誰にだって落ち込む時はある
王城に着き、ロイルさんと宰相さんは自室に向かい、俺たちは王族の私室に向かう。
ウルトランさんに視線の意味を尋ねようと思ったからだったが、私室に入った時によくわかった。
「ふふふ……期待以上の強さでしたよ、アキミチ殿」
待ち構えていたフェウルさんに腕を取られて捕まった。
ただ、その目にはある種の欲というか、完全に俺をロックオンしているように見える。
そんな視線を向けてくる理由を知りたい。
そう思っていると、ウルトランさんが俺の肩にポンと手を置く。
「獣人が強さを尊ぶという事は知っていると思うが」
「え? あっ、はい」
「フェウルはそれが他のより強くてな。何しろ、同年代、もしくは近しい年代の中に、自分と同程度かより強い者が居ないのだ。確実にフェウルよりも上であるウルルは居ないし、弟のウルアは姉として守るべき存在だという認識。そんな中で現れたのが、攻撃が一切通用しなかったアキミチだ」
「……はあ」
生返事しか出来ない。
ウルルさんもうんうんと頷いている。
「普段はそんな素振りは一切見せないのだが、気に入った相手が現れると執着を垣間見せるようになったのだ。ただ、どんな相手でも垣間見せる程度だけだったのだが、ここまで直接的なのは初めてだな。余程アキミチの事を気に入ったようだ」
「もう! 全部言わないで下さい! 折角ウチから教えようと思っていたのに」
「すまんすまん」
ウルトランさん。娘の怒り顔を見て頬を緩めている場合じゃないと思うけど?
いや、関係ないっちゃ関係ないから、別にそれでも良いのか。
でも、なんか納得出来ない。
「あの、アキミチ殿」
フェウルさんがモジモジしながら、上目遣いで声をかけてくる。
なんか色香が発散しているように見えるのは気のせいかな?
「父が全部言ってしまいましたけど……ウチも戸惑っているのです。こんな気持ちは初めてで……だからアキミチ殿。ウチと存分にやり合ってくれませんか?」
フェウルさんが妖艶な笑みを浮かべて誘ってくる。
アドルさんたちやウルトランさん一家が、ニヤニヤしながらこっちを見ているけど放置。
今はフェウルさんにどう答えるかである。
そもそも、フェウルさんがどれだけ色香を撒き散らそうが、俺には通用しない……訳ではないかもしれないが、今は違う。
何しろ、フェウルさんが手に持っている鉄扇を、俺に向けて見せてくるのだ。
それだけで、フェウルさんが俺に何を求めているのかがわかる。
戦闘欲求かっ!
という訳で、わーい! モテた! とはならない。
寧ろ、どこかのエルフ……シャインさんを思います。
元気にやっている……のは間違いないか。
……親友たちよ。強く生きてくれ。
なので、俺の当面の問題は、目の前の戦闘意欲満々のフェウルさんだが、シャインさんの時とは明確に違う事がある。
「離れて頂けますか?」
エイトがフェウルさんを俺から引き剥がし、そのまま立ちはだかった。
「邪魔をするの? エイトちゃん」
「もちろんです。エイトはご主人様のメイドですので」
雰囲気的には二人の間に殺伐としたモノが流れているんだけど、ウルトランさん一家の視線が優しい。
特にフェウルさんのお母さんであるフェリクスさんは、娘の成長を喜ぶような目だ。
……これって成長っていえるのか疑問。
「つまり、エイトちゃんを倒さないと、先に進めない訳か」
「はい。その通りです」
そう言った二人の両手は、ゆっくりと円を描くように動き出した。
……牽制し合っている?
「ウチとアキミチ殿は、バチバチにやり合いました!」
「ご主人様にお姫様抱っこで闘技場に連れていって貰いました」
………………。
………………。
ガクッ! とフェウルさんが片膝をついた。
「負けた。これが積み上げてきた年月の違いですか」
「勝利!」
エイトがバンザーイ! と両手を上げる。
いや、なんの勝負よ。
フェウルさんは直ぐに立ち上がって、エイトに詰め寄る。
「まずはアキミチ殿の事をよく知るところから始めましょう。詳しく教えて頂けますか?」
「良いでしょう。ご主人様の事をよく知るエイトが教授してあげます」
いやいや、待て待て。
エイトが俺の事をどれだけ知っているというのか気になる。
……セミナスさんだったらサラッと読み取ってそうだけど。
⦅………………⦆
答えない辺りが、より真実味を増している。
まさか、本当に読み取っているの?
もしかして、俺も知らないような事を知っているとか?
⦅………………⦆
答えないって事は、知っているって事だと思うけど?
今度、セミナスさんと詳しい会話を試みないと、と思っていると、部屋に入って来た兵士さんに呼ばれる。
「アキミチ様でしょうか?」
「はい。そうですけど……え? 何かやらかしてしまいました?」
「いえ、そういう訳ではなく、呼び出しといいますか、確認をお願いしたいのです」
「……確認?」
俺の問いかけに、兵士さんが扉に向けて合図を送る。
すると、他の兵士さんたちと連れ立って、ワンが入って来た。
しかもどこか落ち込んでいる様子。
「お知り合いで間違いないですか?」
「間違いないです」
ワンを引き取ると、兵士さんたちは出て行った。
「………………」
というか、本当にワンが大人しい。
「えっと、どうした?」
「……負けちまった……あたい、負けちまったよ……主ぃ~」
ワンが俺に抱き着き、そのままワンワンと泣き出した。
……いや、ギャグじゃなくて、本当に。
う~ん。本調子じゃなかった! とかで片付けそうだと思っていたのが、どうやら違うらしく、相当気にしているようだ。
「姉ばかりズルいです!」
「うおっ!」
急にエイトが後ろから抱き着いてきた。
バ、バランスが!
時と場合を考えて!
「ウチも参加した方が良いかもしれませんが、王族としてそのような真似は……でも……」
揺れる視界の中で、フェウルさんが何やら悩んでいる姿を目撃する。
別に悩むような事ではないと思うので、そのままでお願いします。
とりあえず、今優先すべきはワンである。
こういう時はしっかりと話を聞くべきだと思うので、アドルさんたちとウルトランさん一家に断りを入れて、ワンとエイトと共に寝泊まりしている部屋に行く。
食事も部屋に用意して貰う。
「たんとお食べ。落ち込むのも元気になるのも、どちらにしても力は必要だ。なので、いただきます」
「「いただきます」」
三人で話しながら美味しく食べる。
そのあとは、ベッドの上で思い思いに座り、色々と話し合った。
といっても、そのほとんどは雑談だったけど。
これで少しでもワンが元気になってくれれば良いのだが……。
そうしている間に、いつの間にか眠ってしまった。




