別章 これは偶然なのか、必然なのか
訓練場に移動した詩夕たち。
早速組に分かれ、準備運動をしつつ、それぞれが作戦を練っていく。
非戦闘員であるオリアナは応援に回ったため、分かれた組は四つ。
詩夕と常水。
天乃と水連。
刀璃と咲穂。
樹とグロリア。
シャイン家の使用を賭けての戦い。
トーナメント方式を取り、二回勝てばその権利を得る事が出来る。
どの組と当たるかは、シャイン次第。
「………………」
そのシャインは、近くに落ちていた木の棒を拾い、地面にトーナメントの線を描き、その前で悩んでいた。
どことどこを戦わせるかを悩んでいるようだ。
「……決めた」
シャインがささっと書く。
詩夕と常水 対 樹とグロリア
天乃と水連 対 刀璃と咲穂
となった。
そのまま直ぐに始められる。
訓練場の中央で、詩夕と常水、樹とグロリアが向かい合う。
「樹さんとグロリアさんか」
「いきなりキツイところとやり合う事になるとは」
詩夕と常水は、疲れそうだなと思った。
「頼むぞ! ほんと頼むぞ! 二人共!」
「イツキ様。もし手を抜けば……わかりますよね?」
「……はい」
樹は死んだような表情を浮かべるが、グロリアはやる気満々だ。
見た目の対比が激しい二人である。
「ほれ。さっさと始めろ」
シャインの雑な合図と共にぶつかり合う。
自然と、詩夕はグロリアと、常水は樹とやり合う形になった。
常水と樹は互角の戦いを繰り広げる。
これまでに何度もやり合ったという事もあり、互いの手の内を知り尽くしているのだ。
だからこその互角。
つまり、この戦いの行方はもう一方次第。
詩夕とグロリア。
勝った方にそのまま天秤が傾く。
「ちょっ! 狙いが的確過ぎるというか、全部急所狙いってえげつない!」
「真剣に狙っていますので」
「それってどっちの事! 射っている矢の事! それとも樹さんの事!」
「……ふふ」
「さすがに目はアウトかと!」
詩夕の叫びに、シャインは両腕を前でクロスし、一気に横に広げる。
セーフ。
「その方が実戦に近くて良いだろ」
「でも、目はやっぱりアウトって事で!」
「ぐだぐだ言うな。なんだったら、私がくり抜いてやろうか?」
矢を回避する事に集中する詩夕。
そこはさすがに詩夕と言うべきか、回避だけではなく、飛来する矢を剣で斬るという事もやっていた。
常水や樹、天乃や咲穂と違って、未だ師匠と呼べるような存在は居ないが、既に確かな剣技は身に付けていて、着実に戦闘力を増していっている。
ただ、今回は相手が悪かった。
相手は、シャインが一人前と認めたグロリアなのである。
「あの! 矢の速度と数が尋常じゃなくなってきているような気が!」
「頑張って下さい、シユウ。これも鍛錬の一環です」
「いや、そういう枠組みに収めていい状況じゃないと思うんだけど!」
ただ、本気で勝ちにきているだけである。
結果として、詩夕はグロリアの豪雨のような矢にやられ、常水は二対一の状況に追い込まれた事で降参。
樹とグロリアの勝利となる。
「………………」
「次も勝ちましょう。……ね? イツキ様」
「……はい」
絶望的な表情の樹と満面の笑みのグロリアの対比が酷い。
次は、天乃と水連 対 刀璃と咲穂の戦い。
「ふふふ……わかっているよね? 刀璃ちゃん」
「………………」
言葉には出せないが、とある日の天乃を思い出す刀璃。
「……今の私なら、全力を超えた先にいけそう」
「いかなくていいんだよ、水連」
なんとも言えない表情を浮かべる咲穂。
戦いは、天乃と水連が魔法を連射、咲穂が魔法を矢で相殺し、刀璃が前に出て切り込むという形だった。
近距離戦においては、間違いなく刀璃が無双出来る状況である以上、天乃と水連サイドとしては、近付かれれば終わり。
如何に近付けさせないかが重要なのである。
