別章 樹、魂の咆哮
ビットル王国の城内にあるダンスホール。
これまでは状況が状況なだけに、広いという事もあって物資置き場と成り果てていた。
しかし、今は違う。
丁寧に掃除がされて埃一つなく、壁や床は綺麗に磨かれてキラキラと輝いている。
そんなダンスホールで、ダンスの練習をしている者が二人居た。
一人は詩夕で、もう一人は黒い長髪に黒目の美丈夫である。
詩夕がステップを教え、その黒髪の美丈夫が習う、という形だった。
「そうです。足運びはそれで大丈夫ですから、次は上半身の動きを意識してやってみましょう」
「うむ。良い刺激になる!」
双方共に汗だくではあるが、楽しそうに笑みを浮かべていた。
特に黒髪の美丈夫の方が。
もうキラッキラとしていて、楽しくて仕方ないというのが目に見えてわかる。
この黒髪の美丈夫こそ、DDであった。
もちろん服も標準装備で、今は動きやすい服装を身に纏っている。
これは、詩夕から竜の姿が大き過ぎる上に、骨格が違うために教えにくいかもしれないと言われた結果で、実際にDDが人の姿と変わった時は、さすがファンタジー。なんでもありだな、と詩夕たちは思った。
ちなみに、ダンスホールは、お礼を兼ねたビットル王国軍の人海戦術によって即座に大掃除されたのである。
何しろ、命懸けだったかもしれない戦いから助けて貰ったようなモノなので、その感謝の結果だ。
また、詩夕がこうしてDDと付きっきりでダンスを教えているのは、DDと共に来た女性エルフの一人、シャインから渡された明道の手紙を読んだ結果。
手紙には、簡潔なこれまでの状況と詳しい話は会った時にという一文に加えて、共に行動しているアドルたち、それとビットル王国に来た竜たち、エルフであるシャイン、グロリアの事が簡潔に書かれ、「多分、DD達やシャインさんとグロリアさんが合流して大変な事になると思うけど、頑張れ! 俺も頑張った! いつか会った時、その苦労を分かち合えたら良いね!」と締め括られている。
最初は意味がわからないと戸惑っていたが、手紙が日本語で書かれている事と、DDやシャインから伝えられた風貌によって、詩夕たちは明道がこの世界に居る事を知った。
軽くパニックに陥る詩夕たち。
明道が詩夕たちを親友だと思うように、詩夕たちも明道を親友だと思っているからだ。
一部教師と、それ以上の想いを抱いているのも居るが。
ただ、樹だけでなく詩夕と常水もラノベを読んでいたという事もあり、自分たちの巻き込まれなのでは? と当初思う。
しかし、自分たちの危機を救った武技の神を解放したのが明道であった事を知り、もしかして別々の場所に召喚されたのは、それぞれ役割があるためでは? と男性陣は考える。
男性陣は、冷静な行動が出来たと言えるだろう。
何しろ、直ぐ傍で冷静じゃない者たちが居るのだから。
「離して、刀璃ちゃん! 明道がこの世界に居るだけじゃなくて、直ぐ近くに女が居るのよ! 黙っていられる訳ないじゃない!」
「頼むから落ち着いてくれ、天乃! 手紙に書かれていただろう? インジャオって人の恋人だって!」
「離して、咲穂。明道が危険。周囲の敵を殺りにいけない」
「ちょっと待って、水連! まず、敵って誰の事? 明道の周囲に敵は居ないよね? 味方しか居ないはずだよね?」
明道の下へ向かおうとする天乃と水連を、刀璃と咲穂が力ずくでとめていた。
大変だね、と男性陣は優しい表情で見守る。
「「いや、見ていないで手伝って!」」
「「少しでも触れたらセクハラで訴えてやる!」」
この騒動は、シャインが「そういや、もう旅立ってるぞ」と思い出したように言うまで続いた。
結果として、明道がどこに向かったのかがわからない以上、どうしようもないという事で事態は一旦落ち着く。
その後、DDが協力した目的を聞いた詩夕が、ダンスを教えているのだ。
ただし、詩夕と常水は短期間の勉強と練習であったため、知識としては広く浅い。
詩夕がその事をDDに伝えると、問題ないと笑う。
「アキミチから興行の楽しさを教えられたからな! 浅くて結構! 様々な知識が広がれば、そこからどう発展するかは、この世界で生きる者次第というのも面白い! 異世界にはないモノが生まれるかもしれんしな!」
「そうですね。僕もそういうこの世界を見てみたいです」
DDが心からそれを望んでいる事を、なんとなくで感じ取る詩夕。
けれど、詩夕が教えているダンスには、致命的に足りないモノがあった。
