使う前に、まずは一言言うように
半開きの壁の先は、これまた同じく執務室のような部屋だった。
ただ、豪華さがまるで違う。
屋敷の方が一流であったなら、こちらは超一流って感じ。
置かれている物が全体的にワンランク上のように見えるし、そもそも敷地面積も違う。
こっちの方が広い。
ゴロゴロ回れそうなくらいだ。
……いや、実際にゴロゴロ回ったりはしないけど。
もしゴロゴロ回って、どこかにぶつけて物を壊した場合、お支払い金額が怖そうだ。
なのでそんな事はしないが、気掛かりな事が一つ。
カリーナさんとシュラさんが居ない。
クルジュさんは行方を知っていそうなので尋ねる。
「あの、二人はどこに?」
「この時間ですと……ふむ。ガラナ様が謁見中でしょうから、その様子を裏から窺っているのでしょう。ですので、どうされますか?」
「どうされるか、とは?」
「もう少しお待ち頂ければ、このガラナ様の執務室にお戻りになられると思いますが? それとも、謁見の間の裏まで向かわれますか?」
クルジュさんからの問いを考える。
セミナスさんは……。
⦅やはり、私としては望むままにあげたいですが、それだと金銭感覚が狂ってしまいます。ですので、ここは心を鬼にしてマスターはお小遣い制にして、足りないというのであれば、その分の愛を示してもらうようにしましょう⦆
まだ考え事の最中のようだ。
お小遣いは余程理不尽な金額でない限り、多分やりくり出来ると思う。
……いざそうなった時は、出来なかったという結果になるかもしれないけど。
いや、そんなまだ来ていない未来の話じゃなくて、今考えないといけないのはこれからの行動だ。
正直言って、ここで待つか、それとも謁見の間の裏に行くかは、どちらでも良いような気がする。
謁見の間の裏にも、クルジュさんなら上手く誘導してくれると思うし。
でも、俺が選んでも良いのなら、ここで待つ方を選ぶ。
今この状況で大切なのは、俺たちが居るのを邪魔者たちにバレないようにする事だ。
なら、バレないように、あまり動かない方が良いだろう。
カリーナさんとシュラさんは……きっと大丈夫だと信じたい。
俺たちを置いて突っ走ったけど、バレるような真似はしないはず。
それくらいの分別はあるはずだ。
それに、待っていれば良いだけなのは助かる。
何しろ、休憩なしの階段一気上りで、太ももパンパンだから。
……この場に居る人たちの中で、俺以外が普通なのが悔しい。
「ここで待ちます」
もっと鍛えないと、と思いつつ答える。
クルジュさんは、わかりましたと頷く。
「かしこまりました。では、戻ってくるのをお待ちしましょうか。どうぞ、ソファーにでも腰を下ろして、お休み下さい」
「あれ? クルジュさんも一緒に待つんですか?」
「当然です。ここはこの国の女王であるガラナ様の執務室。その執務室に皆様だけを残して動く事は出来ません」
確かに、これは相手を信じているかどうかではなくて、この部屋の主が居ない状態で残す訳にはいかないという、基本的な防犯の意味だろう。
クルジュさんとはついさっき出会ったばかりだしね。
そう納得していると、エイトが紅茶を差し出してくる。
「ご主人様、どうぞ」
「ありがとう」
一口飲む。美味い。
エイトの腕が日に日に上がっているような気がする………………じゃなくて!
え? あれ?
アイテム袋は俺が持っているし、どうやって淹れたの、これ?
しかも、なんかこれまでにない高級感があるし、このカップも見た事ないんだけど?
「……これ、どこで用意したの?」
「どこからと問われれば、あちらからですが?」
エイトが指し示した先にあったのは、様々な器具とラベルが貼られている入れ物が、数多く並べられているところだった。
なんというか、本格的って印象。
「って、違う。まずは使う前に聞かないといけないでしょ?」
「器具と茶葉が使って下さいと訴えていましたので」
「モノの声が聞こえる的な?」
一体いつの間にそんな能力を。
本当に? と思っていると、クルジュさんが説明してくれる。
「あぁ、あちらはガラナ様が政務の息抜きにと、紅茶を自ら淹れて飲んでいる内にのめり込んでいった結果の場所ですな。ご趣味と言っても良いでしょう。別に使用しても構いませんよ。私も時折使用していますし」
へぇ~、そんな趣味が……って、そこを勝手に使ったの?
クルジュさんは良いって言っているけど、さすがにまずいんじゃないだろうか?
「問題ありません。もしもの時はエイトの腕で黙らせます」
えっと、紅茶の美味しさ的な意味で言っているんだよね?
物理的に、じゃないよね?
「ふむ。私も一杯よろしいですか?」
「かしこまりました」
エイトが新しい紅茶を淹れ、クルジュさんが香りを確認してから一口飲む。
「ふむ。ガラナ様より上ですな。これだけの腕があるのなら問題ないでしょう」
「ありがとうございます」
クルジュさんのお褒めの言葉に、エイトが一礼を返す。
「ガラナ様もお飲みになれば、お喜び頂けるでしょう。淹れ方を教えて欲しいと言うかもしれませんな。その時は、ご教授して頂けますかな?」
「……」
エイトは答えずに俺を見る。
クルジュさんも俺を見ている。
……ん? もしかして、俺が決める感じ?
ワンとツゥを見てみても、そんな感じで俺を見ていた。
「……まぁ、別に良いんじゃない?」
秘匿するような技術の類じゃないだろうし、それで仲良くなれるなら、寧ろ良い事だと思うし。
「かしこまりました。エイトが師匠として君臨し、女王を良いように操って、この国を裏から支配する。それがご主人様の狙いですね?」
「ううん。違うよ」
「さすが主だ。あたいはてっきり、普通に教えて仲良くなるだけかと思っていたぞ」
「うん。それが正解」
「となると、他の主要な者たちも牛耳る必要がありますね。弱みを見つけておきます」
「話に乗っからないで。あと怖い」
「この国の乗っ取りとは。これは剛毅ですな」
「いや、だから違うって」
否定しているんだから、話を広げないように。
まぁ、クルジュさんは楽しそうに笑みを浮かべているので、冗談だとわかってくれているのが救いだ。
問題なのは、エイトが本気か冗談かわからない点である。
多分、俺がやれと言ったら、本当にそうしそうなんだよね。
……ワンとツゥもかな?
とりあえず、そういう事は絶対やらないようにと念押し。
折角の機会なのに、とか言わない。
ワイワイギャーギャー騒いでいると、クルジュさんが一言。
「良いメイド……いえ、良い仲間をお持ちですな」
ちょっと待って。
いや、良い仲間の部分は否定しないけど、良いメイドの部分にはちょっと引っかかる。
エイトは自信満々に、えへんと胸を張っているけど。
ただ、何かを言う前に、この執務室の扉が大きく開かれる。
「全く! あいつらは何を考えている! 国が、世界が一丸となって動かなければならない時に邪魔をするなど! 大魔王軍の力を理解していないのか!」
憤慨しながら入って来たのは、赤い長髪をたなびかせる美しい女性。
目尻が上がった凛々しい顔立ちに、起伏は少ないが、白い軽装に剣を提げ、ヒール靴と豪華なマントが似合っている。
なんとなくカリーナさんと顔立ちが似ているから、あの人がこの国の女王であるガラナ様かな?