だからこその魔法の連射で弾幕を張ったのだ。
しかし、誤算があるとするならば。
「くっ。まさかここまで力を付けていたなんて」
「……本気を感じる。邪魔しないで。咲穂」
咲穂の強さにあった。
元々グロリアに習っていただけではなく、最近では弓の女神による指導によって、咲穂の弓の腕前は格段に高まっていた。
グロリアばりの豪雨のような矢の連射で、天乃と水連の魔法を全て相殺。
チャンスとばかりに刀璃が一気に近付き、抜刀術のような一閃を放つ。
「ぐっ……だが、ここで敗れようとも……」
「……私たちは諦めない……いつか必ず蘇って……」
ずしゃあ、と倒れる天乃と水連。
「いや、峰打ちなんだが」
困り顔を浮かべる刀璃。
ただ、確かな事は刀璃と咲穂が勝ったという事であり、次の最後の試合は、樹とグロリア 対 刀璃と咲穂に決まったという事だ。
休む間もなく、最後の試合が始まる。
「頼むぞ……お前たちが最後の希望だ」
「……まぁ、善処はしますが」
「ふふふ……弟子が師を超えるのはまだ早いわ」
「そんな話ではないと思うんですけど?」
言葉での前哨戦は終わり、戦いは直ぐに始まる。
刀璃は樹と近接戦闘を、咲穂とグロリアは互いの矢を射り合うという形になった。
「いつの間にこれほどの射力を」
「常日頃、遊んでいる訳ではないですから」
グロリアは、自分と射り合う事が出来る咲穂の今の力に驚くと共に、心の中で喜びを感じる。
曲がりなりにも、グロリアが自分で教えた弓なのだ。
弟子の成長を喜ぶ師匠のような気持ちを抱いても不思議ではない。
一方、刀璃と樹の戦いも拮抗していた。
刀璃の放つ斬撃を樹は確実に避けていき、偶にカウンターのように樹が拳を放つが、刀璃は身のこなしや手に持つ刀を上手く使って回避する。
互いに決め手を欠いている状態だった。
そこで樹は、刀璃にだけ聞こえる小声で声をかける。
「早く俺を倒してくれ!」
「そう簡単に出来る事ではありません。そもそも、私たちの中で今一番強いのが樹さんなんですから」
「くっ。自分の強さが恨めしい」
「ムカつく反応なのでやめて下さい。それよりも、手を抜けば直ぐ終わらせられますが?」
「駄目だ。そういうの絶対見逃さないから」
刀璃と樹が、チラッとシャインを確認。
ガッツリ見ている。
「……バレますね」
「……間違いなくバレるな」
手を抜くという行為は出来ない。
だが、勝負というのは、時に思いがけない形で終わる時がある。
今回もそうだった。
決して狙った訳ではなく、偶然の産物だろう。
咲穂とグロリアの射った矢がぶつかり、弾け、不規則に飛び、落ちた場所は刀璃と樹がやり合っている近く。
刀璃と樹がやり合いながらそこに行き、刀璃は上手く避けたのだが、樹は矢を思いっ切り踏み抜き、つるっと滑って転ぶ。
転んだ樹が起き上がろうとするが、その眼前には刀璃の刀の先端があった。
「こういう事ってあるんだな」
「……なんとも言えませんが、これで私の勝ちです」
刀璃が斬る真似をして、グロリアに切っ先を向ける。
そこでグロリアは、さすがに二対一ではと判断して、降参を宣言。
刀璃と咲穂は、やったねとハイタッチを交わす。
詩夕、常水、樹の男性陣は、ホッと安堵。
グロリアは、まあ仕方ないかと苦笑いを浮かべ、天乃と水連は刀璃と咲穂のところに直ぐに向かう。
「「おめでとう! それでなんだけど、シャインさんでの家での宿泊は諦めるから、明道使用済みのベッドを!」」
「「うん。少しは自重しようか」」
こうして、明道の知らない内に、その尊厳は守られた。
―――
それから数日後、エルフの里もEB同盟再強化に協力する事を決め、詩夕たちの一団はドワーフの国に向かう。
明道の使用したベッドに関しては、それまで毎日争奪戦が行われたとかいないとか……。




