別章 新たな日々
詩夕たちは更なる強さを求めて、鍛錬の日々を送り始めた。
ビットル王国の王城近く。
普段は騎士や兵士が己を磨く訓練場として使う、簡易な柵に囲まれ、休憩場所としても使われる小さな小屋があるだけの殺風景な場所。
その中央で唯一立っている者が、周囲の様子を窺う。
「……どうした? この程度でもう限界なのか?」
そう声を発した唯一立っている者は、この世界の強者の一人である、エルフのシャインだった。
シャインの視線が向く先に居るのは、片膝を付いた者や倒れている者などが何人か居る。
その内の一人が笑みを浮かべながら呟く。
「ははっ……はぁはぁ……いや、まいったね。まさか……全員で挑んでも駄目だなんて……」
そう呟いたのは詩夕である。
その言葉通り、この場には親友たちが勢揃いしていたが、誰も立ち上がれないでいた。
これは鍛錬の結果。
シャインが全員の力量を確認すると、全員を相手取ったのだ。
当初は一対一であったが、もう面倒だとシャインが全員を一度に相手取り、結果として立っているのはシャインだけ。
しかも、シャインの方は無傷で、詩夕たちの方は特に目立った傷はないが呼吸は荒い。
いや、一人だけボロボロと言っても良いだろう。
集中的にやられたような形跡がある。
その倒れている者に向けて、柵の向こう側に居る女性二人が声を飛ばす。
「頑張って下さい、イツキ様~!」
「イツキ様、母が満足するまで終わりませんので、ファイトです!」
ビットル王国の王女フィライアと、シャインの娘グロリアである。
声援とも言える二つの声に、樹は反応しない。
「ふんっ!」
「うわっ!」
シャインが樹を踏もうとしたが、そうなる前に飛び跳ね起きる樹。
樹は、不敵な笑みを浮かべるシャインと目が合う。
「私に死んだふりは通用しないぞ、イツキ」
「はは……みたいで」
樹は冷や汗が自然と出る。
それでも、言わずにはいわれなかった。
「というかですね、詩夕たちと比べて、俺にだけ厳し過ぎませんか?」
「そんなもの決まっているだろ。お前たちの中の年長者なんだから、一番強くならないと立場がないだろ?」
「それはまぁ……そうありたいとは思っていますが……」
樹は自然と構えを取り、ジリジリと後退していく。
シャインの笑みが、不敵なモノから愉快なモノへと変わる。
「それに、グロリアを娶るんなら、せめて私と対等クラスじゃないと許さないぞ」
「まだ確定事項ではありませんから!」
「安心しろ。神に選ばれた者たちだけあって、才能だけならある」
「聞いて下さい! 話を聞いて下さい!」
「喋る元気がなくなるまでやるからな!」
即座に後方へと走る樹。
「これは撤退ではない! 戦略的後退でもない! 休憩を取るだけだ!」
「本当に倒れるか、私から逃げられたら休憩をやろう」
しかし、シャインが回り込んでいた。
声にならない叫び声を上げる樹の顔面が掴まれ、鍛錬が再開する。
その光景を見ながら、詩夕たちが立ち上がっていく。
「……強くなったと思ったけど、上はまだまだ遠いようだね」
「その方が良い。やり甲斐があると思わないか? 詩夕」
「そうだね、常水。あれだけ強いシャインさんでも、この世界は救えていない。なら、僕たちはシャインさん以上に強くなる必要があるのかもしれない……いや、それぐらいの気概を持たないと生きていけないね」
詩夕の言葉に、常水が頷く。
一方、女性陣の方はというと――。
「……くっ。私たち以外で明道の近くに居た女に牽制すら出来ないなんて……不覚」
「私も同意見。次は協力して攻撃を。今は単独で勝てない事を認めないといけない。でないと、殺せない」
天乃と水連が、揃って頷く。
刀璃と咲穂は、その光景を呆れたように見ていた。
「……天乃と水連は、主旨が変わっていると思うのだが」
「まぁ、明道に関する事となると、途端に物騒になるからね、天乃と水連は。それに、放っておいても大丈夫でしょ。今の私たちじゃ、何をしようがシャインさんには勝てないし。多分、特殊武技を使っても無理。当たる気がしないし、通じるとは思えない」
咲穂の言葉に、刀璃はその通りだと頷く。
その刀璃の視線の先では、シャインが樹を投げ飛ばし、詩夕と常水、天乃と水連がコンビを組んで挑むが軽く返り討ちに遭っていた。
シャインはそのまま刀璃と咲穂へと視線を向け、かかって来いと手招きをする。
刀璃と咲穂は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「それじゃ、私たちもやられに行こうか」
「今よりも強くなるために」
刀璃と咲穂が、シャインに向けて駆け出す。
大魔王軍と戦争中の世界、その最前線の国の一つであるビットル王国において、詩夕たちが鍛錬に集中出来るのには、もちろん理由がある。
それは、この場に竜が居るからだ。
それも一体ではなく六体も。
この世界において、竜とは絶対的な力の象徴である。
その中でも竜王は、大魔王ですら迂闊に手を出す事はしない存在となっていた。
何しろ、大陸を上大陸と下大陸に分ける二つの巨大湖は、過去に竜王と大魔王が争って出来たのだから。
といっても、その竜王がこの場に居る訳ではない。
居るのは、名が知れ渡っている竜が一体と、その竜に付き従う五体である。
それでも、過剰戦力だった。
大魔王軍所属の魔物たちが、牽制、もしくは偵察として散発的に現れるが、DD以外の竜数体で蹂躙されているのだ。
そんな状況だからこそ、詩夕たちは鍛錬に集中出来ている。
ビットル王国は、久々に余裕を持てていた。
また、竜が居る事による影響はそれだけではない。
それはある日の朝――。
ビットル王国の王城前にある、王城と王都を繋ぐ少し開けた広場。
その広場の中央に、名の知れ渡っている竜――DDが立ち、少し離れた場所には五体の竜が並んで楽器を構えていた。
DDが、右腕を高々と掲げる。
「ミュージック」
パチンと指を鳴らす。
「スタート!」
合図と共に、五体の竜が音楽を奏で始める。
奏でられる音楽は、これまでよりも重低音がハッキリとし、軽快となっていた。
詩夕たちから色々と教えられた事によって、急激に成長しているのだ。
成長は、音楽を奏でる竜たちだけでなく、DDも。
音楽に合わせた緩急がよりハッキリとし、よりアグレッシブなダンスへと変貌していた。
流れる汗が光り輝く。
そして、変化が訪れる。
どこからともなく人が次々と現れ、DDをセンターに据えたようなフォーメーションでダンスを始め出したのだ。
集まるのは、騎士、兵士、町人、主婦……と分け隔てなく。
エルフの里と全く同じく、集団ダンスが繰り広げられていた。
ちなみに、エルフの里では今も早朝集団ダンスが行われており、音楽はエルフ有志たちによって奏でられている。
ただ、成長したDDに引っ張られてか、集まった人たちのダンスもアグレッシブに洗練されていた。
王城前で行われているという事もあり、王城をバックにした時の光景は、まるで一つのCMを見ているかのようである。
音楽が止むと同時に、DDと集まった人たちもピタッと動きを止める。
誰しもが肩を動かして呼吸をしているので、本気だったのがわかった。
けれど、誰しもが満足そうな笑みを浮かべていて、一呼吸を置けば誰しもが相手のダンスを褒め合ったり、拳を突き合わせたりと、大いに盛り上がる。
その中には、DDと竜たちも居た。
そして、ビットル王国の新しい一日が始まる。
次からはまた、アキミチ側の話に戻ります。




