DD
空を舞っていた竜が俺たちの目の前に下りて来る。
着地の衝撃で地面が揺れた。
「ギャオオオオオッ!」
咆哮が一発。
アドルさんたちは身構えているようだが、俺は一切身動きが出来なかった。
迫力あり過ぎ。
そして怖過ぎ。
すすぎ洗い。
……ふぅ、落ち着いてきた。
頭の中は冷静になっていくが、体は言う事を聞かない。
本能が絶対的恐怖を覚えている。
こんなのをどうにかなんて出来るの?
こんなのがたくさん居るところを通るの?
いやいや、無理無理。
これはアレだよ。
逆らっちゃいけない存在ってヤツだ!
人間がどうこう出来るような代物じゃない!
でも、そんな俺でも誇れる事がある。
……漏らしませんでした!
ん? ヤバイかな? と思ったけど、下半身に温かいモノを感じていない。
……これが成長か。
この世界に来てどれぐらい経ったかはわからないけど、最初の頃よりはマシになったという事だな。
⦅その通りです、マスター。日々成長している事を実感して下さい。確かに今は、竜は脅威でしょう。ですが、いずれは……⦆
どうにか出来るの?
というか、漏らしていない事を触れない部分に優しさを感じる。
⦅マスターに戦闘面は期待出来ませんが、お友達たちの方であれば⦆
だよね。
俺に戦いの才能はないと思う。
でも、親友たちなら出来る可能性があるんだ。
それはそれで凄い。
⦅それでマスター。漏らしそうになった件は……⦆
一時の安心を与えて油断したところとは狡猾!
……お願いします!
喋れるようになっても誰にも言わないで下さい!
⦅マスターは私がそんな事を吹聴するスキルだとでも?⦆
そうですよね!
そんな事しませんよね!
⦅まぁ、誰にでもうっかりはありますが⦆
どうかお願いします!
俺の尊厳をどうか守って下さい!
セミナスさんと話している内に、気付けば竜の数が増えていた。
具体的には、五体に増えて俺たちを取り囲んでいる。
………………。
………………ふんっ!
おっと危ない。
今度こそ漏らすところだったけど、何とか我慢出来た。
⦅頑張りましたね⦆
ありがとう。
今は素直にその言葉を受け取るよ。
危機を回避した事に安堵していると、最初に現れた竜が声をかけてくる。
「矮小な者共よ。これより先は我らの領域。無断で立ち入る事は許されない」
……喋ったぁ~! 竜が喋ったぁ~!
何かこう凄くない?
感動を覚えているよ、俺は。
異文化交流というか、異種族間交流というか、そういうのを目の当たりにしているような気がする。
言葉って大切だね!
この世界に来て、つくづくそう思うよ。
うんうんと頷く。
⦅吸血鬼たちの事は……いえ、本当に受け入れるのが速いですね⦆
セミナスさんが何か言ったような気がするけど、それを気にする前にアドルさんが竜へ声をかける。
「無断なのは申し訳ございません。ですが、こちらも急ぐ身の上。どうか、通行を許して頂けないでしょうか? もちろん、無用な争いを起こすような真似をするつもりはありませんし、敵対するような愚かな事も致しません」
「その言葉を信じろというのか?」
「信じて頂く事しか出来ません。全てはこの世界のために」
「世界のためとは大きく出たな」
竜が値踏みするようにアドルさんを見る。
おぉ、あのアドルさんが低姿勢だ。
それだけ、竜という存在は恐ろしく、敵に回したくはないという事か。
ところで、この状況はセミナスさんの想定通りなのだろうか?
アドルさんとインジャオさんがここをどうにかするそうだけど、どうなるんだろう。
⦅問題ありません。そろそろアレが出て来ますので⦆
アレ?
何が? と思っていると、空から声が響く。
「世界のためとは面白い! では、私が貴様たちの品定めをしてやろうではないか」
視線を向ければ、竜が更にもう一体追加された。
この場に居た五体の竜よりも体格が一回り大きい黒色の竜。
『DDの兄貴!』
「「「DDっ!」」」
……ん? あれ?
