それはきっと偉大な力、だと思う
武闘会の最後に行われているエキシビジョンマッチ。
戦っているのは、ウルルさんとウルトランさん。
つまり、父娘対決。
互いに一歩も引かない殴り合いから始まった戦いだった。
けれど、そこはやっぱり体格に差があるというか、ウルトランさんが徐々に押していく。
威力、速度もウルルさんより上だ。
さすがは獣王と呼ばれているだけはある。
一通り殴り合ったあと、ウルルさんが不利を感じ取ったのか、自ら後方に跳ぶ。
悔しそうな表情で。
それだけで殴り勝ちたかったんだという事がわかる。
対するウルトランさんは、やったぜ! と笑みを浮かべていた。
殴り勝って威厳が保てたと、安堵した笑みのように見えなくもない。
………………。
………………。
「アドルさん。ウルルさんと殴り合って勝てますか?」
「勝てないから、不要な煽りは控えるようにしようか」
やめる、とは言わない辺りに好感を持てる。
俺とアドルさんは、揃って頷く。
戦いは舞台全体を使用した格闘戦に移行する。
あっちでぶつかり合っていたと思ったら、そっちでぶつかり合っていると、縦横無尽に駆け回っていた。
動きがなんとなく見えているけど、体は反応出来ないと思う。
普通にやり合っていたら、普通に瞬殺されていたような、それぐらいの身体能力を見せられている。
単純に、うーん。凄い。
⦅この世界にはスキルがありますので、マスターでも不可能ではありません⦆
いつか出来るようになるようだ。
⦅いつか、ですが⦆
……随分と先は長そうだ。
それはいつの事だろうと思っていると、段々と様子が変化していった。
具体的には、ウルルさんがウルトランさんを押していったのである。
「この国に戻ってから気付いたんだけど、加齢臭が!」
「ぐはあっ!」
ウルルさんの口撃に、ウルトランが胸を掴むように押さえる。
血反吐を吐いていてもおかしくない様子。
そんなウルトランさんの反撃。
「す、する訳ない! そこら辺はもの凄く気を遣っているからな!」
「………………」
ウルルさんが無言で自分の鼻をつまむ。
「ば、馬鹿なっ!」
がっくりと四つん這いになったウルトランさんを、ウルルさんが蹴り飛ばした。
……やる事がえげつないと思います。
「アキミチ……私は大丈夫だよな?」
アドルさんも不安なご様子。
なので、その不安を取り除いてあげないと。
「大丈夫ですよ。そんな臭いは別にしていませんから」
「そうか。それはよかった。……だが、男性と女性では着眼点が違うというか、嗅覚そのものが違う可能性も……」
気にし過ぎじゃないだろうか?
いや、こういうのはデリケートな問題だろうから、迂闊な事は言えない。
そんなデリケートな問題を乗り越えたウルトランさんが、ウルルさんとがっぷりと組み合う。
「ふんんんんんっ!」
ウルトランさんの方が力も上のようだ。
段々と押されるウルルさんの反撃。
「………………」
無言でしかめっ面。
まるで、嫌な臭いを嗅いでしまったかのような。
「臭う訳あるか!」
ウルトランさんが自ら手を離して否定。
いやでも、それなりに動いているから、汗とか……いや、なんでもないです。
しかも、ウルルさんはそれで終わりではないと追い打ちを行う。
「……足からも何か」
「ちゃんと毎日丹念に洗っているわ! もちろん、体もな!」
ウルトランさん、渾身の否定。
隙あり、とウルルさんがウルトランさんを殴り飛ばす。
けれど、ウルトランさんはなんでもないように立ち上がり――。
「本当に臭わないから! きちんと嗅いで確かめてみろ!」
しかも無傷で、体だけじゃなく、鋼のような精神も発揮する。
「嫌よ! いくら娘が相手とはいえ、自分の臭いを嗅げとか……この変態陛下!」
ウルトランさんの胸にグサッと何かが刺さったかのように見えた。
「変態陛下って呼ぶんじゃない! パパと呼びなさい!」
そう反論するウルトランさんだが、ぐらり、と足が崩れて倒れ……ない。
踏ん張った。
