減るのは簡単で、増やすのは難しい
手を振りながら舞台を降り、出入り口の一つに入ると、兎の女性獣人さんから「おめでとうございます」と声をかけられた。
誰? と思ったが、大会運営員の一人らしい。
予選通過者の証だという玉を受け取る。
玉には「8」と書かれていた。
受付カウンターでやったくじ引き用の玉の使い回しかな?
予選が終わった直後に使うのと、帰らないようにとお知らせを受ける。
え? 自分が出る予選は終わったのに、帰っちゃ駄目なの?
いやまぁ、このあと貴賓席に戻るつもりだから、別に帰らないんだけどね。
とりあえず、了解と返して、貴賓席に戻る。
……あー。
⦅左に曲がり、突き当たりに階段がありますので上に行って下さい⦆
了解、と返して移動開始。
通路を進んでいく中、解説実況から第九ブロックが始まった事がわかる。
そこで足がとまった。
えーと……セミナスさん。
⦅はい。なんでしょうか?⦆
屋台というか出店から良い匂いがするんですけど?
⦅今の私に嗅覚はありませんので、肯定しづらいですが、どうやらそれなりに高価な肉の串焼きに自家製のタレを絡ませ、値段はギリギリまで抑えた店のようです⦆
自家製かぁ……。
嗅覚が刺激される匂い。
買っていっても良いかな?
⦅私に聞かれても困りますが、購入するのであれば吸血鬼の分なども一緒に購入する事を推奨します⦆
お土産みたいなモノね。
幸いにしてと言うべきか、アイテム袋は常備しているので、そこにある程度の金は入っている。
お小遣いみたいなのが。
……こういう時のために、もっと金額を上げて貰おうかな?
このお土産で交渉してみよう。
という訳で、まずは味を確認するために一本購入。
匂いが良いからといって、美味しいとは限ら……美味いな、これ。
肉もそうだけど、タレも普通に美味い。
俺の嗅覚が正しかったと証明された。
⦅大抵の者が正しかったと証明出来ると思いますが?⦆
でしょうね。
とりあえずお土産用に何本か買い、ついでに果汁100%の飲み物も買って、完全に観戦モードで貴賓席に戻った。
もう俺の出番はないしね。
貴賓席では、相変わらずエイトと宰相さんが何やら話し合っていた。
ワンの姿が見えないので、今日は戻って来ない可能性が高いと思う。
多分、羊の女性獣人さんか、兎の女性獣人さんのどちらか……いや、その両方と一緒に居るというのが、一番可能性が高そうだ。
「……おっ、どうやら戻って来たようだな、アキミチよ。正直通用するほど強く見えなかったが、見事な勝利であった。我の推薦として出した甲斐があったぞ」
そう言いながら、ウルトランさんがパチパチと拍手を送ってくる。
ウルトランさんの行動で気付いた貴賓席の他の人たちも、同じように拍手を送ってくれた。
それは別に良いというか嬉しいけど、問題は今の俺。
片方の手には串焼きたくさん。
もう片方の手には飲み物。
うん。戦って勝利した者の姿じゃない。
いや、これもある意味では勝利者か?
……そうじゃなくて。今は拍手に対する返礼をしないと。
とりあえず、手は振れないので頭だけ下げておいた。
あと、俺は知っていますよ?
ウルトランさんが俺に気付いたのって、この肉の串焼きの匂いに反応したからですよね?
