つまり、誰も悪くないって事
ウルアくんがウルルさんから一旦距離を取る。
ウルルさんは、追う気はないと動かない。
一見すると、優位なのは自分だと示すような行為で相手の怒りを買いそうだけど、ウルアくんはそういう思考を振り払うかのように頭を振って大きく息を吐き、呼吸を整えていく。
その様子を見て、ウルルさんが笑みを浮かべた。
「……へぇ。本当に成長したね、ウルア。隙を突くような行動だけじゃなく、相手を舐めたような態度を取ると直ぐ怒っていたのに」
……ウルアくんにもやんちゃな時代があったのかな。
でも、このままだとウルアくんにとっては不味い状況だろう。
何しろ、姉に恥ずかしい秘密を暴露されかねないのだから。
……まぁ、恥ずかしいと思っているかどうかは本人次第だけど。
「……姉上は変わらず余裕そうですね」
「まぁね。まだまだ負ける訳にはいかないという、姉としての威厳があるから」
俺の中のウルルさんにはそんな威厳はないですよ。
……一瞬、ウルルさんが俺を睨んだように見えたんだけど、気のせいだよね?
まさか、この距離で察知しているの?
⦅野性の勘……というのはあるかもしれませんね⦆
怖い事は言わないで、セミナスさん。
「でもまぁ、弟の成長を確かめる事も出来たし、そろそろ終わらせても良いよね?」
「姉上の降参ですか?」
「……面白い事を言うわね」
ウルルさんから感じる圧力が一気に増す。
たとえるなら、猫から虎に……みたいな。
本当はもっと凶悪な何かだろうけど。
……また俺の事を一瞬睨まなかった?
「私を降参させられるものならやってみなさい。あの日から、もう誰にも負けないと鍛えたのは、何もアドル様やインジャオだけじゃないという事を教えてあげるわ」
ウルルさんが構えを取る。
圧力が更に増している分、恐ろしく感じられるのは、きっと気のせいじゃない。
その圧力を最も感じているであろう、ウルアくんの耳と尻尾がピンッ! と立ち上がり、全身の毛が総毛立ったように見える。
ウルアくんも負けじと構えを取った。
でも、それが自分の意思ではなく、本能的に危険を察知したからのように見えたのは、仕方ない事かもしれない。
それだけ、ウルルさんの発する圧力が危険だと、無意識に判断したという事だ。
ウルアくんは気圧されてしまったのか、自ら動こうとしない。
だからこそ、ウルルさんが声をかける。
「どうしたの? 将来、王になろうとする者が、怖じ気づいたからって動きをとめてはいけないと思うけど?」
「………………そうですね。父上やアドル様なら、このような状況でも決して引かない」
きっと、身近な王様を挙げたんだろう。
でも、気付いて欲しい。
あれ? 余は? みたいな感じでロイルさんが自分を指差している事に。
宰相さんがこれまで見た事ない優しい表情で、ロイルさんの指差す手をそっと元の位置に戻す。
……見なかった事にした。
「だから僕も……引きません!」
「かかってきなさい!」
ウルアくんがウルルさんに向けて一気に飛び出す。
距離があった事で得られる充分な加速によって、ウルアくんの速度はぐんぐん上がっていき、勢いの乗った鋭い蹴りを放つ。
ウルルさんはその蹴り足を防ごうと動くが、蹴り足はウルルさんを空振って舞台に着き、その足を軸にしてウルアくんが回転蹴りを放つ。
意表を突く行動だったが、ウルルさんはそれすら読んでいたかのように繰り出された回転蹴りを受けとめて掴み、力強く投げる。
空を舞うウルアくんの着地地点に向けてウルルさんが駆けた。
ここで初めてウルルさんが自ら動いた事に驚く。
いや、これこそ意表を突かれたと言うべきか。
それはウルアくんも同様で、ウルルさんの行動を視界に捉えると、動揺しているように見える。
……同様で、動揺。
