偶には交ざりたいと思う時がある
空から舞台上に舞い降りて来たのは、黒い竜だった。
つまり、DD。
目を瞑って眉間を揉む。
再度確認……うん。居る。
舞台上で空を指差すようなポーズを取っていた。
そしてどこからともなく鳴り響き始める音楽。
うん。どこかにジースくんたちが居るな。
音楽に合わせてDDがダンスを始めるが、なんか聞き覚えがある音楽だ。
というよりは、観たような感覚……観た?
観たって感覚はおかしくないか?
それこそ、MVやCM、映画とかじゃな……映画?
そこで思い出した。
ダンスの研究だと、詩夕や常水と一緒に観た古い映画のワンシーン。
流れている音楽はディスコミュージック。
目に映るのは、DDの見事なツイスト。
色々言いたいが、とりあえずアレだな。
詩夕と常水はその音楽とダンスをよく覚えていたな、という事だろうか。
そして音楽が終わろう……あれ? 最初に戻ってリピート? 二周目?
しかも、今度はDDだけじゃなく、観客や貴賓席に居る人たちも一緒に。
つまり、ウルトランさんやルルシャさんに、偉そうな人たちやメイドさんたちも。
くっ、またこの流れか。
相変わらず周囲を簡単に巻き込む。
俺が神様解放している間に来て、教えたんだろうけど、それでも順応が早過ぎる。
いや、この世界の人たちは元々そうだった。
しかし、まだ希望はある。
神様解放に行ったのは、俺だけではなくエイトとワンも一緒だ。
エイトも対応出来ていないはず……見事なツイストだった。
予め習っていたのではないかと思えるくらいに上手い。
でも無表情。
そうしろって言われたのかな?
視線をずらせば、アドルさんだけじゃなく、宰相さんと、いつの間に気が付いたのかロイルさんもだった。
ロイルさんは反射的に、って感じに見えるけど。
ここからは見えないけど、ワンとか控えている出場者も同じように踊っているような気がする。
……それにしても、俺だけ置いてけぼりというか、観客扱いか。
それならいっその事、俺も踊った方が良いかもしれない、と思えてくる。
⦅私も居ますが?⦆
そうね。セミナスさんも踊ってはいない。
でもそれは体がないからだ。
もしあれば?
⦅ストレス発散や運動不足解消、肉体維持に良いかもしれませんね⦆
踊る気満々って事ね。
この世界の人たちは踊る事が大好きなんだな、と思う。
そんな事を思っている間に音楽が終わり、終わりに合わせて全員が同じポーズを決める。
目線は何故か俺に向けて。
………………。
………………。
「ブラゥボー!」
パチパチパチ……とたった一つの乾いた拍手がこだまする。
期待するような視線に耐えられなかった。
次の瞬間、ワッ! と一気に盛り上がる。
盛大な歓声を一身に受けるように、舞台上でDDが両手を上げて周囲を見回していく。
観客や貴賓席に居る人たちは、慣れた様子で拳を打ち付ける挨拶を交わしていき、互いのダンスを称え始める。
順応力たっけぇなぁ。
この輪に加われないのが少し寂しい。
とりあえず、俺は何故ここにDDが居るのかを知っていそうな宰相さんを見る。
ロイルさんは電池の切れた人形のように椅子に座って気絶していた。
……本当に条件反射だったの?
「アキミチ殿たちが魔族の国を出立した翌日。DD様たちが来られました。その時のロードレイル様の慌て振りは凄まじかったですね。もう国が終わると混乱し始め、私に助けを求めて王位を譲ると言ってくるくらいでしたから。まぁ、私は今の立場と地位が大変気に入っていますので、王位は要りませんと即お断りさせて頂きましたが」
視線を向けただけなのに、普通に察してきたな。
でも、ロイルさんの慌て振りはなんか目に浮かぶ。
「そもそも、ロードレイル様とアキミチ殿の別れ際の会話は聞こえていましたので、竜が来る事は知っていました。ロードレイル様も知っていたのに……やはり翌日という性急な訪問だったのがいけなかったのでしょうか?」
いや、それを俺に聞かれても困る。
DDたちの行動日程とか知らないし。
「なんの話をしていましたか……あぁ、そうそう。ロードレイル様と私が、何故ここに居るかでしたね」
視線だけでそこまで読み取るって……なんか気持ち悪い。
「視線だけではなく、相手の全身、特に表情で読み取っていますので、そういう感情を向けられるのは少々心外です」
なんかごめんなさい。
いや、この宰相さんに謝る必要があるとは思えないけど。
「謝罪は大切ですよ。それでここに居る理由ですが、簡単です。DD様たちの背に乗って、です」
まぁ、それしかないよね。
「ロイル様を無理矢理にでも巻き込ませ、DD様たちからダンスを習い、披露したいというのでここに。丁度武闘会の時期であった事を私が思い出しましたので」
つまり、諸悪の根源は宰相さんって事か。
「来た時は本当に残念でしたね。アキミチ様がどこかに出立した翌日、私たちがここに来ましたので」
セーフと思うべきか、アウトと思うべきか。
現状を考えると……引き分けという事にしておこう。
結局見せられる側になるのは避けられないだろうし。
「そして、アドミリアル様たちにも口添えして貰い、DD様たちをウルトラン様に会わせ、武闘会まで日があったという事もあり、余興の一つしてダンスを行おうと決まったのです」
で、こうなったと。
あれ? 別に俺のせいじゃなくない?
寧ろ、武闘会を思い出した宰相さんのせいだと思うんだけど?
「いえ、DD様たちが、アキミチ殿に是非とも見せたいと」
怪しいけど、これまでの俺の立ち位置を考えると否定出来ない。
別にわざわざ俺に見せなくても良いんだけど?
というか、俺を巻き込んでくれても良いよ?
……踊れる自信は一切ないけどね。
それにしても、よく許可したなぁ……と思って、ウルトランさんに視線を向けると――。
「ふむ……想定していた以上に盛り上がって、好評そうだな。これは一つ、大会として組み込んでも良いかもしれないな」
「そうね。良い考えかもしれないわ。戦闘や鍛錬以外で体を動かす良い機会かもしれない」
ルルシャさんと共にそんな会話をしていた。
好評なようで何より。
きっとDDも満足だろう。
ちなみに、ロイルさんが気を失っているのは、DDが直にダンスを教えた事による気疲れと筋肉痛が限界を迎えた結果、らしい。
宰相さん曰く。
そのDDは、そのまま舞台上から降りて、黒髪の美丈夫――人の姿となって、四方にある出入り口の一つに向かって歩いていく。
……多分だけど、空席があるのはDDとジースくんたち用な気がする。
そして、ウルトランさんが両手を上げると、場が一気に静まった。
大きく息を吸い、ウルトランさんが宣言する。
「ではこれより、武闘会を開催する! 予選を始めよ!」
その宣言で、再び一気に盛り上がる。
四方の出入り口の一つから続々と人が現れ、舞台上に上がっていく。
三十人くらいが舞台上に上がっているが、それでも舞台はまだ広々としている。
大きいなぁ……と思っていると、その中からワンを見つけた。
こっちに向けて手を振っていたので、振り返しておく。
他の人たちはもう身構えているけど余裕そうだな。
再び銅鑼が鳴り響き、予選が開始された。




