わかりやすい人はわかりやすく、察する人は察する
二回戦第四試合開始前。
舞台に立ち、フェウルさんと対峙する。
フェウルさんはこれまでと変わらず両手に鉄扇を持っているが、今回俺は無手だ。
なんでもセミナスさん曰く、そもそも盾を持っても無意味らしい。
無意味な理由は簡単。
俺が持っている盾では、フェウルさんの鉄扇を防げないと断言されたから。
なので、防げない中途半端な盾で防御に徹するよりも、持たずに回避に徹した方が良いそうだ。
それでも念のために持っておいた方が良いと思うけど、身軽さを優先したいとの事。
避けきれるだろうか……不安。
「ふふ……」
えっと、どうして俺を見て含み笑いを?
一気に不安になるんですけど。
もしかしてだけど、笑っちゃうような顔って事?
その可能性は否定したい。
それとも、朝食の食べかすが口に付いているとか?
いや、まさか……ソースとか?
もしそうなら、今どれだけ恥ずかしい思いをしているの? 俺。
さりげなく、手でサッと拭ってみて確認。
……うん。何も付いていない。
食べかすやソース類ではない事にホッと安堵。
いや、待って。
それだと残る可能性が笑っちゃう顔しかないって事になるんだけど?
でもそれだと、昨日の時点で笑っているだろうし……他の可能性が高い。
……そもそも、どうして今笑ったんだろう?
その事を不思議に思っていると、フェウルさんが口を開く。
「ふふ……ウチが笑った事が、そんなに気になりますか?」
「え?」
どうしてバレた?
もしかして、心を読めるスキル持ちで、俺の心情がおかしかったとかか?
「心を読めるスキルなんてもっていませんよ」
――っ! いや、持っているでしょ!
実際に何も言う前に答えているし!
「本当に持っていませんから。アキミチ殿の表情から読み取っているだけです。隠し事が出来ない、正直な方ですね」
そんなにわかりやすいかな?
自分では見えないからわからない。
でも、親友たちや、この世界の人たちからも似たような事を言われているし、わかりやすいという事で間違いないのかもしれない。
「……それで、どうして笑ったんですか?」
「我慢出来なくて」
「……我慢?」
そういう時は、寧ろ「んっ」という表情になりそうだけど?
「はい。父の推薦という事もあって、アキミチ殿の事は予選から注目していました」
あぁ、そういえば、予選を見ていたとか、そんな事を言っていたっけ。
「それと、昨日の本選の試合を見て、ウチの中で確信したのです。あぁ、この人になら全力を出しても受け止めてくれるだろうと」
……なんだろう。
危険な予感。
「いえ、出来れば全力はやめて欲しいです」
思いを言葉にしてみる。
全力を回避出来るなら回避したいです。
俺の返答にフェウルさんはニッコリ笑顔。
もしかして――。
「駄目です。もうウチの中で決めました」
駄目だった。
でも、それは一方的過ぎませんか?
もっとこう、双方向での話し合いを希望します。
人は話し合いで物事を解決出来る知性があるはず!
「二回戦第四試合、始めて下さい!」
審判っぽい人がそう叫ぶ。
いや、待って! まだ始めないで!
心の準備が出来ていないし、そもそもまだ話し合っているでしょうが!
「獣王家は強さを尊びます。だからこそ、自分が求める強者が現れると喜びが抑えられない」
そう言って、獰猛な笑みを浮かべたフェウルさんが、鉄扇の一つを俺に向かって全力投擲。
受けと、違う!
咄嗟に身を翻して回避。
鉄扇は舞台と衝突し、激しい衝突音と土煙を上げる。
……えっと、鉄扇が舞台に刺さっていますけど?
これまでの激しい戦闘でも特に傷付いた様子がなかったから、相当頑丈な舞台だったはず。
……だけど、そこに刺さるのか。
まともに受けたら爆散するんじゃないだろうか?
⦅ですから、中途半端な盾は必要ないのです。それと、なるべく思考を逸らさな、左に飛び込み前転!⦆
とぅ!
セミナスさんの言葉で左方に向かって飛び込み前転。
すると、先ほどまで俺が立っていた場所に黒い曲線が走った。
いつの間にか接近していたフェウルさんが鉄扇を振ったようだ。
でも、問題はそこじゃない。
「いきなり頭部狙いって怖い!」
「あら? 全力ですもの。一撃で仕留めにかかる、もしくは一撃で沈めるだけの威力を込めるのは当然です」
頭部が爆散したらどうするの!
そう抗議しようとしたが、その前にフェウルさんは俺から距離を取った。
投擲した鉄扇を回収して、フェウルさんが再び両手持ちに。
………………しまったぁ!
回収しておけばよかった!
少なくとも、盾では防げないけど、同じ鉄扇であれば鉄扇を防げたはず。
⦅諦めて下さい。あの鉄扇が見かけ以上の高威力なのは、その分超重量だからです。マスターでは持ち上げられません⦆
それは俺が非力だって言いたいのかな?
⦅………………⦆
おっと、それは認められないよ、セミナスさん。
これでも、鍛えているんだから、米三十キロの袋は持てるはず!
⦅………………⦆
………………あれ? もしかして足りない感じ?
⦅マスター! 後方にずれながら回避を! 左、中央、左……⦆
後方にずれながら回避し続ける。
もちろん、そのまま後方にずれていくだけでは場外の危険も出てくるので、左右にもずれて広い舞台上を縦横無尽に使う。
時折ギリギリで回避する事もあるのだが、ぶおんぶおんと聞こえる風切り音が非常に怖い。
「はははっ!」
しかも、途中から嬉しそうに笑いながら攻撃してくるようになった。
それも怖い。
なんていうか、こう……避け続けるモノだから、俺がどこまで避け続ける事が出来るのかを試しているような感じ。
考えたくはないけど、シャインさんと同じ匂いがするというか、同類の予感がする。
それに危険な状況だ。
前回同様、体力は相手の方が上のようだ。
フェウルさんは鉄扇を振り回しまくっているのに、疲れた様子が一切見えない。
寧ろ、俺の方が一息吐きたいと思っていると、フェウルさんが攻勢をやめて口を開く。
「凄いですね。あと少しで当たるというところで避けられてしまいます。こちらも惑わせるように攻撃速度をその都度変えているのに、全てに適切な対応を取られてしましました。ここまでウチの攻撃を避け続ける事が出来るなんて、その回避能力の高さは正に称賛に値します」
ありがとう、と言った方が良いのだろうか?
でも、そもそもこの回避能力はセミナスさんあってのモノ。
俺自身の称賛としては、ちょっと受けづらい。
「だからこそ、次はアキミチ殿の攻勢を見たいのですが、見せて頂けないのですか? それとも、ウチは見せるに値しないと?」
いや、そういう訳ではないというか、単に攻撃の類が苦手というだけなんだけど……説明して納得してくれるかどうか。
寧ろ、火に油を注ぐだけのような気がしないでもない。
⦅その問題は既に解決しています⦆
……あっ! 目を閉じろと?
⦅はい。怖いでしょうが、私を信じて頂けるのであれば⦆
そんなの決まっている。
俺はゆっくりと目を閉じた。




