まともな勝負ではありません
親友たちのために、シャインさんと一戦する事になった。
………………。
………………。
やっぱやめない? 他にも方法があると思うんだけど?
誠心誠意、言葉を尽くせば――。
⦅ありません⦆
ないってさ。
まぁ、シャインさんが言葉だけで動くような人なら、ここまで苦労はしないか。
せめて、軽傷で済めば良いけど………………色々と準備しておいた方が良いんじゃない?
回復薬とかさ? まだオレンジ味が何本か残っていたと思うんだけど?
⦅問題ありません。そもそも、準備は必要ありません⦆
……本当に?
どことなく不安を覚えつつも、そのまま寝た。
翌日の昼頃、俺はシャインさんにずるずると引き摺られる。
「あの~、シャインさん」
「ん? なんだ?」
「なんで俺は引き摺られているんですか?」
「逃げないようにだ」
「……どこに向かっているんですか?」
「訓練場だ。私と一戦するんだろ?」
ふむ。なるほど。
昨日の今日でやるのか。
セミナスさんが準備は必要ないと言ったけど、要はそんな短い時間で出来る準備などないって事だな。
そうならそうと言って欲しかった。
せめて、心構えだけでも出来たというのに……。
いや、諦めるのは早い。
引き摺られている今の内に、心構えを終えておこう。
む~ん……。
「………………ファイト、アキミチくん」
ラクロさんも一緒に来るようで、あとを付いて来ている。
ただ、俺を応援するその目は悲壮感たっぷり。
不安になるから、もう少しちゃんと励まして欲しい。
せめてその目に期待感を……いや、やっぱ応えられる自信ないんで今のままで良いです。
訓練場へと向かう途中で、マラソン中のグロリアさんと、のんびりしていたアドルさんたちが加わり、訓練場でダンスの練習をしていたDDとジースくんたちも、俺とシャインさんの戦いを見学する事になった。
訓練場の中央で、シャインさんと対峙する。
見学者たちは、訓練場の周囲へと移動していた。
ただ、普通に戦っては勝負にならないとわかりきっているため、シャインさんの方から条件が付けられる。
「そうだな。一瞬で終わってもつまらないし、そこら辺のに協力を頼んでも良いぞ」
「じゃあ、アド」
「ふぅ……陽の光が……」
アドルさんがそう呟いてへたり込む。
いや、克服したって言ったよね?
というか、今まで普通に過ごしていたよね?
「じゃあ、インジャ」
「ウルルの触り心地は最高です」
「インジャオの噛み心地もね」
……チッ。
さっきまでそんな雰囲気じゃなかったのに、今はバラ色だ。
ただ、俺をチラチラ見てくるウルルさんの目は、わかっているよね? と訴えかけている。
……あっ、はい。
「なら、ラク」
「大丈夫か! アドルゥ!」
巻き舌気味に叫びながら、ラクロさんはアドルさんの介抱に向かった。
いや、さっきまで普通に立っていたと思うんだけど?
アドルさんを心配する素振りは一切なかったけど?
一つだけわかる事は、誰も協力、手助けしてくれる気がゼロだという事だ。
ただ、この場にはグロリアさんと、DD、ジースくんたちも居る。
………………グロリアさんに頼むには、なんか違う気が。
………………DDは論外。普通に喧嘩が始まりそうだし、俺がそれに介入出来ない。
となると、残るはジースくんたちだけど……なんか巻き込むのに気が引けるというか。
「いや、俺だけで良いよ」
「その心意気は良し」
シャインさんが楽しそうに笑みを浮かべる。
……まぁ、正確には、俺だけじゃなく、セミナスさんも居るんだけど。
という訳で、これで良いんだよね?
⦅はい。問題ありません。マスターには私が常に付いておりますので。ですが、普通に戦っては勝機を得る事は不可能です。なので、ここは弱い事を前面に出して、ある条件を提示して認めさせて下さい⦆
………………。
………………さらっと弱いって言われた。
まぁ、この世界の基準で考えれば、間違いない事実ではあるけど。
でも! 元の世界基準だったら、そこそこのはずだ!
どっちにしても強者でない事は間違いないけど。
これでもミノタウロスを倒したんだよ!
