これは俺の責任ですか?
翌朝。
「ハッ! 殺気!」
一気に目覚めると同時に、ゴロゴロと転がって回避行動を取る。
そのままベッドの上から落ちて頭を打った。
痛がっていると、声がかかる。
「ほぅ。今のも避けるとは、感度も良いようだな」
ニィ~っと笑みを浮かべ、ベッドの上で仁王立ちしているシャインさんが居た。
寝間着なのか、タンクトップとショートパンツ姿で、片方の足が俺の寝ていたと思われるところにある。
もしかして、避けなきゃ踏まれていたのか?
「………………」
………………人によってはご褒美だな。
「ん? 何だ、人の足をジッと見て………………ははぁ、なるほど。こんな朝から私の足に欲情しているのか?」
「起きてても寝言って言えるんだな」
早朝マラソンは気持ち良かった。
なんというか、心身が健康になりそうだ。
後ろから怖いのが追いかけてきているけど。
直ぐ捕ま……いや、あえて泳がせて体力が尽きるのを待っているのか!
……そして朝食時。
汗だくでボロボロの疲労困憊な俺は、グロリアさんから差し出された、スポーツ飲料っぽい飲み物を飲みながら愚痴る。
「なん、で……朝っぱらから……こんな激し、い運動をしなきゃ、いけないんだ……はぁ~」
「そんなの決まってるだろう。私がアキミチを鍛えてやる事に決めたからだ」
涼しい顔で朝からモリモリ食べているシャインさんが、そんな事を言ってきた。
「………………は?」
「アキミチはアドルたちにある程度鍛えられたようだが、まだまだそこらの有象無象とそう大差ない。特に攻撃が全く駄目なのは致命的だな。だからもっと体力を付けろ。そうすれば、回避や防御し続けて、勝機を掴む事が出来るかもしれないし、逃走も成功するかもしれない。何より生存率が上がる」
「言いたい事はなんとなくわかるけど、それなら別にシャインさんがしなくても。それこそ、アドルさんたちに体力中心でお願いすれば」
「それじゃ、私がつまらんだろ」
俺も遠慮なく言っているけど、向こうもだな。
……いや、最初からか。
シャインさんが遠慮している場面なんて見た事ない。
「大丈夫ですよ。私も一緒に頑張りますから」
グロリアさんが、拳をグッと握る。
うん。それは何の当てにもならないよね?
そもそも、基礎能力が違うから、一緒に頑張るのは無理じゃないかな?
まず間違いなくグロリアさんの方が上なのは確定として、一緒にする場合はどっちに合わせるの?
俺だとグロリアさんにとっては低過ぎるだろうし、グロリアさんだと俺にとっては高過ぎると思うんだ。
……というか、そもそもの話、シャインさんが、俺かグロリアさんのどちらかに合わせるとは思えない。
間違いなく、自分を基準に考えるだろう。
はい、破綻。
………………。
とりあえず、スポーツ飲料っぽいのを一気に飲み干し、一息吐く。
………………。
コキコキと、軽く柔軟をして、体の調子を整える。
………………。
ダッ! と玄関に行くと見せかけて、窓から脱出――!
しようとすると、ふにゅっと柔らかいモノにぶつかった。
「逃げられると思ったのか?」
「ですよね~」
シャインさんに捕まる。
そのまま、俺の体力向上の特訓が始まった。
◇
シャインさんが俺に課した特訓は、大きく分けると二つ。
マラソンと組手だ。
マラソンの方は、延々とエルフ村の周囲を走らされるという地獄。
その間、シャインさんはグロリアさんを鍛えているのだが、俺が少しでも休もうとすれば、どこからかシャインさんが現れて追い回された。
余計に疲れるので、大人しくペースを守って走り続けようと思う。
組手の方は、基本的に俺は攻撃しない。
シャインさんから繰り出される攻撃を、延々と回避したり防いだりし続ける。
どうやら、スキル「回避防御術」の習熟を更に高めるためのようだ。
シャインさん曰く、現状で補正はかからないけど、更に上手く使えるようになっておいて損はない、だそうだ。
確かに。
ただ、攻撃に遠慮がなくなったため、何度も気絶する羽目になった。
その間、グロリアさんは軽く走って、あとは家事の方をやっている。
その上、食事のあとは回避や防御の仕方、体の動かし方を丁寧に教えてくれた。
「攻撃ばっかしてるけど、シャインさんからそういうのは教わらないなぁ……」
「アキミチにはグロリアから説明した方がわかりやすいと思ったが、私から教わりたいのか? 勘で避けろ」
なるほど。最後にモノをいうのは直感だという事か。
………………。
………………野性に目覚めろと?
