もう威厳は感じられません
今日行われるのは準決勝。
その第一試合。
ウルルさんと猪の男性獣人さんの戦い。
考えていたよりも早く終わる。
猪の男性獣人さんが捕らえられないくらいにウルルさんの動きが速く、しかも一発一発も重いときて、一方的にボコッて終了。
観客はウルルさんの強さに歓声を上げていたが、俺は洒落にならないと思った。
何しろ、ウルアくんに勝った場合、次の決勝で当たるのがウルルさんである。
……いやいや、まだそこは考えない。
そもそも、ウルアくんに勝ったらの話だ。
今はウルアくんとの戦いに集中しないと。
ただ、何かしらの危機感を覚えたのは俺だけではなかった。
「……絶対……勝ってくれ……期待している」
舞台に移動する前、ウルトランさんに呼ばれ、真剣な表情でそう言われる。
えっと……俺が負けた場合、ウルアくんがウルルさんとやり合う事になるから、姉弟対決になるのを心配して?
それとも、この懇願はその先の勝敗を見据えていて、自分がウルルさんとやり合いたくないとか?
間違いなく全力でぶん殴られると考えて……とか?
……親って大変だな。
……まさかだけど、ウルルさんとやり合った場合の負ける可能性を心配している訳じゃないよね?
そんな問いかけの意味を含めて視線を向けると、ウルトランさんは目を合わせてくれない。
……父親としての威厳を守るために、と思っておこう。
懇願してきた時点で、俺の中では威厳を感じられないけど。
でも、俺もいずれはこんな風になるのだろうか?
う~ん。わからん、
想像がつかない。
とりあえず、ウルアくんとの約束もある事だし、全力を尽くします、とだけ告げて舞台に向かう。
ちょっと遅れたけど許容範囲内。
舞台上でウルアくんと対峙する。
「宜しくお願いします」
綺麗におじぎしてそう言うので、俺も同じように返す。
う~ん。良い子。
⦅気を付けて下さい。外見や中身は愛玩そのものですが、その強さは化物ですので⦆
化物て! と思うと同時に開始の合図。
心の準備が!
ウルアくんが大剣を構えるので、俺も合わせるように構える。
今回も前回同様、無手だ。
セミナスさん曰く、盾を持っても、ウルアくんの大剣の前では鉄扇以上に無意味らしい。
盾ごとサクッと斬られるそうだ。
うーん。怖い。
俺も伝説の盾とか、それくらい強固な盾を手に入れた方が良いのかもしれない。
回避だけでは駄目な時が来るかもしれないし、そういう時にも対応出来るように。
安全上の理由で。
⦅その心掛けは素晴らしいですが、物事には順序というモノがあり、また今はない物ねだりをしている場合ではありません。目の前の相手に集中して下さい⦆
その通りだ、とウルアくんを見る。
「昨日は目を閉じていましたけど、今日は良いのですか?」
どうやら昨日の戦いを見られていた模様。
「そうだね。閉じるかどうかは……俺にはわからない」
だって、セミナスさんからそういう指示はまだ出てないし。
「もし、目を閉じている状態が本気の証であるのなら、安心して下さい。僕は本気を出すに値すると証明してみせますから」
一気に詰め寄って来るウルアくんが、大剣を俺に向けて振り下ろしてくる。
横っ飛びで回避。
⦅ジャンプ、もしくはしゃがんで下さい⦆
着地した瞬間にジャンプを選択。
ベリーロールのような形で横薙ぎに振るわれる大剣を回避。
……今のどういう事?
大剣は振り下ろされていたと思うんだけど?
