別章 詩夕たち、こだわりの宿泊場所
ラクロの家で、同盟再強化についての話し合いが行われる。
だが、全員で行っている訳ではない。
ラクロと話し合っているのは、フェライア、サーディカ、カノートの三人をメインにして、その他のメイド、執事、騎士たちが付き添っているだけだ。
詩夕たちとオリアナは、シャインとグロリアの案内で、エルフの里の見学を行っていた。
これまで、ビットル王国やラメゼリア王国など、この世界の文化圏で過ごしてきた詩夕たち。
森の中の里というのは、正に異世界を感じさせるモノであり、興味深く見ていく。
途中までは。
「違う! 違う! そうじゃなくて、ここはこう……で、こう……」
「くっ。ここの繋がりが上手く出来ない」
「この角度。ここまで曲げないと、見た目がおかしい事になるから。相手の目も意識して」
「ばたついている感じになってしまっている。統一性をもっと高めて」
多くのエルフが一か所に集まり、集団と化して何やら行っていた。
その光景を見て、詩夕たちは苦笑いを浮かべる。
「っと、念のための確認で伺いますけど、あれって……」
「ダンスの練習だな」
詩夕の問いに、シャインがなんでもないように答える。
やっぱり……と詩夕たちは思った。
「という事は?」
「あぁ。あのクソ竜のしわざだ。まぁ、朝の良い運動になると、この里の者たちには好評だけどな」
それで片付けて良いのだろうか? と詩夕たちは思うが口にはしない。
それに、これは言ってしまえば、明道の影響でもあるのだ。
DDに興行を行え、と。
何か言うなら、それこそまずは明道に、だろう。
ただ、これは別の面から見れば、DDとの、竜との繋がりを得たという事でもある。
この世界における、竜という存在の大きさを考えれば、そう悪い事ではないだろう。
「あれらは特にダンスにハマっているやつらだろう。またあのクソ竜が来た時に、もっと良いダンスを見せるため、とかなんとか考えていそうだな」
シャインがそう言う。
詩夕たちも同じように考えていた。
そのあと、詩夕たちはエルフの里の中にある宿泊施設に向かう。
一つしかないが、木造の大きな宿泊施設であり、詩夕たちの一団の全員が泊まれるほどだった。
たとえこの里が森の中にあろうとも、里の外から人が来ない訳ではない。
そのために造られた宿泊施設であり、また、明道が利用する事はなかったが、温泉もある。
明道が温泉の事を知れば喜んで入ったのは間違いないだろうが、結局知る事はなかった。
何故なら、明道が泊まった場所はこの宿泊施設ではなく――。
「僕たちだけですか? シャインさんとグロリアさんは?」
「はぁ? 馬鹿か、シユウ。ここは私とグロリアが住んでいる里でもあるんだぞ。当然、家があるからそこで寝る」
シャインがそう言うと、意見があるとグロリアが挙手。
「どうした? グロリア」
「その件なのですが、こういうのはどうでしょう? 母はそこの宿泊施設、もしくはラクロ様のお屋敷で優雅に休み、私、フィライア、オリアナ、樹様の四人で家を利用するというのは?」
「異議あり! 明らかに一人おかしい人がその中に居ます!」
そう申し立てたのは、樹。
―――
「はっ! 今、私にとって都合の良い展開になりそうな予感が!」
「はっ! 今、もの凄い悪寒が! 見て! この鳥肌!」
話し合いの最中にも関わらず、フィライアとラクロが突然そんな事を言ったとか。
―――
「まぁ、私は別に寝れればどこでも構わないが……」
グロリアの提案に、シャインは少しだけ考え、視線を女性陣の方に向けると、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「しかし、家には、アキミチがここに居る間使用していたベッドが……いや、別に良いか。グロリアの好きに」
シャインが言い切る前に、詰め寄った者たちが居た。
天乃と水連である。
「その話、詳しく聞かせてくれますか?」
「事細かく。懇切丁寧に。余すところなく全てを」
その目は真剣そのもの。
鬼気迫るモノがあった。
シャインは愉快そうに言う。
「なんだ? アキミチがゴロゴロしていたベッドに興味があるのか? だが、お前たちが泊まる場所はそこに用意されているぞ?」
シャインは視線で宿泊施設を指し示す。
ちなみにだが、この場合のゴロゴロはのんびり休んでいたという事ではなく、物理的にゴロゴロ転がった事を指し示しているのだが、当然詩夕たちはその事を知らない。
「いいえ、私たちもシャインさんの家に泊まりたいです」
「具体的には、明道が使用していたベッドで寝たいです」
オブラートに包むという事をしない天乃と水連。
求めるままに突き進んでいく。
シャインは、狙い通りだと更に深い笑みを浮かべる。
「なら、お前ら全員で戦え。欲しいモノは自分の力が掴め。獣人が開催している武闘会みたいなモノだ。私の家での宿泊を勝者の特典にしてやる。なんだったら、二人一組くらいで協力し合ってみるか?」
そこからの行動は速かった。
「イツキ様は、私と一緒に組んでくれますよね?」
「……はい」
グロリアから矢の鏃を突き付けられた樹が屈し。
「頑張って! グロリア!」
「任せて! オリアナ!」
オレリナからの応援にグロリアが力強く答え。
「……一つのベッドに二人で寝るには少々苦しいかもしれないけど」
「……半々で手を打ちます」
天乃と水連が力強い握手を交わし。
「……えっと、僕たちも参加しないといけないのかな? 普通に宿泊施設で良いんだけど」
「シャインさんのあの笑みを見ろ。断ればどうなるかわからない……いや、これも鍛錬の一つなんだろう。それに負けるとどんな鍛錬が課せられるか」
「キツイという事だけはわかる。……あとで知った明道が困惑しないように、頑張ろっか」
「そうだな。さすがの明道でも、自分が寝たところにいつの間にか女性が寝ていたとなると驚くだろうし」
やるしかないようだと、詩夕が差し出した手を常水が叩き。
「……この流れは、私たちも?」
「そうだろうね」
「……確かに、詩夕と常水が言う通りか。天乃と水連に使用させると……明道が知った時になんともいえない顔を浮かべそう」
「間違いないね。そうなると、私たちか詩夕たちが勝つのが……無難? それとも、グロリアさんたちに勝たせた方が良いかな?」
自然と組む事になった刀璃と咲穂が、うーんと考え始める。
「そんな事ないぞー!」
少し離れた位置から樹がそう叫ぶが、二人には聞こえていないようだ。
「組み分けが出来たな。じゃ、向こうに広い場所があるから、そこでやろうか」
そう言って移動を開始するシャインを先頭にして、詩夕たちは訓練場に向かう。




