別章 軍事国ネス軍 対 大魔王軍 3
戦況は大魔王軍に傾き、軍事国ネス軍は劣勢に追い込まれていく。
軍事国ネス軍の象徴でもあるガラナが攻撃魔法を放ち、カリーナが騎士や兵士を癒してはいるものの、全体の大きな流れはそう簡単には変わらない。
それがわかっているからこそ、急遽参戦した神々も状況を覆そうと奮闘する。
「……」
弓の女神はただ黙々と矢を射り続ける。
ただ、それは後方からではなく、前に出て近距離で、だ。
見事な体捌きで魔物の攻撃をかわしながら射る姿は、まるで踊っているかのようだ。
この時、その姿を見た軍事国ネス軍は正に戦女神だと心を奪われ、のちに「弓女神会」という一部の熱狂的信者が生まれたとか――。
「あはははははっ! 血! 血! 血の雨を降らさせなさい!」
動き出した刀の女神の行動は、ぶれない。
ただ己の欲求を満たすためだけの行動ではあるが、大魔王軍にとっては確かな脅威だった。
刀の女神の近くに軍事国ネス軍が居ないのは……巻き添えを食らわないためである。
「ヤバいね……そろそろ本当にスタミナが切れそうだ……」
「久し振り過ぎてハリキリ過ぎるからだ! もちっと配分を考えて動け!」
「……次からそうする」
スタミナ切れでバテバテではあるが、槍の神の槍術は冴えている。
そこら辺はやはり神だからだろうが、そろそろ槍を杖代わりにして休憩しそうだと、フォローに回っている鍛冶の神は思っていた。
ただ、鍛冶の神も足りない戦闘能力を補うための重装備であるため、そう長くは持たないために、槍の神を連れて一旦下がるべきかと考えている。
「はははははっ! そのような攻撃! この屈強に育てられた筋肉の前では無意味だ!」
身体の神も、ぶれない。
その鍛え抜かれた肉体を使って、大魔王軍を倒していく。
主に圧殺で。
また、そんな身体の神の陰で、商売の神も頑張っていた。
「これで惑わされると良い!」
商売の神が大魔王軍の前に金貨をばら撒く。
注意をそちらに向けるためだが、大魔王軍は反応しない。首を傾げるだけ。
寧ろ、軍事国ネス軍の方がそわそわしていた。
なんの足止めにもなっていないため、大魔王軍は商売の神に襲いかかる。
「ひっ!」
「危ない! 『ここより先に進む事能わず 触れる事叶わず 万物を排して拒絶する』」
武技の神が、商売の神の前に出る。
「『武技・隔絶した守護領域』」
パキィン! と割れるような音と共に、大魔王軍の攻撃が全て防がれる。
「おぉ! 助かったぞ! 武技の神!」
「うん。でも……僕体力ないから一回しか使えないんだよね」
「そうだった! 一時撤退!」
そう言って倒れそうになる武技の神を抱き抱えて、商売の神は後方に下がる。
神たちは頑張っていた。
当然、軍事国ネス軍も。
しかし、ジリ貧なのは、ただ全滅までの時間を稼いでいるだけでしかないのは、誰しもがわかっていた。
いつ瓦解してもおかしくない状況が続いた時、一筋の光明が降り注ぐ。
「『魔力を糧に 我願うは 無慈悲に振り下ろされる槌 土石群』」
森から飛び出したエイトが、平原の戦場に向けて駆け出しながら魔法を発動。
地面の数か所に魔法陣が出現し、その地が抉れ、土や石で構成された塊がいくつも生み出される。
エイトが腕を振り下ろすと、大魔王軍に向けて射出された。
そこに、同じく森から現れたワンの援護が加わる。
「『魔力を糧に 我願うは 心を燃え上がらせるモノ 纏火』」
前方に突き出されたワンの手の前に魔法陣が出現。
魔法陣からいくつもの火の玉が飛び出し、エイトの魔法で作り出された土塊に纏う。
燃える土塊は大魔王軍だけを正確に狙い、魔物の体に穴を空けたり、魔物を燃やし尽くしたりと大打撃を与える。
森からはもう一人、ツゥが現れた。
「『魔力を糧に 我願うは 降り注ぐ癒しの恵み 治雨』」
軍事国ネス軍側の頭上から雨が降り始める。
ただし、これが普通の雨ではない事は直ぐにわかった。
何しろ、雨にあたるだけで傷が癒えていくのである。
追い込まれつつあった軍事国ネス軍にとって、突如現れて大魔王軍に打撃を与え、自分たちの傷を癒やしてくれたエイトたちの姿は美しく映る。
それこそ、戦乙女、女神のように。
軍事国ネス軍からの熱い視線を感じたエイトとワンの行動は速かった。
一通り魔法を放ったあと、戦場より少しだけ高くなっている場所でポーズを取る。
「ご主人様のメイドであり、愛人! エイト!」
「主の剣であり、拳! ワン!」
ポーズを取ったままのエイトとワンの視線が、ツゥに向けられる。
「えっと、私もですか?」
こくこくと頷くエイトとワン。
仕方ないと息を吐き、ツゥも二人に合わせたポーズを取る。
仲の良い姉妹なのだ。
「アキミチ様の……お手伝い? ツゥ!」
なんとも締まらないが、これで終わりではない。
このような状況を黙って見過ごさない存在が居るのだ。
エイトたちと並ぶようにして、何かが飛び込んでくる。
「結構疲れているけど、決め時は逃せない! 槍の神!」
「漲る筋肉! 滾る筋肉! 猛る筋肉! 身体の神!」
