そんな枠は存在しません
エキシビジョンマッチが終わり、今度こそ本当に武闘会が終わった。
余興みたいなモノだったので、解散も早い。
まぁ、正確には昨日で終わっていたしね。
なので、そこは別に気にしないのだが、王城に戻ってからのウルトランさんが面倒だった。
自ら勝利を祝い、自慢しまくりなのだ。
いやまぁ、勝って嬉しいという気持ちはわかる。
勝てるかどうか不安がっていたしね。
でも、何度も同じ話を繰り返すし、自慢気な表情も見飽きた。
というか、既にちょっとウザい。
そう思っているのは、俺だけではなかったようだ。
『………………』
ウルトランさん一家が揃って整列し、ウルトランさんに向けて無言で自分の鼻をつまむ。
その効果は確かだった。
「………………」
ウルトランさんが、部屋の片隅で壁に向かって体育座りをする結果になった。
自業自得かもしれないが、寂しい背中が哀愁を感じさせる。
というか、この世界にも体育座りとかあるんだ。その事に驚き。
体育座りと言うかはわからないけど。
とりあえず、なんか声でもかけた方が良いかもしれないと思ったが――。
「放っといて良いわよ、アキミチ。あれはそういう雰囲気を出して、構って貰おうとしているだけだから」
ウルルさんの言葉に、ウルトランさんがビクッと跳ねる。
図星のようだ。
体同様、心も頑丈で回復力が高いのかもしれない。
そして、翌日から、俺はエイトとワンを連れて王都観光に向かう。
ぶらぶら歩く中で話題として聞こえるのは、やっぱり武闘会の事。
誰それがよかったとか、誰それが惜しかったとか、などなど。
あと、変化の一つとして。
「握手して下さい」
王都内を歩いていると、こう声をかけられる事が度々あった。
今回は犬の獣人の男の子。
見た目的には幼児くらい。
俺の第一声は決まっている。
「誰かと間違えていませんか?」
今のところ間違えましたと言われた事はないが、念のため。
「今年度の武闘会の四強のアキミチだよね!」
うん。合ってはいるけど、呼び捨てするような間柄ではないよね。
せめて、さん付けを……て、幼児に言ってもね。
とりあえず確認は取れたので、握手。
幼児は喜んで、どこかに行ってしまった。
うーん。なんかこそばゆい。
俺自身の意識が変化している訳ではないので、握手を求められるような事をしただろうか? と思ってしまう。
ただ、これはまだ良い方。
「見つけたぞ! アキミチだな! ちょっと俺と一回やり合ってくれねぇか!」
絡まれる事も多くなった。
今回は衣服を着崩したチンピラみたいな、大きな牙が目立つ猪の男性獣人さんと、その他多数。
力比べでもしたいのだろうか。
もちろん。俺は相手をするつもりはない。
ただ、俺の周りの反応は違う。
「ご主人様に害意を持つ者の生存を、エイトは許容出来ません」
いや、そんな簡単に命を奪わないで。
「主、ボコッていいか?」
ボコる以外の選択肢があるのか気になる。
⦅まずは牙を折りましょう。次に衣服を切り刻みましょう。丸裸にして衛兵のところに駆けこませましょう。返り討ちに遭いました、と言わせて⦆
いや、そこまでしなくても。
⦅では次の⦆
何もしなくて良いから。
そもそも、エイトとワンが既にボコッて鎮圧している。
言っておくが、向こうが勝手に襲ってきたので、正当防衛だ。
無理矢理絡んできた向こうが悪いので、とりあえず褒めておこう。
……もっとボコったら、もっと褒められるとかではないからね。
ただ、これもまだ良い方。
いや、言い方が違うな。
まだ、心が疲れない方、というのが正しい。
一番問題だったのは、相手が幼女だった場合。
「握手して下さい」
俺としては、ベスト4って凄い事だったんだな、と自覚してきた頃だったので、笑顔で応じようとした。
そんな俺と幼女の間に、エイトが割り込んでくる。
「駄目です、ご主人様。ご主人様の『ロリ』枠には、たとえカテゴリーが『ロリBBA』であろうとも『ロリ』であるという事には変わりませんので、エイトが収まるべきなのです」
うん。大衆の面前で何を言うのかな?
ほら見ろ。周囲がざわついているじゃないか。
近くに居た幼女の母親が幼女を庇い、幼女の父親が絶望的な表情で震えながらも俺の前に立ちはだかる。
わぁ、一家揃って羊の獣人なんだね。
じゃなくて。
誤解です。誤報です。誤解です。
いや、誤報が誤解なんじゃなくて。あぁ、もう!
助けて、ワン!
「可愛い妹の可愛い嫉妬じゃねぇか」
可愛い嫉妬の枠に収まらない出来事になりそうなんですけど!
寧ろ、俺を社会的に殺そうとする嫉妬だ!
というか、その間にワンが幼女と普通に握手しているのはどういう事?
……この場に味方が欲しい。
⦅マスターの好みは、私のような大人のPerfect Ladyです⦆
いや、好みの否定ではなく、状況の改善をお願いしたいのですが?
⦅……マスター以外と接触出来ない私ではどうにも……ファイト!⦆
頑張った。
最終的には幼女と握手したので、誤解は解けたと思う。
握手した時、幼女の両親から相手を射殺さんばかりに睨まれていたけど……誤解は解けたはずだよね!
救いなのは、終始意味がわからないと幼女が不思議そうにしていた事と、俺との握手を喜んでくれた事だろうか。
そのあと何故か――。
「上書きします」
と言ったエイトと握手する事になったけど。
王都内を出歩くと大体こんな感じになる。
武闘会が終わった直後なので、しばらくはこんな感じが続くと、食事の時にウルアくんが教えてくれた。
他の大会成績上位……具体的には本選出場者は大体こうなるそうで、積極的に外に出るか、
露出を控えるらしい。
毎年参加しているウルアくんとフェウルさんは俺以上に大変らしく、武闘会閉会直後の一週間くらいは、王城で大人しくしているそうだ。
そういう事は早く教えて欲しかった。
同じ理由で、ウルルさんもインジャオさんと一緒に引き籠っている。
……インジャオさんの事を考えると、王城より外の方が安全だと思うんだけど……本人が良いのなら良いか。
そんな感じなため、本格的な観光はもう少しあとになりそうなので、それまでは大人しくしておこうと思う。
「「一戦お願いします」」
だから、ウルアくんにフェウルさん。
今は大人しくしておこうって決めたばかりだから……やめて! 良いところがあるからって、鍛錬場に連れて行こうとしないで!
駄目だ。単純な力で負けてしまう。
一方、アドルさんは大忙しだ。
寧ろ、これからが本番だそうで、EB同盟再強化のために、毎日色んな獣人さんたちと話し合いを行っている。
ウルトランさんも手伝っているそうだけど……。
「あぁ~、なんか快適空間」
「室内の空気が澄んでいるような気がします」
ウルルさんとフェウルさんが手厳しく、ウルアくんは苦笑いだ。
これが娘と息子の違いなのかもしれない。
……届かないとは思うけど、心の中で応援しておいた。
そうして少しの間、王城でのんびり過ごしている時に、ふと思う。
詩夕、常水、樹さんとは会えたけど、天乃、刀璃、咲穂、水連の四人とはまだ会えていない。
いつ会えるんだろうか……と。