それは音。
様々なダンスに合わせる音楽が足りないのだ。
それを補うために、ジースを含む竜たちも頑張っている。
常水、刀璃、水連の三人で、あーだこーだ言い合いながら、鼻歌でメロディを奏でて、竜たちがそれをどうにか再現させているのが正しい状況だろう。
何故鼻歌かというと、楽器を上手く扱えないからである。
「……ファンタジーとしか言いようがないな」
「確かにそうだな。最早理解出来ない」
「……どうして鼻歌を聴いただけで成立するんでしょうか?」
ダンスに全情熱を傾けているDDに選ばれた竜たち故に、そういう部分の基本スペックが高過ぎるのが理由だと思われる。
という感じの城内の雰囲気は、放課後の部活動のようなモノになっていた。
そう……城内は。
◇
一方、城外にある訓練場に居る、天乃と樹の方は死に物狂いだった。
何しろ、二人が相手しているのはシャイン。
「はははははっ! なんだなんだ! 勇者とか大層なスキルを持っているくせに、この程度で終わりか? もっと根性を見せてみろ!」
高らかに笑うシャインは身綺麗なままだが、地に伏している天乃と樹は既にボロボロだ。
シャインの相手がこの二人なのは、所持スキルが関係している。
「イツキといったか? はっきり言ってやる! 『拳術』スキルなんてゴミだ! これから先で生き抜きたきゃ、まずは『拳術』の他に『蹴術』を手に入れ、複合スキル『体術』を経て『武術』スキルに昇華させろ! 出来なきゃ話にならないぞ! ちなみに私はその上の『武闘術』だ!」
樹が拳をグッと握った。
「次にアマノだったか? 魔法の威力はまあまあだが、制御が駄目過ぎる。同威力でもっと消費魔力を抑えられるようになれ。せめて、これぐらいは出来るようにならないと、次には進めないな」
そう言って、シャインが「闇魔法」を使用して空中に真っ黒な球体をいくつも出現させ、動物や武器など様々な形へと変化させていく。
しかも、それぞれが別の形に次々に。
天乃は怒りの笑みを浮かべた。
そこに止めの一撃。
「アキミチはもっと面白かったぞ」
カッ! と樹と天乃の目が光り、ガバッ! と立ち上がる。
「生徒に負けてたまるかぁ~!」
「気軽に明道と呼ぶなぁ~!」
そして再び、訓練という名のしごきが始まる。
その様子を、咲穂は少し離れた位置から見ていた。
「……大丈夫かな? 天乃と樹」
「大丈夫ですよ。なんだかんだで、面倒見の良い母ですから」
咲穂の呟きに答えたのはグロリアである。
シャインから一人前と認められているグロリアは、エルフらしく弓の名手であった。
咲穂もメインとしているのは弓のため、グロリアから指導を受けていたのである。
……あっちでなくて良かった、と心の中だけで咲穂は思う。
樹の叫び声が響く。
……本当にあっちでなくて良かった、と心の底から咲穂は思う。
◇
詩夕たちにとって、これまでとは違う日々が始まった。
もちろん、詩夕と常水はダンスに付きっきりという訳ではない。
全員が生き抜く強さを欲しているため、天乃や樹と同様に、シャインから教えを受けて、全体的に能力を向上させていく。
DDは教えられたダンス、竜たちは音楽の練習で忙しいため、特に文句は出なかった。
そんな詩夕たちの中で一番大変なのは、誰が見ても樹である。
「ご一緒にお茶でもしませんか?」
「……は、はぁ」
城内の廊下で、妖艶な色気を振り撒くグロリアが樹にしな垂れかかる。
樹の口元は引き攣っていた。
そこに待ったをかける女性。
「お待ちなさい! イツキ様には既に私という女が居ます!」
フィライアである。
嫉妬全開の怒り顔でグロリアを睨む。
「正妻がもう居るのは当然ですね。では、私は側室でも構いません」
「……なるほど。それなら話は早いですね」
ガシッ! と握手を交わすフィライアとグロリア。
急速に追い込まれていく樹は、どうしてこうなるんだと項垂れる。
グロリア曰く、バッチリ好みの一目惚れ、との事。
「アキミチさんに感謝ですね」
嬉しそうに言うグロリアのその言葉に、樹は、ん? と顔を上げる。
丁度その時、シャインもそこに現れ、納得したような表情を浮かべた。
「あぁ、アキミチがグロリアもここに向かわせたのは、こういう事か。グロリアも娶るなら、私の事は『お義母さん』と呼べよ、イツキ」
樹はぷるぷると震えたあと、大声で叫ぶ。
「謀ったなぁ~、行道ぅ~!」
魂の咆哮が城内に響いた。