「いくつか血の雨を降らせて、結構満足しています! 刀の女神!」
名乗ったように、槍の神、身体の神、刀の女神が、エイトたちに合わせたポーズを取る。
位置取りも事前に入念な打ち合わせをしたかのように完璧。
なお、この戦場に他の神は参加していない。
体力の限界が近いのだ。
「全員揃って……」
エイトの声に合わせて、全員がポーズを変えていく。
「「「「「「ここぞとばかりに結成! 対大魔王軍隊! ホムンゴッドクルス!」」」」」」
ババーン! と宣言。
『………………』
軍事国ネス軍、大魔王軍共に、場の空気がとまる。
いや、シュラは目を輝かせて拍手していた。
シュラだけなので、乾いた音が周囲に響く。
ツゥが参加して、ここに明道が居ない以上、誰も突っ込まないのだから仕方ない。
そもそも、神が参加している以上、おいそれと突っ込むような真似が出来ないのだ。
ガラナたちがここから離れた位置に居るのも影響しているのかもしれない。
「大魔王軍は、殲滅です」
決め台詞のような言い方でエイトがそう言うと同時に、大魔王軍に襲いかかる。
ワン、ツゥ、槍の神、身体の神、刀の女神も同じように。
神々は疲れが出始めていたのでそれほどだが、エイトたちはその力を存分に振るい、大魔王軍の数を減らしていく。
セミナスが明道に告げたように、エイトたちの真骨頂は対軍隊である。
戦場に大魔王軍が多ければ多いほど、その力を発揮するのだ。
特に超広範囲魔法の力が大きいだろう。
次々と魔物を倒すエイトたちによって、大魔王軍内に戦慄が走る。
だが、そう簡単に決しないからこそ、戦争は続いているのだ。
本来なら、エイトたちの勢いに乗って、軍事国ネス軍も反撃に出る場面である。
しかし、実情は既に限界が近かった。
負傷者はツゥの魔法である程度回復はしたが、それは傷だけ。
体力までは回復していない。
スタミナが尽きかけている者たちが多く、まともに戦える者が少ないのだ。
また、そのまともに戦える者たちは神々と協力して、スタミナが切れてまともに動けない者たちを庇いながら戦っているため、反撃に出られるような余力は一切ない。
ここでもまた、完璧なはずのセミナスの「未来予測」の齟齬が出来ていた。
セミナスの中では軍事国ネス軍はもう少しもっていて、エイトたちの超広範囲魔法によって反撃の糸口を掴み、少なくとも五分五分まで盛り返しているはずだったのだ。
しかし、そうはならず、全体で見れば、盛り返せたのは多少でしかない。
何より、そうなった最大の理由は、魔法で暴威を振るうはずだったエイトたちが、早々に抑えられた事だ。
エイトたちを抑えたのは、緑色の髪の男性の傍で従者のように控えていた魔物たち。
エイトの前に、リッチと呼ばれる不死の魔物が立ち塞がる。
「先ほどの魔法は見事であった」
「魔物に褒められても嬉しくありません」
「中々の魔力を持っているようだし、ここで命を散らすのはおしいの。どうじゃ? ワシの実験体にならんか?」
「ご遠慮します。エイトの全てはご主人様のモノですので」
返事と共に、エイトが魔法で作り出した土塊をリッチに向けていくつも放つ。
リッチは自身の前に魔力で構成された障壁を展開。
迫る土塊を全て防ぐ。
「ホホホ。活きが良いの。良い実験が出来そうだ」
エイトとリッチの魔法合戦が繰り広げられる。
ワンの前に立ち塞がったのは、ゴーレムだった。
正し、普通のゴーレムではなく、ミスリルゴーレムである。
「おらあっ!」
「ガ、ギ」
ミスリルゴーレムが炎を纏ったワンの拳を受けとめるが、傷一つ付いていない。
物理防御だけではなく、魔法防御も高いようだ。
「かてぇな、こいつ」
「ゴ、ガ」
反撃とばかりにミスリルゴーレムが何度も拳を振るう。
ワンはその全てを避けてカウンターを叩き込むが、ダメージらしいダメージは見えない。
ワンとミスリルゴーレムの格闘合戦が始まる。
ツゥの前に立ち塞がったのは、背中から翼の生えたライオンだった。
「多少は出来るようだが、それが思い上がりだという事を教えてやろう」
「喋る猫ですか。高く売れそうですね」
ツゥが魔法で出来た水弾をいくつか放つが、ライオンは同数の火弾を放って相殺。
「魔法まで使えるとは」
「我が身に宿る魔力量は、人の身では持ちえないほど豊富だ。貴様の魔力が切れた時が終わりの時」
「ますます高く売れそうですね」
「その軽口がいつまでもつか、楽しみだ」
ツゥが魔法を放ち、ライオンが相殺するというやり合いが続く。
他とは存在感が違う魔物は、シュラの前にも現れた。
シュラと同じく棍棒を持った、頭から二本の角が生えた鬼の魔物。
「相手してもらおうか、娘」
「娘? 私の事か! 私はもう大人だぞ!」
「……そういう事じゃねぇんだが、まぁいい。そう簡単にやられるなよ? それだとつまらんからな!」
鬼の魔物が振るう棍棒を、シュラが棍棒で受け止める。
「なるほど。そこらの魔物とは違うという事か」
「いいぜ! もっと耐えて、俺を楽しませろ!」
シュラと鬼の魔物が棍棒を振るい続けてぶつけ合う。




