知らない方が楽しいと思う
「どうも、勇者の皆様。私は魔族の国で宰相を勤めている者。アキミチ様と同じように、気軽に宰相さんとお呼び下さい」
魔族の国の人たちが使用している貴賓室。
室内には大きな円卓があり、そこに俺と詩夕たちは座っていた。
エイトたちは、いつものように俺の後方で控えている。
「しかし、宰相さんと呼ばれるのは……他国の宰相に悪い気もしますね。何しろ、この呼び名が浸透すれば、宰相の代表のように思われてもおかしくありませんし」
そう言う宰相さんの表情は、それはそれで悪くない、と物語っている。
嬉しそうだなぁ……。
詩夕たちの方は、苦笑いだけど。
でも、有能なのは間違いない。
何しろ、この宰相さん……俺たちがこの貴賓室に向かうと、扉の前で待ち構えていたのである。
「どうして居るんだ?」と俺が問うと、「胸騒ぎがしましたので」と返された。
胸騒ぎがしたから扉の前で待つとか、意味がわからない。
それでそのまま中に招かれ、今に至る。
「……ところで、ロイルさんは?」
「初対面でいきなりこの人数は無理。危険。と、あちらに引きこもっています」
宰相さんが指し示したのは、隣の部屋。
なるほど。
そういえば、そんな人だったな。
武闘会を経て、それなりに慣れたと思っていたんだけど……面と向かって、はまだ難しいようだ。
でも、ロイルさんは魔族の国の国王だし、出来れば詩夕たちをきちんと紹介したいんだけど。
「問題ありません。妥協案は既に得ています」
宰相さんは、相変わらず仕事が早い。
「アキミチ様同伴で、一人ずつであればお会いするそうです」
「……俺が同伴する必要ある? 別に一人ずつ行けば良いだけじゃ?」
「アキミチ様に間に立って欲しいと」
……なんとなくだけど、気持ち的に間に居て欲しいだけじゃなく、物理的に間に立って欲しい……つまり、盾になって欲しいと言われているような気がする。
「それで合っているかと」
さらっと読んでくるけど、そこは嘘でも否定するところじゃないかな? 宰相さん。
⦅間違いありません⦆
だからって、断言すれば良いって訳でもないんだよ? セミナスさん。
ただ、ロイルさんの性格を考えると、詩夕たちが危害を加える訳ない、と言っても通用しないんだろうな。
これは仕方ない事かと、言う通りにする。
まずは詩夕から……。
………………。
………………。
特に問題も起こらず。無難に終わる。
室内には、ロイルさんの奥さんたちも居た。
それなのに……と思わなくもないし、実際に盾のように立たされたが……まぁ、そこはロイルさんの心の安寧のためにと割り切った。
「次の方~」
そう言いながら扉を開けると……。
『おぉ~!』
何やら拍手が巻き起こっていた。
どういう事? と室内を見回すと、待っていた皆が宰相さんに注目しているのがわかる。
出て行こうとする詩夕と顔を見合わせ、首を傾げた。
「では、続きまして、私の手元をご覧下さい」
宰相さんがそう言うので、手元に視線を向ける。
右手に一枚のコインを持っていて、左手には何も持っていない。
両手を握って、右手を開くとなくなっていて……コインは左手の中に移動している。
次は逆に、左手から右手に。
多分、待ち時間の余興としてやっているんだろうけど……魔法がある世界で手品ってどうなんだろうか?
『おぉ~!』
いや、俺は手品大好きなので拍手を送る。
宰相さんってところに引っかかりを覚えるが、それはそれ、これはこれ。
観賞中の皆も同じように拍手を送る。
さて次はどんな手品を……ってちがーう!
今やるべきなのは、皆にロイルさんを紹介する事である。
詩夕を戻して、常水を連れていく。
………………。
………………。
常水、樹さんと終わったところで、宰相さんの手品がカードを使った模様当てにバージョンアップしていた。
「では、次は戻って来られたイツキ様に選んでいただきましょう。こちらの中から一枚お選びいただけますか?」
「お、俺? わかった」
「もちろん、私は見ませんので」
はいはい! 俺も選びたいんだけど!
「次は私か。ほら、早く済ませましょ」
天乃が俺と腕を組んで、強引に引っ張っていく。
ちょっ! 力が強い、じゃなくて、手品見たいんだけど!
………………。
………………。
手品が気になっても、誰しもが俺を強引に連れて行くから満足に見る事も出来ないまま、天乃、刀璃、咲穂の紹介が終わり、最後は水連。
「ではそろそろ終わりにしましょう。最後はもちろん大目玉……瞬間移動を行いましょう」
拍手が巻き起こる。
……瞬間移動?
なんか覚えがあるネタだ。
………………あっ! そうだ!
どっかの村で結界を利用したヤツ。
思い出せて、なんかスッキリ……じゃなくて。
まさか、今回も同じトリックなんじゃ……という事は、ここに結界が! 神様が封印されて!
⦅違います。普通にタネがあるマジックです⦆
だよね。それならそれで……見ていこうかな。
⦅なんでしたら、タネをご説明しましょうか?⦆
それは駄目だよ、セミナスさん。
マジックはタネを知らない方が楽しめるんだから。
……ところで、やっぱりそういうのも見抜いちゃうんですね。
⦅どんなマジックでも看破してみせましょう⦆
しても良いけど、俺には教えないでね。
「といっても、これは私が移動するのではなく、誰か協力していただける方を私を移動させる類のものです。では、誰か」
『はいはいはいはい!』
そりゃ、皆手を上げるよね。
「では、そちらのレディを」
「よろしくお願いします」
エイトだった。
……一体、いつの間に仕込んだのだろう。
「……私で最後」
水連に強引に連れて行かれる。
待って! どれもちゃんと見れてないから、せめて最後のマジックくらいは……駄目だった。
女性陣の誰にも力で勝てないって……。
俺が鍛えなさ過ぎなのか、女性陣が鍛え過ぎなのか……。
「……失礼な事、考えてない?」
「いえ、全く」
ジト目の水連にそう返す。
そうしてロイルさんとその奥さんたちに、水連を紹介して無事に終わるのだが……。
「最後までご鑑賞いただき、ありがとうございました」
隣室に戻ると、宰相さんがそう締めくくって一礼。
詩夕たちから歓声と拍手が起こる。
……なんだろう。目的としては無事に果たしたけど、結局手品はどれもまともに見れなかったし、なんか宰相さんに詩夕たちが取り込まれたような感じがする。
そう思っていると、エイトが俺の方に来て一言。
「今後は手品も修得したいと思います」
「……わかった。応援している」
ここで見れなかった分を俺に見せてくれ。
そういう期待を込めて応援しておいた。