声をかける前に鼻がひくひくしていたし。
なので、どうぞと肉の串焼きを渡す。
もちろん、アドルさんにも。
「よくやった、アキミチ。というよりは驚いた。たった数日であれだけ動けるようになったのは……もしや?」
「えぇ、身体の神様を解放しました。あと、お土産です」
こそっと説明して肉の串焼きを渡す。
アドルさんは合点がいったかのように頷く。
そしてチャンスは今。
「今後もこういう事があるかもしれないですし、俺のお小遣いを」
「美味いな、この串焼き」
「ですよね。俺もそう思ったからこそ買ってきまして、なのでついでに俺のお小遣」
「どこで売っていたんだ?」
「えーと、確か下に下りてぐるっと回った通路の先に……」
慣れない場所で説明するのは難しいな。
考えながら自分の席に座るついでに、エイトと宰相さんにも肉の串焼きを渡しておく。
ロイルさんはまだ起きていなかったので……宰相さんにもう一本。
「申し訳ございません、アキミチ殿。私には既に心を捧げた妻が居ますので」
「肉の串焼きを渡しただけでどういう解釈よ?」
宰相さんの発言に呆れた目を向けていると、エイトが空いている方の手を俺に向けてくる。
「えっと、足りなかった?」
「愛が足りません」
それを足すのは難しいなぁ……。
「……新しいのを買ってこようか?」
そう提案する。
普通は逆かもしれないけど、俺は別に気にしないよ?
しかし、エイトはそうではないと頭を左右に振る。
「残念ながら肉の串焼きを多く貰えなかった事により、何やら負けた気分です」
別にそんな気分にならなくても良いし、そもそもなんの勝負で?
「ですので、別のモノを要求します」
「別のモノ?」
エイトが指し示したのは、飲み物の方。
「いや、これは飲みかけだから、新しいのを」
「それが良いのです」
「いやいや、なんなら俺のお小遣いで新しいのを」
「NO、MORE、NEW飲料」
断固拒否の構え。
そこまでしてこの飲みかけが欲しいの?
そう思っていると、宰相さんが声をかけてくる。
「まぁまぁ、宜しいではないですか、アキミチ殿。愛するメイドからのお願いなのですから、それを叶えるのも主人の務めというモノ。なんでしたら、アキミチ殿は飲みかけをエイト殿に私、アキミチ殿には私が新しいのをご用意しましょうか?」
「いや、宰相さんは関係ないよね? それにロイルさんじゃないけど、宰相さんが用意する飲み物は、なんか入ってそうで怖い」
「まさか! 危険なモノなど一切入れません。早くお世継ぎをお願いしますと、わからないように無味無臭の安全な精力剤を適量入れる程度です」
「入れているじゃねぇかよ!」
試そうとも思わないので真実はわからないが、ロイルさんはまだまだ苦労しそうだな、と思った。
とりあえず、飲みかけが欲しいそうなので、手に持っていた飲み物はエイトに渡しておく。
そんなやり取りをしている間も予選は次々と進んでいき、アドルさんから注目選手として見ておいた方が良いと教えられた人は、大体予選を通過していた。
その中でも、ちょっと他の獣人さんたちとは格が違うと思えたのが、第十二ブロックの予選通過者。
簡単に言えば、ウルルさんの弟くん。
白髪に犬耳、少女と言っても通用しそうな幼く可愛らしい顔立ちに、まだまだ子供だと思わせるような小さな体付きに、ふっさふさの尻尾が出ている。
筋肉、ついてる? プニプニじゃない?
ただ、服装がマント付きの王子様ルックなのが気になる。
いや、もの凄く似合っているんだけどね。
名は「ウルジュニア」。
愛称は「ウルア」らしい。
このウルルさんの弟くん……身の丈に合わない大剣を振るっていたのだが、相手が防御を固めていようがお構いなしにフルスイング。
まずフルスイング出来る事に驚くのだが、その上で威力も絶大なので中途半端な防御は無意味って感じ。
ウルルさんの弟くんが大剣をぶんぶん振るい、それで打ちのめされるか、場外まで吹っ飛ぶかの二択しか存在しなかった。
それだとただ力が強いだけになるが、回避、防御、立ち回り方なども上手く、無傷で勝っている。
⦅問題ありません⦆
……ん? セミナスさんのその反応……もしかして戦う事になるのかな?




