眼鏡って良いよね
俺たちを導いてくれるスキル、セミナスさんの指示でエルフの森へと向かう事になった。
ただ問題なのは、最短距離で向かうため、大陸中央にある竜の領域を越えていかなければいけないという事である。
………………いや、待って。
今俺に、天才的ひらめきが舞い下りた!
怖い! 自分の脳力が怖い!
⦅最短距離で向かう理由は簡単です。日数的な問題で、そうしなければならないというだけです。ちなみに、マスターが閃いた左右の陸続きのどちらかで進むという考えですが、そちらだと日数が倍以上かかりますし、マスターの死亡率もぐんと上昇します⦆
よぉし! 最短距離で向かうぞぉ!
そうだよ、そうだよ。
早く着くし、俺の死亡率も上がらない。
まさに最高の選択じゃないか!
というか、遠回りした方が死亡率上昇って、何それ?
………………うん。また考えが読まれたね。
しかも今回は、先に回答までされるという始末!
恥ずかしい! 天才的ひらめきとか考えていたのがバレて、恥ずかしい!
怖い! 自分が怖い!
そして、少し前の自分を殺したい!
⦅落ち着いて下さい。前にも申し上げたように、私はマスターの一部なのですから、外に漏れる心配がなく、恥ずかしがる必要はどこにもありません⦆
そっか! そうだよね!
頭の中で自問自答しているようなモノだよね!
⦅その通りです。ただただ、マスターが私に弱みを握られたという程度の事でしかありません⦆
………………。
………………え? 弱み?
⦅あーっと、うっかり口を滑らせ⦆
ないで下さい! どうかお願いします!
⦅安心して下さい。私はマスターのスキルです。マスターを困らせるような事は致しません⦆
ついさっき、弱みを握ったとか言っていましたけど!
⦅失礼致しました。言い直しましょう。現状、私に体はありません。こうして会話できるのも、今はマスターだけですので、その会話を少しでも楽しみたいと、少々茶目っ気を出してみただけなのです⦆
なぁんだ、そうだったのか。
そういう事なら、いつでも会話の相手に。
⦅ですので、もし今後、マスター以外と話せるようになり、ぽろっと言ってしまった場合は、酒の力という事で許して頂きます。ですが、酒は一切悪くありません! 酒は口を軽くす……心を解きほぐす飲み物なのですから⦆
喋れるようになったら喋る気満々だ! このスキル!
酒は関係ないし、確かに悪くないよね!
だって、喋ったのは結局セミナスさんなんだから!
……というか、飲めるの?
⦅いえ、先程も言いましたが、体がありませんので飲めません⦆
そうだよね。
それを聞いて安心しました………………いや、しません!
……もしかしてこれも、会話を楽しむための茶目っ気ですか?
⦅はい。その通りです。それにしても嬉しいものですね。この僅かな期間で、マスターにそこまで理解して頂けるとは⦆
えぇと……これは褒められているのかな?
⦅もちろんです。どうやら、マスターと私は相性が良いようですね。幸福感を覚えます。ふふ……その内、愛を囁くようになるかもしれませんね⦆
くっ、騙されるな、俺! 相手はスキルなんだ!
いくら声が素敵なお姉さんみたいとはいえ、体はないんだ!
でも想像してしまう……妄想してしまう……。
静まれ……静まるんだ……。
⦅顔は可愛いより綺麗系の長髪でお願いします。それと、胸とお尻は大きめで、腰のくびれ具合は慎重に……そうそう⦆
止めて!
妄想を膨らませて形作るような情報を与えないで!
駄目だ、考えてしまう!
⦅あっ、眼鏡はどうしましょうか?⦆
是非装備して下さい。
⦅かしこまりました。ここはあえて、柔らかい印象を与える、丸みの帯びたデザインのモノにしておきましょう⦆
普段はきつい印象を与える眼鏡をかける彼女も、彼の前だけでは少しでも可愛く見せたいという思いがその眼鏡に、って違う!
そうじゃない!
騙されるな、俺!
⦅ふふ……優しく導いてあげる……私に全てを委ねなさい⦆
耳元で囁くように言うのは止めて!
惑わされる! 俺、惑わされちゃう!
⦅……どうでも良い事かもしれませんが、実際に悶えてしまっているため、同行者たちがマスターを見ていますよ⦆
はぅあっ!
………………。
どうやら、思考だけの会話のはずが、実際に体まで動いてしまっていたようである。
本能には逆らえないという事か。
一つ勉強になった。
様子を窺えば、アドルさんたちから、何故か優しい目を向けられている。
「安心しろ。趣味は人それぞれ……いや、種族それぞれだ。私たちは寛容に受け止めるぞ」
「勘違いしてるから! というか、人間ってそういう生き物じゃないから! 俺以外の人間を巻き込まないで!」
「自分も元人間ですから、気持ちはわかりますよ。今は実感がないかもしれませんが、若さはそれだけで凄い力を持っているんです」
「……いや、途中から何の話ですか? 意味がちょっと」
「ふふ、アキミチったら。いくら私が魅力的でも、もう決まった相手が居るんだから駄目よ」
「「「………………」」」
俺とアドルさんは真顔になり、インジャオさんは苦笑を浮かべているような気がする。
「真顔で沈黙とはどういう意味だぁ!」
「わぁっ!」
ウルルさんに胸倉を掴まれて殴られそうになるが、その前にアドルさんとインジャオさんが助けてくれた。
今は、インジャオさんがウルルさんを慰めている。
もちろん、ウルルさんの容姿は、間違いなく美人の獣人だ。
それに異論は一切ない。
ただ、見た目とは違う力の持ち主だったり、嬉しそうに……本当に幸せそうにインジャオさんの骨をかじる姿を見た身としては、そういう風な目で見る事は出来なかった、というだけだ。
心の中で、インジャオさんとお幸せに、と敬礼する。
アドルさんも同じような気持ちだったのか、目を合わせるだけでそれが伝わった。
互いに、やれやれと肩をすくめる。
………………まぁ、何故か、声だけなのに、色気はセミナスさんの方が勝っていた。
⦅お褒めに預かり光栄です。マスターへの好感度が上昇しました⦆
何故だろう……今は上げちゃいけないモノを上げた気分になる。
⦅マスターへの好感度が更に上昇しました⦆
何で今ので! 寧ろ下がるんじゃないの!
「どうやら、先程からセミナスさんと話しているようだが、ちょっと良いか?」
アドルさんから声をかけられて、俺とセミナスさんの会話は一旦止まる。
「どうかしましたか?」
「そろそろ竜の領域に入る事になるが、アキミチは決して私たちの傍を離れるなよ。竜は最低クラスでも、町の総力を挙げてどうにか撃退出来るかどうか、そんな存在だ。良いか、撃退だぞ。倒す事は出来ないのだ。竜王クラスともなると、私達でも相手に出来ない。そんな存在の領域を突き進もうとしているのだ。これが導きというのなら、後戻りはしない。わかったな?」
アドルさんの真剣な表情を見て、黙ってこくこくと頷く。
そこに茶化すような空気は一切ない。
あれ? もしかして、思っていた以上にヤバイ領域を通ろうとしている?
ちょっ、これ、本当に大丈夫なの?
⦅問題ありません。そこの吸血鬼と骸骨騎士が、道を切り開いてくれます⦆
「という事なんですけど?」
「私とインジャオが?」
アドルさんが不思議そうな表情を浮かべた。
俺もどういう事だろうと首を傾げる。
その時、俺達に影が差す。
頭上へと視線を向ければ、巨大で、蜥蜴のような体躯に、蝙蝠のような翼――竜が空を舞っていた。