ウルトランさんが踏ん張れたのは、応援の力が大きいと思う。
「頑張れー! ウルトラン陛下ぁ~!」
「負けないでくれー! 父親の代表として~!」
「あんたが倒れたら終わっちまう! だから頼む! 倒れないでくれ!」
「勝ってくれぇ~!」
全て男性からだが、熱い応援だった。
魂が込められているかのような。
中には涙を流している者も居る。
口撃の余波に当たったのかもしれない。
「よぉーし! なら、見ていろ! 見せつけてやるわ! 王の……いや、父親の大きな背中を!」
「「「おおおおおっ!」」」
野太い歓声が上がる。
その歓声に応えるように、ウルトランさんの筋肉が膨張した。
ウルルさん、気持ちはわかるけど、引かない引かない。
そこからのウルトランさんは本当に強かった。
ウルルさんの口撃にはきちんと反論しつつ、格闘戦も圧倒している。
このままでは不味いと判断したのか、ウルルさんが先に動く。
「『其れは獣の爪 獣の爪は万物を引き裂き 惨たらしく散らす 獣爪葬』」
ウルアくんと戦った時に披露した武技を使用。
光輝く爪を装備して、決めにきた。
対するウルトランさんも武技を使用。
「『傷付ける意思なく ただ全てを受け入れ そこにあるのは愛のみ 全受抱擁』」
ウルトランさんが両腕を広げ、ウルルさんに向けて、ノーガードでゆっくりと歩き出す。
外見の変化は特にない。
……いや、なんか優しい笑顔になっている。
変化はそれだけだけど……一体どんな武技なんだろう。
悪寒が走ったかのように、ウルルさんがブルッと震える。
「く、来るなぁ!」
何かを感じ取ったのか、ウルルさんが怯む。
けれど、ウルトランさんの歩みはとまらない。
ウルルさんは選択を間違えた。
光輝く爪ではなく、遠距離攻撃が出来る武技を選択するべきだったのだ。
今のままでは、近付かないと攻撃出来ない。
それこそ、咆哮ビームだったなら……。
同時使用は出来ないのかな?
⦅可能ですが、倍々で色々消費しますので得策ではありません⦆
なるほど。やっぱり選択を間違えたようだ。
……まぁ、咆哮ビームでもやれたかどうかは疑問だけど。
ウルトランさんが進んだ分、ウルルさんが下がるという状態が少し続き、ウルルさんは舞台の端まで追いつめられる。
それで覚悟を固めたんだろう。
ウルトランさんに向かって、一気に飛び出すウルルさん。
悪寒がする何かをやられる前にやるつもりだ。
ウルトランさんは変わらずノーガードの不動の構え。
そして、ウルルさんの光輝く爪による高速の斬撃が、ウルトランさんに浴びせられる。
同時に舞台も傷付けられ、激しく土煙が舞い、ウルトランさんの姿を覆い隠す。
視界が遮られた事で、ウルルさんんが動きをとめた。
そこを狙ったかのように、土煙の中からウルトランさんが姿を現す。
……無傷で。
うーん。桁外れの防御力なのか、それとも桁外れの回復力なのか……。
⦅あえて言うなら、両方です。元々高い防御力と回復力を有していて、今は武技によって更に高まっている状態なのです⦆
そういう武技だったのか。
さすがは獣王。
元の性能からして格が違うというか、おかしいのか。
動揺を隠せないウルルさんは初動が遅れ、咄嗟に距離を取ろうとするが、その前にウルトランさんに捕まった。
親が子を抱き締めるような形で。
「くっ……この! 離して!」
ウルルさんが暴れるが、ウルトランさんはびくともしない。
心なしか照れているようにも見える。
いや、恥ずかしいのかな?
そんなウルルさんに向けて、ウルトランさんが叫ぶように、宣言するように、吐露するように言う。
「いくら嫌がられようとも、パパは愛しているぞー!」
観客席から万雷の拍手が送られる。
主に男性陣から……多分、娘を持つ父親たちなんじゃないかと思う。
そこで限界だったんだろう。
「もう負け! 私の負けで良いから、離してぇー!」
ウルルさん、魂の叫び。
こうしてエキシビジョンマッチは終わる。
ウルトランさんの勝因は……父の愛、かな?




