熱中すると時が経つのが早い
宝物庫を出て、部屋に戻る。
クルジュさんはガラナさんのところに戻ったので、部屋の中に居るのは俺とエイトたちだけだ。
とりあえず、今日のところはもう出かける予定はないので、エイトたちも自由に過ごして良いよと伝えると、早速自由に過ごし出した。
というか、エイトとツゥが部屋から出て行き、ワンだけが残る。
「えっと……二人はどこに?」
「エイトとツゥが向かったのは、ここの王さんの部屋だ」
……うん。その先は?
どういった理由で向かったのかを教えてもらわないと、不安なんだけど。
「エイトは、ここの王さんに紅茶を教えに」
あぁ、なんかそんな話もあったような、なかったような?
でも、今のガラナさんにそんな暇はあるのか疑問。
それだと、ただ単に邪魔しに行っただけになるんだけど?
「駄目だったら自分の練習をするだけだって言ってたぜ」
……まぁ、それなら別に良いか。
思い返してみれば、エイトはいつの間にか鍵開け技術も習っていたし、エイトだけじゃなく、ワンとツゥもダンスと歌が出来ていたし……時折こうして自由行動していたんだろう。
………………迷惑をかけていない事を切に願う。
いや、DDや魔族の国の宰相さん相手なら、いくらでも迷惑かけて良いけど。
「それでツゥは?」
「ツゥは決まってんだろ。読書だ」
ですよね。そんな気はしていたよ。
それならまぁ……何も変な事は起こらない……よね?
大切なのは、大丈夫だと相手を信じる心。
………………。
………………。
よし、大丈夫。
でもなぁ、ひょっとしたらって事も起こるかもしれない。
たとえば、こう……エイトが練習で淹れたのを、ツゥやガラナさんに飲ませようとして躓き、零した場所がツゥのが読んでいる本の上だったり、ガラナさんの頭の上だったり、とか。
………………いや、それはないな。
エイトにドジっ子属性はない。
「それじゃ、ワンは?」
「主の護衛だ! それに、主は誰か一緒に居ないとな!」
そうですね。
納得すると、ワンは筋トレを始めた。
……その姿を見て思う。
あれ? 神造生命体って、鍛えて成長するんだろうか?
筋肉出来るの?
もし出来るのなら、どれだけ高性能なんだよって言いたい。
でも……エイトたちを造ったのが、俺が思っている通りの神様たちなら……妥協は一切しなさそうだ。
採算度外視のワンオフでしか造らなさそう。
だからきっと、ワンの筋トレも意味がある……はず。
そう思う事にした。
それに今は、別の事が気にかかって仕方ない。
セミナスさん。
⦅はい。なんでしょうか?⦆
宝物庫で手に入れたこの小さな白い小箱は一体なんなの?
⦅開けてみればわかります⦆
という事らしいので、開けて……開けて……開かないっ!
え? 何これ? なんで開かないの?
錠前もないし、鍵穴もないのに。
……ん? なんでそういう造りが一つもないのに閉まってんの?
⦅簡単に言えば、仕掛け箱ですので⦆
仕掛け箱って、確か……底をずらしたりとか、正規の手順を踏んでいかないと開かない箱だっけ?
⦅はい。その通りです⦆
なるほど。
……壊したりは?
⦅強力な状態保存魔法がかけられていますので、難しいでしょう。また、その魔法を力ずくで打ち破るような衝撃を加えれば、中身が耐え切れずに壊れます⦆
なら、正規の手順で開けるしかない訳か。
………………。
………………。
⦅………………⦆
あれ? セミナスさん?
⦅はい。なんでしょうか?⦆
いやいや、こういう場合、いつもセミナスさんがササッと教えてくれるんじゃ?
⦅それでも構わないのですが、その場合……マスターが暇を持て余すと思うのですが?⦆
……言われてみればそうかもしれない。
偶には、仕掛け箱をカチャカチャいじりながら、のんびりと過ごしてもバチは当たらないはず。
エイトたちも自由に過ごしているしね。
だがしかぁし! セミナスさん……俺を侮ってもらっては困る。
こういうの得意なんだよね。
パパッと開けてみせる!
………………。
………………。
駄目だった。
考えてみれば、セミナスさんが時間潰しとして、仕掛け箱を開けさせようとしたのだ。
俺が直ぐに開けられないとわかっていたという事になる。
だがしかぁし! 思い返せば、俺はこれまで何度もセミナスさんの「未来予測」を覆した男。
今回も覆してみせる!
―――
「開いたっ!」
試行錯誤の末、俺は白い小箱を開ける事が出来た。
まさかあそこをずらして、更に捻りまで加えないといけなかったとは。
でも、俺は開けた! セミナスさんの予測を覆したんだ!
「漸く開いたのですね、ご主人様」
「うん、そう」
「それで、中には何が入っているのでしょうか?」
「さぁ? それは今から確認を………………ちょっと待って」
視線を白い小箱から周囲に向ける。
エイトと目が合った。ツゥも居る。
「……いつの間に?」
「この部屋に戻って来た時の事を言っているのなら、随分前ですが? もう陽も落ちていますし」
エイトがそう言って窓を指し示す。
視線を向ければ、不思議と真っ暗だった。
「………………そろそろ晩御飯?」
「いえ、通常ではもう終わっていますので、あちらにご用意しています」
テーブルの上には美味しそうなご飯があった。冷めているっぽいけど。
いや、別に冷たいご飯は嫌いじゃない。
そういうのを食べたい時だってある。
温かいご飯には温かいご飯の、冷たいご飯には冷たいご飯の、それぞれ違う良さがあるのだ。
いや、そうじゃなくて。
まさか、開けるまでこんなに時間がかかっていたとは……。
さすがはセミナスさん。
そうそう覆す事は出来ないようだ。
⦅当然です⦆
ちょっと自慢気な感じだ。
負けました……と素直に降参。
⦅マスターが私の予測を覆す時は、大抵意図していない時ですので、こうなる結果は見えていました⦆
意識しては無理って事か。残念。
折角用意してくれたし、晩御飯を食べたいところだが、その前にまずはエイトに確認。
「エイト。一つ聞きたいけど、何も問題は起こしていないよね? たとえば、練習で淹れた紅茶を落としちゃいけないところに落としちゃったとか?」
「……なるほど。ご主人様がエイトに何を求めているのかわかりました。ドジっ子属性を身に付けろという事ですね?」
「いいえ、違います。振りじゃなくて、本当に違います」
念入りに否定しておいた。
この様子なら、どうやら大丈夫だったようだ。
あとは、小箱の中身である。
小箱の中にあったのは……キラキラと輝く宝飾が施された鍵だった。




