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この行く道は明るい道  作者: ナハァト
第二章 竜とエルフ
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別章 新たな日々

 詩夕たちは更なる強さを求めて、鍛錬の日々を送り始めた。


 ビットル王国の王城近く。

 普段は騎士や兵士が己を磨く訓練場として使う、簡易な柵に囲まれ、休憩場所としても使われる小さな小屋があるだけの殺風景な場所。

 その中央で唯一立っている者が、周囲の様子を窺う。


「……どうした? この程度でもう限界なのか?」


 そう声を発した唯一立っている者は、この世界の強者の一人である、エルフのシャインだった。

 シャインの視線が向く先に居るのは、片膝を付いた者や倒れている者などが何人か居る。

 その内の一人が笑みを浮かべながら呟く。


「ははっ……はぁはぁ……いや、まいったね。まさか……全員で挑んでも駄目だなんて……」


 そう呟いたのは詩夕である。

 その言葉通り、この場には親友たちが勢揃いしていたが、誰も立ち上がれないでいた。


 これは鍛錬の結果。

 シャインが全員の力量を確認すると、全員を相手取ったのだ。

 当初は一対一であったが、もう面倒だとシャインが全員を一度に相手取り、結果として立っているのはシャインだけ。

 しかも、シャインの方は無傷で、詩夕たちの方は特に目立った傷はないが呼吸は荒い。


 いや、一人だけボロボロと言っても良いだろう。

 集中的にやられたような形跡がある。

 その倒れている者に向けて、柵の向こう側に居る女性二人が声を飛ばす。


「頑張って下さい、イツキ様~!」

「イツキ様、母が満足するまで終わりませんので、ファイトです!」


 ビットル王国の王女フィライアと、シャインの娘グロリアである。

 声援とも言える二つの声に、樹は反応しない。


「ふんっ!」

「うわっ!」


 シャインが樹を踏もうとしたが、そうなる前に飛び跳ね起きる樹。

 樹は、不敵な笑みを浮かべるシャインと目が合う。


「私に死んだふりは通用しないぞ、イツキ」

「はは……みたいで」


 樹は冷や汗が自然と出る。

 それでも、言わずにはいわれなかった。


「というかですね、詩夕たちと比べて、俺にだけ厳し過ぎませんか?」

「そんなもの決まっているだろ。お前たちの中の年長者なんだから、一番強くならないと立場がないだろ?」

「それはまぁ……そうありたいとは思っていますが……」


 樹は自然と構えを取り、ジリジリと後退していく。

 シャインの笑みが、不敵なモノから愉快なモノへと変わる。


「それに、グロリアを娶るんなら、せめて私と対等クラスじゃないと許さないぞ」

「まだ確定事項ではありませんから!」

「安心しろ。神に選ばれた者たちだけあって、才能だけならある」

「聞いて下さい! 話を聞いて下さい!」

「喋る元気がなくなるまでやるからな!」


 即座に後方へと走る樹。


「これは撤退ではない! 戦略的後退でもない! 休憩を取るだけだ!」

「本当に倒れるか、私から逃げられたら休憩をやろう」


 しかし、シャインが回り込んでいた。

 声にならない叫び声を上げる樹の顔面が掴まれ、鍛錬が再開する。

 その光景を見ながら、詩夕たちが立ち上がっていく。


「……強くなったと思ったけど、上はまだまだ遠いようだね」

「その方が良い。やり甲斐があると思わないか? 詩夕」

「そうだね、常水。あれだけ強いシャインさんでも、この世界は救えていない。なら、僕たちはシャインさん以上に強くなる必要があるのかもしれない……いや、それぐらいの気概を持たないと生きていけないね」


 詩夕の言葉に、常水が頷く。

 一方、女性陣の方はというと――。


「……くっ。私たち以外で明道の近くに居た女に牽制すら出来ないなんて……不覚」

「私も同意見。次は協力して攻撃を。今は単独で勝てない事を認めないといけない。でないと、殺せない」


 天乃と水連が、揃って頷く。

 刀璃と咲穂は、その光景を呆れたように見ていた。


「……天乃と水連は、主旨が変わっていると思うのだが」

「まぁ、明道に関する事となると、途端に物騒になるからね、天乃と水連は。それに、放っておいても大丈夫でしょ。今の私たちじゃ、何をしようがシャインさんには勝てないし。多分、特殊武技を使っても無理。当たる気がしないし、通じるとは思えない」


