狸寝入りは起き方とタイミングが重要
………………。
………………。
意識は覚醒したけど、まだ目は開けない。
ピクリとも動かしては駄目だ。
気付かれる。
……そう、気付かれてしまうのだ。
意識が覚醒してから感じる視線は……二人分。
つまり、エイトとワンだ。
寝室に居ないようにと言ったが、案の定侵入していた訳か。
だが、これは絶好の機会かもしれない。
今この状況は、一人の男性が寝ていて、その傍に二人の女性が居るという構図。
……なんか酷い構図というか、怖い構図のような気がする。
泥沼の修羅場で、男性が起きるのを待っている……みたいな?
違う違う。そうじゃなくて。
男性が狸寝入りしているにも関わらず、それに気付かない女性陣の会話が行われる状況……それも酷いな。
なんかエイトかワンがぽろっとうっかり発言でもしないかなと思ったけど、普通に起きよう。
盗み聞き、よくない。
「ご主人様はまだ眠っているようですね」
「みたいだな。でもまぁ、仕方ないんじゃねぇか? 体の造りからして、あたいたちとは違う訳だし」
しまった。普通に会話が始まってしまったから、タイミングを失ってしまった。
こういうのは、あとになればなるほど更に追い込まれてしまう。
だからこそ、諦めるのは早い。
意を決してここで起き――。
「気持ちよさそうによく眠っています。それだけ疲れていたのでしょう」
「だな。もう少し寝かせてやろうぜ」
れない!
なんか普段と違って優しい会話だから、もっと聞きたくなっちゃう。
二人だと、あっ、こんな会話しているんだね、と思ってニンマリしてしまいそうだ。
我慢、我慢……。
「それとも、ご主人様が眠っている間に、姉が寝ていた位置に移動させたのがよかったのでしょうか? 姉の残り香と暖かさに包まれている事を眠っていても本能的に察知して、喜んでいるのかもしれません」
「やめてくれよ。言葉にされるとはずいだろ」
「姉が女の顔を浮かべています。くっ。直前まで寝ていたのがエイトであれば。……いえ、ご主人様であれば、エイトが寝ていた時も本能的に場所を察知して、そこで寝たはずです」
………………。
………………。
これは俺が起きていると察して話しているんだろうか?
それとも、普段からこんな話をしているのだろうか?
……どっちかはわからないけど、起きづらい事は確かだ。
なので、ここで俺が取る手段は一つ。
もう一度寝よう。
考えてみれば、もう試合はないんだし、二度寝しても問題はない。
観戦に間に合えば良いんだ。間に合えば。
それに、二度寝の誘惑には抗い難い。
一度目よりも気持ちよく眠れるのはなんでだろう。
……まぁ、間に合いそうになる前に起こしてくれるだろうから、二度寝しよう。
……あと五分。
「しかし、困りました。ご主人様のこれまでの試合による疲れによって、このまま寝続ける可能性があります」
「そうだな。確かにその可能性はある」
「そこでエイトはピンときました。正しく妙案です」
寝ている場合じゃないかもしれない!
「どんな案なんだ?」
「ご主人様を起こすため、濃厚なKissをします」
「ばっ、それは……やっていいのか?」
「問題ありません」
問題あるわっ!
「いやでも、さすがに許可もなくするのは不味いと思うんだが」
「それは、ご主人様が納得する理由を告げれば良いのです」
「納得する理由?」
「エイトたちのように、強制起床には濃厚なKissが必要だと考えて実行しました、と言えば通用します」
「……なるほど。確かに、主なら信じそうだ」
そうだね。今こうして聞いていなければ、信じていたかもしれない。
もうしないように。それと誰にも言わないように。と念押しして。
しかし、これで二度寝も出来なくなってきた。
……何されるのか怖い。
やられる前に起きるしか道がない。
「では、ここは姉からどうぞ」
「え? いや、それは……。提案した妹からでいいぞ。あ、あたいはほら、年長者だしな。妹に譲ってやる……というか、顔真っ赤だぞ。もしかして、照れてんのか? だから、あたいを先に?」
「それは……その……ご主人様が起きている時は平気なのですが、寝ている時を狙って襲うのはちょっと……はしたないかと」
「変なところで恥ずかしがる妹だな」
全くもって同意。
でも、これなら別に起きなくても――。
「なら、しゃあねぇな。姉として、あたいが手本を見せてや」
「ふあぁ~……おはよう。なんかブツブツ言っているから、起きちゃったよ」
危ない危ない。セーフ。
それと、先に聞こえてなかったアピールをする事で追及を回避。
俺一人なら、ふぅ……と汗を拭いたところだ。
……いや、そもそも一人なら、こんな起き方しなくてもよかったんだけど。
「「………………」」
二人の俺を見る目は、どこか怪しんでいる感じ。
くっ。何故信じてくれない。
このままでは追及されかねないのは俺の方か。
なら、別のアピールを……じゃない。
そもそも朝の挨拶には朝の挨拶を返すのが筋ではないだろうか?
まずはそこを先手にして、そのまま押し切れば――。
「おはようございます。ご主人様」
「はよ。主」
まるで先読みしたかのような挨拶!
追及する前に言われてしまったのは、俺の失策だ。
しかも、何事もなかったかのような態度。
後ろめたさ、0%。
話を聞いていなかったら、何もなかったと思っていたのは間違いない。
でも俺は知っている。
……けれど、追及は出来ない。
何故なら、俺はついさっき起きたばかり、なのだから。
くっ。もどかしい。
せめて、少しでも怪しい態度があれば追及出来るのに。
……まさか、そこまで考えての態度なのか?
でも、それだと、俺の狸寝入りがバレていたという事になる。
いや、それはない……はず。
「……どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
エイトの問いにもそう返すしか出来ない。
手詰まりだ。
俺からアクションを起こせない。
先手を取られてしまった。
……後の先、いけるか?
自信はないが、やるしかない。
⦅そもそも、寝室内に居る事を追及していませんが、それは良いのですか?⦆
「ってちがーう! なんでもあるわー! 寝室に入るなとー!」
「何も言わないので、許されたのかと思っていました」
「そうそう」
「んな訳あるかー!」
自分たちに都合が良いように解釈するんじゃありません!
着替えるため、エイトとワンを一旦追い出す。
「お手伝いしましょうか?」
「出てけ」
「まぁまぁ、減るモンじゃなし」
「出てけ」
「ご主人様の着替えを手伝うのはメイドの務め」
「出てけ」
「新しい下着はどこだ?」
「出てけ」
抵抗する二人を追い出すために、軽く運動した。
朝の運動は気持ちがシャンとするな。
というか、もう正気に戻ったんだね、セミナスさん。
おかえりなさい。
⦅ただいま戻りました。マスター⦆