……まぁ、アドルさんたちから提供された一級品の装備品頼りだったけど。
今はその貸し出しもないけど。
………………頑張れ、俺。
自分で自分を慰めつつ、セミナスさんが提示する条件をシャインさんに言う。
「えっと、さすがに今のままだと一瞬で終わるのは目に見えているので、俺からも条件を言って良いですか?」
「なんだ?」
「普通に勝つのは絶対無理なんで、シャインさんを地面に倒す事が出来たら俺の勝ち、という事にしません?」
「構わないぞ。それなら、もしかしたらが起こるかもしれないしな」
さらっと認められた。
え? マジで良いの? という気持ちである。
「やっぱやめたはなしだからな!」
「そんな事言う訳ないだろ。万が一という緊張感があるからこそ、常に全力を出せる」
「………………全力? 手加減は?」
「こと戦いにおいて、私が手加減をする事は一切ない」
ですよね~。
そんな感じですよね、シャインさんは。
……本当に勝てるの?
⦅はい。マスターが私の指示通りに恐れず動けば⦆
恐れず、という言葉に不安を覚えた。
シャインさんが足元にある石を取って、俺に見せる。
「投げた石が地面に落ちたら開始だ」
そのままシャインさんが、ひょいっと石を投げる。
え? もう?
ちょっと緊張して。
⦅構え、前傾姿勢⦆
あっ、はい。
セミナスさんの言う通りにする。
⦅目を閉じて⦆
はい。
……え? 閉じちゃったけど、駄目じゃない、これ。
シャインさんの行動が何も見えないけど。
⦅現在のマスターでは動きを視覚する事は出来ません。寧ろ、見えている方が余計な情報となって動きが鈍ります⦆
セミナスさんがそう言った瞬間、何かが落ちる音が聞こえたような気がした。
⦅頭から斜め後方へ捻るように倒れて下さい、今!⦆
言う通りに体を動かすと、目の前を風が通り過ぎたような感覚が。
⦅右手を握る!⦆
ギュッと握ろうとすると、何かを掴んだ。
⦅決して放してはいけません⦆
言われるままに精一杯掴むが、なんか勢いがあるので体ごと引っ張られる。
⦅体重をかけて倒れて下さい⦆
グッと力を込めて倒れる。
目を閉じていたのでタイミングが掴めず、顔を強く打ち付けた。
「ぐべっ!」
「ふぎゃっ!」
……何か俺と一緒に変な声が聞こえた。
左手で顔を撫でつつ目を開けると、視界に映ったのは衣服に包まれた、形が好みの丸いお尻。
………………えっと、拝めば良いのかな?
そのお尻と繋がっている片方の足を、俺が掴んでいた。
手を放して立ち上がり、改めて確認してみる。
「………………」
シャインさんだった。
……えっと、シャインさんが地面に倒しているから……俺の勝ちで良いのかな?
ちょっと信じられない。
アドルさん達の方へ視線を向けると、全員が信じられないと目を大きく見開いていた。
いや、DDだけはめっちゃ笑っている。
あとでシャインさんに怒られるよ、それ。
というか、これ、どういう事?
⦅開始と同時にエルフが真っ直ぐに突っ込んで来ましたので、マスターが後方に倒れ込みながら回避。エルフがそのまま通り過ぎようとした際、マスターの右手とエルフの足部がぶつかりそうになったので、そのまま掴みます。エルフの速度とマスターの倒れる勢いを利用して、倒れて貰いました。まさか掴まれたのか、という一瞬の思考の隙と、バランスを崩した事により、エルフは地面に倒れたのです⦆
………………。
………………。
セミナスさんが起こった事を説明してくれたけど、ちょっと信じられない。
でも、確かな現実として、シャインさんは地面に倒れている訳で。
⦅『未来予測』によりますと、マスターが目を開けていた場合、反応が遅れて失敗していました。初見でのみ意表を突けて成功する方法であり、これで決めきれていなかった場合は、勝ち筋を見つけられません⦆
もうね、なんというか、セミナスさん凄いとしか言えない。
ただ、セミナスさんの力は反則級みたいなモノだから、シャインさんに対して少し申し訳なく思う。
でも、勝ちは勝ち。
親友たちの助けになるのなら、これで良いのだ。