俺以外の全員が知っているようだけど……。
竜の方はわかる。
だって同じ種族だし。
兄貴呼びという事は、上の立場という事も。
でも、アドルさんたちも知っているというは、有名な竜って事?
それならそれで、失礼のないように説明をお願いしたいんだけど。
出来れば、握手とかサインとか貰えないかな?
親友たちに会った時、自慢したい。
……自慢になるかわからないけど。
「……なるほど。確かに、私とインジャオが道を切り開くな」
「そのようですね」
アドルさんとインジャオさんも何か納得している。
事情がわからない俺だけ置いてきぼりでちょっと寂しい。
と思っていると、俺たちを取り囲んでいた五体の竜が、いつの間にかDDと呼ばれていた黒い竜から少し距離を開けた後方に控えていた。
「私たちも下がりましょう」
ウルルさんに先導されて、俺もアドルさんとインジャオさんから距離を取る。
アドルさんは、DDと睨み合っていた。
インジャオさんは、まるで先手は譲るとでもいうように少し下がっている。
ただならぬ雰囲気に、自然と喉が鳴った。
品定めって言っていたけど、もしかして、これから戦いが始まるのか?
………………。
………………。
えっと、もう少し離れても良いですか?
どう考えても、戦闘の余波で吹き飛びそうなんですけど。
不安そうにウルルさんを見ると、ニッコリと笑みを向けられた。
「大丈夫。アドル様とインジャオなら、きっとDDにも認められるから」
……俺の心配は?
念のため、とりあえず気持ち半歩分下がる。
本当に大丈夫だろうか?
⦅問題ありません。その場で見ていればわかります⦆
セミナスさんがそう助言してくれたので、そのまま見ておく事にした。
すると、気付く。
いつの間にか、五体の竜がそれぞれ何かを持っている。
あれは……と、きちんと確認する前に、竜の一体が両手に持っている細長い棒をぶつけて、チッチッチッと鳴らす。
アドルさん、DDがその音に合わせて首を振り、インジャオさんは小さく足踏みしている。
そして、戦いは戦いでも、ダンスバトルが始まった。
………………。
………………。
………………。
ん? んん? んんん?
改めて見れば、五体の竜はそれぞれ楽器を持って、アップテンポの激しい曲を奏でている。
アドルさん、DDは曲に合わせて……多分ブレイクダンス。
いや、俺はそういうのに詳しくないからよくわからないけど。
……意外過ぎて事態に付いていけない。
ふと、思った事をウルルさんに尋ねる。
「ウルルさん、もしかしてDDって……」
「そう。DDは略称。元々は鱗の色からわかるように、ダークドラゴンを略した意味だった。でも、今は違う。『ダンシングドラゴン』。それが今の、略さない呼び方よ」
………………おぉ。
何とかいうか、それで良いのか、竜よ。
でも、でかい図体で器用にブレイクダンスしている。
アドルさんも。
「ちなみに、DDと呼ばれる事が多いけど、中にはDDとか、DDとか呼ぶのも居るそうよ」
うん。そんな情報は特に要らない。
「アドルさんたちも知っていたようだし、有名な竜なんですね」
「えぇ。竜王の次に名が知られている竜と言われているわ。何しろ、まだマシだからね」
「マシ?」
「それはそうでしょ。まともな戦いをすれば、普通は竜に勝てる訳ないんだから」
……なるほど。
………………なるほど?
でもまぁ、命のやり取りじゃないだけ、まだマシだと思える……かな。
その分、何か判断が厳しそうだけど。
「……ちなみに、これっていつ終わるんですか?」
「さぁ? DDが納得するまでだから、いつになるかは……」
とりあえず、ウルルさんから休憩時間を挟むと言われたので、その辺りの準備を一緒に始めた。




