未来は流動的で、いつだって変化する
執務室の中には、ガラナさんだけではなく、カリーナさんとシュラさん、クルジュさんの姿もあった。
どうやら、説教は終わったようだ。
と思っていると、カリーナさんとシュラさんが俺たちの前に来て、頭を下げる。
「皆様を置いていった事、本当に申し訳ありませんでした」
「悪かった。すまない」
いや、そんな別に気にしなくても、と思ったけど、二人を見るクルジュさんの目が怖い。
説教はまだ終わっていないのだろうか?
こういう時どうすれば、とオロオロしていると、クルジュさんと目が合う。
その目は、お望みならお説教をもう少し追加しておきますか? と訴えかけてくる。
どうやら、俺が許さない限り、二人への説教は終わらないみたい。
俺としてはもう説教しなくても良いんだけど、こういう場合の対処方法がわからない。
⦅マスターが構わないのなら、謝罪を受け入れる、と言えば終わります⦆
ありがとう、セミナスさん。
そのまんま伝えると、カリーナさんとシュラさんはホッと安堵の息を吐き、クルジュさんの目から怖さが消える。
俺もホッと安堵の息を吐いた。
そんな様子を苦笑気味に見ていたガラナさん。
執務机で仕事中のようだったが、裏ギルドの連中を捕まえて、ついでに金庫も開けてきた事を伝える。
「あぁ、報告は届いている。裏ギルドの脅威だけではなく、これで金銭面も大いに助かると、宰相が喜んでいた」
そうだよね。この国にも居るよね、宰相。
ラメゼリア王国の時があるからそう思うけど、この国の宰相は大丈夫なの?
⦅問題ありません。そこの女王との関係は良好です⦆
それなら大丈夫かな。
「それに、アキミチが味方に引き入れた者たちからの報告も、続々と届いている。これまでの色々な悪事の証拠付きでな」
ガラナさんの視線が、執務机の上に置かれている書類の束に向けられる。
もう報告が来ているの?
さすがは超一流の腕を持つ人たちだ。
「これで、王城内の憂いもなくなり、関係ある裏ギルドも絶った。残るは一部の貴族たちだ」
その通りだと頷く。
でもまぁ、もう終わりだろう。
悪事の証拠も入ってきているだけじゃなく、捕まえた裏ギルドの連中からも証言を得られるだろうし。
「……たった一日でここまで。本当に凄かったのですね」
「正に、この国にとっての救世主だな」
カリーナさんとシュラさんから、そんな呟きが聞こえる。
いやいや、実際に凄いのはセミナスさんであって、俺は実行しているだけに過ぎない。
そこは真実だし、譲れない部分である。
俺が有頂天にならないのも、そうだとわかっているからこそだ。
それに、まだ片付いていない。
終わりは見えているけど、一部の貴族たちはまだ存続しているのだ。
そこをどうにかして、漸く終わりである。
……あっ、それと。
「紙とペン借りられます?」
「どうした?」
「セミナスさんから聞いた、排除した貴族たちの代わりを勤められる人の名前を書いておこうかと」
「すまない。助かる」
ガラナさんから紙とペンを借り、ソファーに座って書いていく。
………………。
………………。
「あの、ジッと見られると書きづらいんですけど?」
書いている内容が気になるのか、カリーナさんがジッと見ていた。
「すみません。ですが、この国に大きく関わる事ですので、気になってしまって」
気持ちはわかる。
「それでお伺いしたいのですが、この人選で本当に大丈夫なのでしょうか? その……」
カリーナさんの言いたい事はわかる。
セミナスさんによって選抜された人たちは、言ってしまえば実績がないのである。
だからこそ、その人たちを起用するのに不安なんだろう。
けれど、セミナスさんが言うには、やらせれば出来るそうだ。
しかも、前任者以上に。
でも、こういうのは口で説明しても納得するかどうかは別だと思う。
「不安になるのはわかります。でも、ここまでの結果を出した訳ですし、これに関しても信じてくれませんか? きっと上手くいきますよ。もし駄目だったなら他の人に代えてくれても構いませんので」
カリーナさんだけではなく、ガラナさんに向けても言う。
もちろんそのつもりだ、とガラナさんから頷きが返された。
そういう事ならと、カリーナさんも納得したようである。
じゃ、続きを書いて………………よし、書けた。
書き上げた紙をガラナさんに渡すと同時に、室内にノック音が響く。
ガラナさんが許可を出し、中に入って来たのは、味方となったスパイ、高齢の執事さん。
「途中経過ですが、ご報告に参りました」
ガラナさんが先を促す。
「順調に証拠を確保していますが、どうやら裏ギルドの者共が捕縛された事を知り、王都から逃げ出す者たちが居ます」
「自らの領地に逃げたか」
「いえ、それがどうも違うようで」
「というと?」
高齢の執事さんが言いにくそうに言う。
「それが……何故か全員、ルクイン砦に向かっているのです」
「ルクイン砦に?」
ガラナさんが口元に手を当てて考え込む。
いまいち要領が得ないので、クルジュさんに尋ねる。
「すみません。ルクイン砦ってなんですか?」
「ルクイン砦は、この王都の北にあるルクイン地方に建設された砦であり、現在は上大陸に攻め入るための要の場所でもあります」
「つまり、最前線って事ですか?」
「はい。その認識で合っています」
なるほど。
と、納得していると、カリーナさんが俺をジッと見ていた。
「……えっと、何か?」
「どうしてそこでクルジュに聞くのですか? 私でも答えられましたよ」
信用度の違いかな?
苦笑を浮かべていると、ガラナさんの呟きが聞こえる。
「そういえば……最近、ルクイン砦に配属された騎士と兵士の多くは、逃げ出した者たちが手配していたな。という事は」
「状況的に逆転するのは不可能ですから、王都に攻め入り、力で従わせる施策に切り替えたのでしょう」
クルジュさんがそう言葉を繋ぐ。
ガラナさんも同意するように頷いた。
ああいうところです、とカリーナさんを見ながらクルジュさんを指し示す。
「………………」
腕を組み、ぶすっとするカリーナさん。
それにしても、なんか王都に攻め入るみたいだけど、これも予定通りなの? セミナスさん。
⦅はい。ですが、不安になる必要は一切ありません。そもそも王都の現有戦力の方が、その力も数も勝っていますので⦆
だからだろうか、ガラナさんとクルジュさんだけではなく、この場に居る誰も不安そうな表情ではない。
エイトたちに至っては、普通に読書タイムだ。
だから勝手に読むな、と言いたい。
……とりあえず、何を読んでいるのか確認しようとした時、再びノック音が響く。
高齢の執事さんと違い、こちらは激しい音だ。
「緊急! 緊急!」
切羽詰まった声が聞こえ、許可と同時に勢いよく扉が開かれる。
入って来たのは騎士。
騎士は入って直ぐ敬礼し、ガラナさんに向けて告げる。
「ルクイン地方、砦の方から黒い煙と赤い煙が同時に立ち昇りました!」
ガタンッ! とガラナさんが椅子を倒しながら立ち上がる。
室内が一気に緊迫とした雰囲気に。
えっと……どういう事?
⦅マスター……私の力が一時的に阻害され、未来が変わりました⦆
え?
⦅大魔王軍が侵攻してきます⦆
……え?




