、致命的になる、と。
だから、ここでとめなければいけないと、戦える状態の有志たちは声を張り上げる。
死んでもとめてみせる、と。
対する人形たちは動じない。
どれだけ気迫を放たれようとも、気にも留めない。
ただ、命令を遂行するだけ。
真っ先に狙われたのは、最初に鼓舞した有志の一人。
己の存在を強く示したのだから、当然だろう。
既に限界に近い。
それでも、一太刀だけでも浴びせてみせる……相打ちだろうととめてみせる、と有志の一人が剣を振るおうとした時、空から――飛来する。
「これ以上はやらせませんよっ!」
そんな声と共に、飛来した者は大剣を振り下ろして人形を両断。
綺麗に核も両断する。
そのまま大地を斬った大剣を中心に衝撃を巻き起こし、人形たちは吹き飛び、有志たちはなんとか踏ん張った。
舞う土埃が晴れれば、有志たちの目に映るのは、飛来した存在。
大剣を横薙ぎに振るって土埃を払う、全身鎧を身に纏う者。
一流の武芸者のような雰囲気を発している全身鎧を身に纏う者は、有志たちに向けて頭を下げる。
「遅れて……申し訳ない。ですが、ここであなたたちが耐えてくれたからこそ、もう他に被害が及ぶ事はありません。あとは、自分たちに任せてください」
その言葉に、有志たちは安堵の息を吐くのと同時に、やり切ったのだと自覚した。
しかし、自分……たち? と有志たちは周囲に視線を向ける。
そこで、この場に更に飛来してくる者たちが居た。