駄目だ。こんな事を考えている場合じゃない。
ウルアくんの着地に合わせるようにして、ウルルさんが拳を放つ。
けれど、そこはさすが獣人とでも言うべきか、ウルアくんは空中で体を捻って放たれた拳を回避して、見事な着地。
ウルルさんとウルアくんの二人は、そのまま乱打戦を繰り広げる。
その時、アドルさんの呟きが聞こえた。
「……不味いかもしれない」
え? とアドルさんと見ると、同意するようにウルトランさんが頷いているのが見えた。
「確かに。少々熱くなり過ぎているかもしれん」
何やら不穏な予感。
視線を舞台に戻せば、二人が拳をぶつけ合い、互いに後方に跳んで距離が開いたところだった。
そこで、ウルルさんがウルアくんに声をかける。
「最後は派手に終わらせようか」
「派手に?」
「教えられたかもしれないけど、もう武技は使えるから」
ウルルさんの言葉に、ウルアくんが驚きの表情を浮かべる。
あれ? 知らなかったっぽい雰囲気。
でも、確かによくよく考えてみれば、これまでの試合の中で武技が使われるシーンはなく、純粋に身体能力や習得した技術による戦いだった。
もしかして、武技が使用可能だと周知されていたら、バンバン使われて、もっと派手な武闘会になっていたのかな?
⦅ただ、その場合はマスターが勝ち上がるのも難しい、という結果になっていました。武技の中には、戦況を一気に覆すようなモノもありますので⦆
知られていなくて結果オーライって事だろう。
となると、もし次に参加するような事があったら、俺が同じように勝ち上がるのは無理って事かな。
⦅……ふっ⦆
セミナスさんに秘策あり、て感じ。
それにしても、なんで周知されていないんだろう。
ウルトランさんが、本当なのか? とこっちを見てくる。
あれ? 言ってないの? と俺はアドルさんを見た。
「……いや、ほら……『EB同盟』の再強化話に、ちょっと意識が向けられていて……神の解放の方は……なぁ?」
いや、俺に同意を求められても困る。
「俺はてっきりアドルさんが教えたモノかと」
「私はアキミチが教えていると思っていて」
……うーん。
「つまり、誰も悪くないって事ですね」
「そうだな」
うんうん。とアドルさんと一緒に頷く。
「そんな訳あるか! 下手をすれば、同盟強化よりも重要な話ではないか! 今はそれどころではないが、あとで詳しく教えて貰うぞ!」
ウルトランさんの怒りが飛ぶ。
すみません、と俺とアドルさんは一礼。
誰にだって抜ける時はあると思うから、そういう事でどうか一つ。
「……本当に使えるのですか?」
「私が嘘を吐くとでも?」
「今この場で、その必要性はありませんね」
ウルアくんも納得した模様。
ごめんよ。言っておかなくて。
そして、ウルルさんとウルアくんが新たに構えを取った。
どちらも左手を前に出し、右手を腰の辺りまで下げている。
「「『其れは獣の爪』」」
二人揃って同じ詠唱を始める。
「「『獣の爪は万物を引き裂き 惨たらしく散らす』」」
二人の両手が光り輝き出す。
「「『獣爪葬』」」
輝く光は巨大な獣のような三本の爪を形成した。
ウルルさんとウルアくんが、輝く爪で舞台を削りながら一気に駆ける。
二人は直ぐに近付き、ウルルさんは振り下ろすように、ウルアくんは振り上げるようにして輝く爪を振るい、ぶつかり合う。
激しい火花が散らせながら拮抗する。
けれど、ウルアくんは苦しそうな表情を浮かべていた。
その表情が結果を物語っていた。
押し勝ったのはウルルさん。
ウルアくんは弾き飛ばされ、ゴロゴロと舞台を転がりつつも上手く立ち上がるが、直ぐに膝をつく。
「負けました」
そう言って、ウルアくんは倒れた。
ウルルさんが、自身の勝利を告げるように拳を突き上げ、これまでで一番の歓声と拍手が送られる。