無理無理。
どちらかと言えば俺は理性派だよ?
そうして特訓を始めて数日。
エルフ村の周囲を走っていると、アドルさんとラクロさんが現れ、俺を挟むようにして追走してきた。
「……何?」
「いや、ほら、元気でやっているだろうか? と」
「そうそう。エルフ村の生活はどうだね?」
アドルさんとラクロさんは、申し訳なさそうな表情をしていた。
多分、シャインさんを押し付けた罪悪感だろう。
「まぁ……ぼちぼち、かな」
そう答えると、二人は「かはっ!」と何かを吐く真似をする。
「そういえば、二人だけ? インジャオさんとウルルさんは?」
「……まぁ、それはまぁ」
「……ねぇ」
恋人には必要な二人の時間を過ごしている訳ね。
三人揃って、フッ……と大人の笑みを浮かべる。
そのまま何となく三人で走っていると、ふと思い出したので、足を止めた。
二人も俺に合わせて足を止める。
「そういえば、ラクロさんは同じエルフだからわかるけど、アドルさんたちもシャインさんと面識があるんだ」
「ん? あぁ、あるぞ。魔王軍を上大陸に押し返した時に知り合ったのだ。まぁ、その前から名だけは知っていた。凄腕のエルフが居る、とな。実際、本気のシャインは凄いぞ」
「あぁ、エルフ一は間違いないが、この世界の中でも指折りの戦士だろう」
「へぇ~………………でも、二人はそんな人を俺に押し付けたんですね」
「「うっ!」」
アドルさんとラクロさんが、俺から視線を逸らす。
「だって、ほら……なんというか、破天荒だし……」
「我が強いというか、無茶な事を平気でやろうとするし、やらせようとするし……」
「なるほど。あっ、そういえば、伝えるのを忘れていた事があるんですけど、俺が足を止めると、何故かシャインさんが現れるんですよね」
「「……え?」」
「愉快な話をしているじゃないか。ちょっと向こうで話そうか」
逃がさないように、アドルさんとラクロさんの肩をガシッと掴むシャインさん。
「違う違う! 今のは違う!」
「嵌められた! 私たちは嵌められたんだ!」
ずるずるとシャインさんに連れていかれた。
ちょっとした意趣返しのつもりだったけど………………やり過ぎない事を祈っておこう。
……サボってると判断されれば俺も連れて行かれるので、再び走り出した。
◇
こうして特訓する日々を過ごすのだが、俺は目の前の状況をどう受け入れれば良いのか困った。
それは、エルフ村に着いて翌日の朝の光景。
竜たちが奏でる軽快な音楽に合わせて、DDがダンスをしている。
最初はDDだけだった。
だが、日が経つごとに、エルフ村の男女問わず、段々と人数が増えていく。
最初は誰もが思い思いに踊っていたのだが、一日経てば見違えるように上手くなっている。
その身体能力とリズム感はどうなってんの?
この世界の標準なのだろうか?
そして、数日も経てば……一糸乱れぬ見事な集団ダンスを披露していた。
終われば、互いのダンスを称えるように拳をぶつけ合い、そのまま狩りに向かったり、水汲みに行ったりと、普段の行動へと移っている。
集団ダンスが、一日の始まりになっていた。
「いや~、普段使っていない筋肉も使うから、体に良いな」
「楽しく一日を始められますね」
「彼女に恰好良いところを見せる事が出来ました!」
エルフたちからの感想を、一部抜粋。
………………。
………………。
竜たちを引き止めるためだったとはいえ、興行大成功ではないだろうか?
でも、なんか巻き込んだようで、エルフたちに対して申し訳ない気持ちになった。
◇
それから数日後、エルフ村に兵士数人の来客があった、と教えられた。




