たったそれだけなのに、気持ち良い事はある
まずは俺が結界から出ますから、と鍛冶の神様、職人モグラ、刀の女神様に伝える。
神様たちは問題ない。
武技の神様が、快く出迎えてくれるだろう。
鍛冶の神様と刀の女神様が快く受けるかはわからないけど。
問題なのは、職人モグラである。
説明もなしに連れて行くと、いきなり討伐しそうで怖い。
なので、まずは大丈夫な事を伝えないといけないのだ。
さてどう説明したものか……と考えながら出ると、エイトが出迎える。
「お疲れ様です。ご主人様」
「うん。ありがとう」
熱いおしぼりを受け取って、顔を拭く。
ふぃ~……気持ち良い。
なんでこう、ただ熱いだけのタオルなのに、こんなに気持ち良いんだろうか。
不思議……いや、その前に別の不思議な事がある。
「バッチリなタイミングだった事は認める」
「ありがとうございます」
「でも、どうして今出てくる事がわかったの?」
「こう……なんと言いましょうか……勘、でしょうか。天啓と言い換えても良いでしょう」
「何を? 何が?」
「結界内なら姿が見えませんので、私たちの会話や様子を見聞きしているのではないか、と」
……実際していたので否定しづらい。
「同時に、そろそろ出てくるような予感がしましたので、こうして熱いタオルを用意して待っていたのです」
その通り過ぎて何も言えない。
でも、勘、という事で片付けて良いのだろうか?
⦅他に言い表せる事は出来ません。それでも、あえて言い表すのであれば、熟練メイドの勘、でしょうか⦆
よし。深く考えるのはやめよう。
セミナスさんでも明確な答えが出せないのなら、もうどうしようもない。
熱いタオルが気持ち良い……それだけで充分だ。
今はまず職人モグラの事を伝えよう。
という訳で、神様を二柱解放した事と、その同伴として職人モグラが居る事を伝える。
間違っても手を出さないように。
魔物だけど、害はないから。寧ろ、気弱っぽいから。
ちなみにだが、解放した神様二柱の名称は伝えていない。
今伝えると……武技の神様が逃げそうだし。
「……あれ? なんだろう。今直ぐこの場から逃げた方が良いような気がしてきた」
神様としての直感でも働いているのか鋭い。
しかし、逃がす訳にはいかない。
まぁまぁ、座っていて下さいと、武技の神様の両肩を押さえて立ち上がらせないようにする。
結界内に居る鍛冶の神様、職人モグラ、刀の女神様に、今だと目線で呼ぶ。
俺のその行動で、エイトとワンは結界内から出てくる二柱の神様がなんの神様か察した。
武技の神様は、結界から出てくる鍛冶の神様と刀の女神様をみかけた瞬間、暴れ出す。
「放して! アキミチ! 僕、殺されちゃう! 逃げないと! 血の雨が降っても良いの!」
それは困ると放すが、時は既に遅い。
鍛冶の神様と刀の女神様が、逃がさないように武技の神様を左右から挟む。
「………………」
「………………」
「………………」
「や、やぁ、久し振りだね。鍛冶の。刀の」
「そうだな。久方振りに会ったというのに、中々面白い話をしていたな」
「そうですね。あなたが私たちをどう思っているか、色々参考になりました」
針のむしろって、こんな感じなのかな?
「……ははは。嫌だなぁ。たんに話のネタとして、だよ。一般論として言っただけで、僕がどう思っているかは別」
「そうだな。それじゃ、そこら辺の話も含めて」
「少し向こうで話しましょうか?」
「……はい」
武技の神様が鍛冶の神様と刀の女神様に連れられて、少し離れた場所に移動する。
頑張って下さい、武技の神様。
生きて戻って来る事を願っています。
敬礼して送り出した。
一方、職人モグラの方は、エイトとワンに絡まれている。
「本当に大人しい魔物ですね」
「これだけ近付いても攻撃しようとしてこない。いや、その意思すら感じられない。本当に無害な魔物なんだな、お前」
どう答えて良いのかわからないと、職人モグラがびくついている。
……まぁ、そもそも喋れないから答えようがないけど。
ただ、さすがに見ていられないというか、なんか可哀想になってきたので助けに入る。
「こらこら、絡むのはやめなさい。確かに魔物だけど、鍛冶の神様の弟子でもあるんだから」
職人モグラを庇うようにして立つ。
すると、職人モグラは俺を盾にするように身を寄せてきた。
……いや、うん。実際、俺を盾にしているよね。
すると、エイトとワンが変な反応をする。
「こちらにご主人様を返しなさい。モグラ」
「大人しく返さないと、痛い目を見させるよ!」
俺が職人モグラを庇うように立ったのがいけなかったのだろうか。
でも、こうしないと職人モグラを守れないし、職人モグラも俺という盾が必要だろう。
と思っていたのだが、どんっ! と職人モグラが俺を押し飛ばす。
前に倒れながら頭だけ振り返って職人モグラを確認すると、一仕事終えました、とでもいうように額の汗を拭く仕草。
俺を売りやがったな! やっぱり魔物かぁ!
エイトとワンの二人に抱きとめられる。
丁度二人を抱き締めるような形になってしまう。
そこで気付くというか、横目で見えた。
エイトとワンが職人モグラに対して、よくやったと親指を立てている事に。
急いでもう一度振り返れば、職人モグラも同じように指を立てている。
……謀ったな! いつの間に共謀を!
もしかして、俺が武技の神様を押さえている間にか?
あんな僅かな時間で共謀するなんて……。
でもまぁ、職人モグラが襲われるような事にはならなかったのだから、それでよしという事にしておこう。
「でも、今後はそういう事をしないように、エイトとワンはあとで話し合いな」
「異議を申します。私たちはご主人様を抱き締めて喜ぶ。ご主人様も私たちの柔肌を感じて喜ぶ。どちらにとっても良い出来事だと思いますが?」
「そうだそうだ! 妹の言う通りだ!」
こっちこそ異議がある。
なんで俺の方だけ妙にピンポイントな喜び方なの?
その事について何か言う前に、神様たちが肩を組みながら戻ってきた。
妙に仲良さげなのは本当にそうなったのか、それともアピールなのかで悩む。
「それじゃ、アキミチ。僕たちはそろそろ行くよ」
「あっ、はい」
どうぞ、連れて行って下さい。
鍛冶の神様が職人モグラを呼び、俺にも一声かけてくる。
「ある程度、素材の吟味が終わったら声をかけにいく。それでお前専用の神器……盾を作ってやる。もちろん、お仲間の分もな」
わかりました。ありがとうございますと一礼。
刀の女神様も一言。
「刀の使い手を鍛え上げる件。任せて下さい」
うん。ほどほどにお願いします。
くれぐれも変な方向にもっていかないように。
挨拶が終わると、鍛冶の神様が職人モグラを抱え、神様たちは空を飛んでどこかに行った。
神様たちを見送ったあと、俺はエイトとワンに言う。
「とりあえず疲れたから、今日はここで一泊して明日出発で。もう動きたくない」
「かしこまりました」
「あいよ!」
神様たちを解放出来てよかったけど、迷路に戦闘と……ちょっと疲れたから休みたい。
………………。
………………。
しまった。親友たちに伝言とか手紙とかでで現状を伝えて貰えばよかった。