⦅完全に振り下ろされる前に、腕力で無理矢理軌道を変えてきました⦆
何それ怖い。
ウルアくんを見ると、大剣を担ぎ、これぐらいは避けて当然ですよね? みたいな視線を俺に向けている。
過度な期待というモノですよ、それ。
俺単体だと、さっきので終わっていましたから。
ごくり、と喉が鳴る。
「それでは、もっともっと速度を上げていきますね」
「出来れば今のままが良いかな!」
俺の言葉は届かなかったのか、それとも聞き入れてくれなかったのか、ウルアくんの攻撃速度がぐんぐん上がっていく。
避けるのとセミナスさんの指示に従うのに必死過ぎて、こちらから攻撃する暇がない。
それに怖過ぎる。
前回の鉄扇と違って、大剣は目に見えて凶器そのものだ。
迫力も段違いなので、精神の消耗が激しい。
何より、大剣を振り回している分、ウルアくんの方が体力的な消耗が大きいはずなのに、一切疲れた様子が見えない。
汗すら掻いていないくらいだ。
その小さな体のどこに、それだけの体力が内蔵されているんだろう。
ウルアくんがそんな感じなので、このままだと先に一息吐くのは俺の方が先っぽい。
セミナスさんもそう言っている。
⦅はい。言いました⦆
でも、昨日より楽だと思えるのはなんでだろう?
なんというか、昨日と違って、避けるのに一呼吸置ける感じ?
⦅攻撃速度の違いです。大剣は鉄扇に比べて大きいですので振るう速度が遅いのです。ですがその分、威力と攻撃範囲など、鉄扇よりも優れている部分があるのも事実です⦆
なるほど。解説ありがとう。
でもその前に、一息吐きたい。
きちんと解説を聞くためにも。
なので、一旦距離を取るために、振るわれる大剣に合わせて、ダメージを受けないように平らな剣身部分を蹴り、その勢いを利用して跳び、一気に距離を取る。
思いの外、跳んでしまったけど、広い舞台でよかった。
狭い舞台なら普通に場外だったかもしれない。
それでも距離が出来たという事もあり、ふぅ~……と一息吐く。
空気が美味しい。
「お疲れですか?」
ウルアくんの問いかけに、笑顔で答える。
「まさか! まだまだ余裕さ!」
年上としての意地で答える。
本当はもう休みたいです。
だらだらしたいです。
でも、そんな姿は見せません!
「……我慢していませんか?」
「していません!」
俺の周りは鋭い人が多過ぎるな。
⦅マスターがわかりやすいだけかと⦆
そんな事はないと思いたい。
「それなら良いですが、これからもっと大変になりますよ? 僕は先ほどの攻防で一つわかった事がありますので」
「一回やり合ったくらいで俺を理解したとか言わないで!」
「………………」
………………。
あれ? なんか変な事を言った?
ウルアくんも戸惑っているようだけど?
⦅気にしないで下さい⦆
いや、でも観客席の一部の女性陣から、キャーって急に喜ぶような声が上がっているけど?
⦅気にしないで下さい。他の人より妄想が進んでいるだけですので。これも一つの進化です⦆
なんか壮大な話になってない?
あと、エイトが両腕を使って大きな丸を表現しているのも気になる。
⦅今は目の前の戦いに集中!⦆
あっ、はい。
強引に話を変えられたと思うのは、気のせいだろう。
俺は再び構え、ウルアくんに声をかける。
会話で少しでも体力を回復しないと。
「それで、俺の何がわかったの?」
「……こほん。簡単な事です。動きが速い上に、完璧とも言える正確な回避ですから、僕の大剣では捉える事が出来ないという事です。何しろ、振っていたのでは間に合わない」
みたいですね。
「なので、こうします」
笑みを浮かべて、ウルアくんが大剣を場外に放り投げた。
綺麗に飛んで行き、大剣が場外に落ちると、ズゥン! と地響きが起こる。
……あんな重いのを高速で振り回していたの?
ウルアくんが拳を握って構えた。
その姿が妙に様になっている。
「……えっと、もしかしてだけど、拳術も出来るの?」
「はい。常に武器を持って戦える訳ではありませんので、そういう時のために」
「そっかぁ……」
「それでは、いきますね」
無手のウルアくんが襲いかかってきた。




