野暮用で納得してくれない人だって居る
エイトたちを軍事国ネス軍の応援に向かわせたあと、戦場に向かって森の中を進んでいると、突然声をかけられた。
優しそうな笑みを浮かべる、緑色の髪の男性に。
「まさかこんなところで人と出会うとは思わなかったな」
「は、はぁ」
⦅……ス……⦆
陽気な感じで話しかけられたけど……なんだろう。
ちょっと怖いというか、怪しい感じがする。
……いや、こんな森の中で突然出会った訳だし、知り合いじゃない以上、怪しさ100%か。
盗賊か? ……でも、そんな風貌じゃない。
でも、そう見せかけて実は……みたいな、そういうタイプの盗賊の可能性もあるから、違うと決めつけるのは早計か。
セミナスさん。どう思う?
というか、こんなところで人と会うなんて聞いていないんだけど?
………………。
………………。
セミナスさん?
「それで、一つ確認なんだけど、キミはこんなところで何をしていたのかな?」
「何って……野暮用?」
⦅マ……ター……げて⦆
さすがに、大魔王軍の伏兵をやっつけていたとは言えない。
初対面の人に話すような内容じゃないし、無理に怖がらせる事もないだろう。
うんうん。
ところで、セミナスさん?
………………おーい!
………………駄目だ。反応がない。
というよりは、さっきから接触が悪いというか、電波が中々入らない電話のような感じ。
一体どうしたんだろう?
「今のは質問の仕方が悪かったね。だから、言い方を変えるよ」
「は、はぁ」
それに、この緑髪の人はいつまでここに居るの?
というか、何か知りたい事でもあるのんだろうか?
セミナスさんはともかく、俺が知っているとは思えないんだけど。
「ここに居たはずの、僕たち……大魔王軍の伏兵たちに何かした?」
ゾワッと全身の毛が逆立つ感じがした。
緑髪の人の笑みは変わらない。
でもさっきよりも怖く見える。
それと、失敗した。
今の俺は、明らかに反応している。
「……何か知っているようだね。なら、それを教えてくれないかな? 僕が知りたいのは一つ。ここに攻め込む前から単独で向かわせていた伏兵たちなんだ。だから、普通は気付く訳がない。なのに……どうやって気付いたのかな?」
⦅マスター! しゃがんで下さい!⦆
意図した訳ではなく無意識。
セミナスさんの指示という条件反射でしゃがむと、俺の頭部があったところに、人の腕があった。
誰の? 緑髪の人の。
今の一瞬で!
「あれ? 絶対反応出来ないと思ったのに、避けられた?」
捕まえようとしたのか、殺そうとしたのかはわからない。
でも、一つだけ確かな事がある。
このままここに居るのはヤバい!
⦅その通りです。今直ぐ逃げて下さい! HURRY UP! NOW!⦆
英語の部分に、セミナスさんの焦りを感じる。
なので、しゃがんだまま後方に跳び、そのまま後方一回転しつつ立ち上がって、踵を返してダッシュ。
木々の間を縫うように走る。
いやいや、ヤバい! なんかヤバい!
何、あいつ?
⦅そのまま走りつつ、戦場に向かって下さい⦆
了解。方向は合っているよね?
⦅問題ありません。それと、マスターのスタミナは完全に回復しきっていませんが、決して足をとめないように。お願いします⦆
それはもう!
ところで、あいつはなんなの? これもセミナスさんの予定? なんか接触が悪かったけど大丈夫なの?
⦅そう捲し立てなくてもお教えします。まず、これは私の中での予定にはなかった出来事です。だからこそ、ここまでの接近を許してしまいました⦆
でしょうね!
もし予定にあったら、もっと前に警告していただろうし!
⦅また、今は力を振り絞っていますのでなんとかマスターと会話が出来ていますが、あの者の前ではかなり力が削がれてしまいます。ですので、当初はマスターの言う接触の悪い状況でした⦆
……待って。もの凄く嫌な予感がする。
そもそも、この世界の中で、セミナスさんの力を阻害出来るのって、今のところは大魔王や魔王が張った結界だけだ。
それが人物に対して起こるって事は……もしかして……。
⦅はい。私の中にあるデータで該当するのは一人だけ。あれは魔王の一人です⦆
………………。
………………。
魔王かぁ……いや、そうかな? と思っていたけど、これほど当たっていて嬉しくない事はないと思う。
いや、大魔王ではなく、ただの魔王ってところは喜ぶべきかな?
俺レベルだと、どっちにしても変わらないけど。
ちょっと待って!
緑髪の魔王って、確か。
⦅はい。骸骨騎士を骸骨騎士にした魔王です⦆
生前のインジャオさんを燃やしたヤツね!
いや、今もインジャオさんは生きているけど!
……そんなの相手に、どうすれば良いの!
⦅今は平原の戦場に辿り着く事を優先して下さい。時間的にはそろそろのはずですので。辿り着くまでの指示を出し続けますので、聞き逃さないようにお願いします⦆
アイアイサー!
⦅では全力ジャンプ⦆
ジャンプ!
すると、足元を何かが通り過ぎ……前方にある木々を破壊しながら見なくなった。
倒れた木々の衝撃と土煙が激しい。
この土煙の中に紛れて逃げれば?
⦅その程度は歯牙にもかけないでしょう。寧ろ、マスターにとっては前方と足元が見えにくくなりますので注意して下さい⦆
……はい。
それが狙いだったのか!
⦅いえ、今のはただの魔力弾を放っただけですので、牽制の意味合いが強いかと。もしくは、マスターの足を吹っ飛ばして、逃げられないようにするためか⦆
恐ろしい……さすがは魔王。
「さっきといい、随分と避けるのが上手いね! まるで、後ろだけじゃなくて、色んなところに目が付いているかのようだ!」
魔王の声が後方から聞こえる。
……というか、多分だけど、俺……遊ばれてない?
だって、付かず離れずの一定の距離を保っているし。
⦅そうですね。狩りでも行っているつもりなのでしょう⦆
獲物は俺か!
……実際、そうなんだろうけど。
「そんなに急いで逃げなくても良いじゃない。それに、この感覚……もしかしたらキミなら……もっと色々話そうよ。なんか興味が出てきちゃった」
「いえ、結構です!」
「だって、どう考えてもキミじゃあ、あの数を倒すのは無理でしょ?」
「何を! そんなの、やってみないとわからないじゃないか!」
……まぁ、セミナスさんの協力があれば、だけど。
「あの数で通じるって事は、やっぱり遭遇した訳だ。最初はとぼけたのに」
「………………」
「………………」
し、しまったぁ!
くっ。なんて高度な誘導尋問テクニック!
さすがは魔王か。
⦅マスター。もう少しで森を抜けますので、ファイト!⦆
サラッと流さないで!
なんか余計に恥ずかしくなるから!
でも、希望はもらった。
森を抜ければどうにかなる……はず。
セミナスさんが時間的にそろそろって言っていたし、何より、戦場にはエイトたちが居る。
「そっちに行くと森を出て、戦場だけど? 誰かに助けを求めるのかな? それはそれで面白そうだけど……一つ言っておくよ。僕はね、余計なのはプチッと潰す主義だから、迂闊に協力は求めない方が良いよ」
怖いわっ!
足をとめる事なく走り続け、とうとう森を抜ける。