 咲穂の言葉に、刀璃はその通りだと頷く。

 その刀璃の視線の先では、シャインが樹を投げ飛ばし、詩夕と常水、天乃と水連がコンビを組んで挑むが軽く返り討ちに遭っていた。

 シャインはそのまま刀璃と咲穂へと視線を向け、かかって来いと手招きをする。

 刀璃と咲穂は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。


「それじゃ、私たちもやられに行こうか」

「今よりも強くなるために」


 刀璃と咲穂が、シャインに向けて駆け出す。


 大魔王軍と戦争中の世界、その最前線の国の一つであるビットル王国において、詩夕たちが鍛錬に集中出来るのには、もちろん理由がある。

 それは、この場に竜が居るからだ。

 それも一体ではなく六体も。


 この世界において、竜とは絶対的な力の象徴である。

 その中でも竜王は、大魔王ですら迂闊に手を出す事はしない存在となっていた。

 何しろ、大陸を上大陸と下大陸に分ける二つの巨大湖は、過去に竜王と大魔王が争って出来たのだから。


 といっても、その竜王がこの場に居る訳ではない。

 居るのは、名が知れ渡っている竜が一体と、その竜に付き従う五体である。

 それでも、過剰戦力だった。


 大魔王軍所属の魔物たちが、牽制、もしくは偵察として散発的に現れるが、DD以外の竜数体で蹂躙されているのだ。

 そんな状況だからこそ、詩夕たちは鍛錬に集中出来ている。

 ビットル王国は、久々に余裕を持てていた。

 また、竜が居る事による影響はそれだけではない。


 それはある日の朝――。

 ビットル王国の王城前にある、王城と王都を繋ぐ少し開けた広場。

 その広場の中央に、名の知れ渡っている竜――DDが立ち、少し離れた場所には五体の竜が並んで楽器を構えていた。

 DDが、右腕を高々と掲げる。


「ミュージック」


 パチンと指を鳴らす。


「スタート!」


 合図と共に、五体の竜が音楽を奏で始める。

 奏でられる音楽は、これまでよりも重低音がハッキリとし、軽快となっていた。

 詩夕たちから色々と教えられた事によって、急激に成長しているのだ。

 成長は、音楽を奏でる竜たちだけでなく、DDも。

 音楽に合わせた緩急がよりハッキリとし、よりアグレッシブなダンスへと変貌していた。

 流れる汗が光り輝く。


 そして、変化が訪れる。

 どこからともなく人が次々と現れ、DDをセンターに据えたようなフォーメーションでダンスを始め出したのだ。

 集まるのは、騎士、兵士、町人、主婦……と分け隔てなく。

 エルフの里と全く同じく、集団ダンスが繰り広げられていた。


 ちなみに、エルフの里では今も早朝集団ダンスが行われており、音楽はエルフ有志たちによって奏でられている。


 ただ、成長したDDに引っ張られてか、集まった人たちのダンスもアグレッシブに洗練されていた。

 王城前で行われているという事もあり、王城をバックにした時の光景は、まるで一つのCMを見ているかのようである。


 音楽が止むと同時に、DDと集まった人たちもピタッと動きを止める。

 誰しもが肩を動かして呼吸をしているので、本気だったのがわかった。

 けれど、誰しもが満足そうな笑みを浮かべていて、一呼吸を置けば誰しもが相手のダンスを褒め合ったり、拳を突き合わせたりと、大いに盛り上がる。

 その中には、DDと竜たちも居た。


 そして、ビットル王国の新しい一日が始まる。

次からはまた、アキミチ側の話に戻ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ダンスってば激しく踊ったりするから鍛錬にもなるんですよね むしろ普通の鍛錬よりも密度が濃いから色々に多岐……
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