別章 詩夕たちと神様たち
詩夕たちの鍛錬の日々は続く。
それでも、これまでとは明確に違う部分があった。
心の在り方である。
これまでも真面目にやってきた事に変わりはない。
しかし今は以前よりも集中している、という表現が合っているだろう。
何よりそうさせるのは、目的意識。
これまでは生き残るために、ただ漠然と強さを求めていた。
だが、今は違う。
大魔王、魔王とまともに対抗出来るのは自分たちだけという事を聞かされ、それだけの力を求められた。
そこまで強くなれ、というラインを引かれたのだ。
目標を与えられたのである。
これまでなかったゴールのようなモノが設置された。
迷ったまま進んでいたところに、地図と方位磁石が与えられたため、あとはそこに向けて進むだけ。
ただ、それでも果てしない事に変わりはない。
ゴールはまだまだ先なのだ。
それでもゴールが見えない訳ではないので、それが今の詩夕たちのモチベーションの高さに繋がっていた。
そして、その手助けとなっているのが、シャインやカノートなどのこの世界の有数の強者たちと、神たちである。
「はい、という訳で、教えに来ました!」
「………………」
ビットル王国の王都、その王城の敷地内にある鍛錬場に、槍の神と弓の女神が現れる。
当初、ビットル王国に戻るまでの間、呼べば行くと槍の神が言っていたが、詩夕たちはどう呼べば良いのだろうとわからなかった。
まさか、普通に呼べば来る? と思ったが、いやいや神様なんだから、そう簡単じゃないでしょ? と考える。
実際は、普通に声に出して呼べば来る事が、詩夕たちがビットル王国に着いてから一週間後にわかった。
それが今。
何故今になってかというと、唐突に始まった常水と樹の弟子戦があったからである。
「……んー、なんか思っていたよりも遅かったね。何かあった?」
色々と察する槍の神。
既に代表者となっている詩夕が、槍の神に弟子戦の事を話す。
「……ふーん。なるほどねぇ……負けちゃったのかぁ。でも、そんなの当たり前じゃない? 結構な差が出来ているし。そう落ち込む事はないよ」
ポンポンと励ますように、常水の肩を叩く槍の神。
カノートはどこか悔しそうに、シャインは自慢するように胸を張る。
「それに、強くなるのはこれからだよ! 何しろ、俺が定期的に鍛えてあげるから! それだけでレベルアップ! 間違いなし! そこの彼にだって直ぐ勝てるようになるよ!」
槍の神が指差すのは、樹。
そう簡単に負けはしない! と樹は言いたかったが、その前に動いた人が居た。
槍の神の前に、シャインが瞬時に現れる。
「おいおい、ちょっと待てよ。それはアレか? 私よりもお前の方が優れているって言いたいのか?」
槍の神に向けて、シャインがメンチを切る。
「はははっ。そんなの決まっているでしょ。俺の方が優秀だと思うけどなぁ?」
「なんならまずは、私とやり合うか? ん?」
詩夕たちは、改めてシャインに戦慄した。
まさか、神にも喧嘩を売るの? と。
「どうやら知らないようだから教えておくけど、この世界の強者たちの中には、その力が俺たちに届く……つまり、神の領域に入っている人も居るよ。このエルフは、正にそう。といっても、自分が強いからといって、教えるのが上手いとは限らないけどね。このエルフは、正にそう」
「よぉし、その喧嘩、買った!」
そして詩夕たちの目の前で始まる、シャイン 対 槍の神 の戦い。
拳と槍の戦いだが、普通にバチバチとやり合い、拳が槍とぶつかる度に凄まじい風圧が周囲で暴れ狂う。
といっても、さすがに全力ではないのか、模擬戦程度にとどめているようである。
それでも、今の詩夕たちにとっては超常の戦いであり、いつか辿り着く強さの見本であるため、食い入るようにその戦いを見続けた。
この戦いは、手加減したままでは満足な決着は着けられないと双方が判断し、良い汗掻いたな、と思われるところでとまる。
ただ、これによって更なる鍛錬が行われるようになったのは言うまでもない。
特に、常水と樹に。
「良いかい。言ったように定期的に来るつもりだけど、普段は彼に教わるように。俺と同じくらい教えるのも上手いと思うから。それに、充分参考にすると良いよ。あれだけ完成している槍の技は、見るだけでも参考になるからさ」
「はい」
槍の神の言葉に常水が返事をする。
そこにカノートが声をかけた。
「あの……私も一緒で良いんですか?」
「良いよ! それに、もっと完成に近付けたいでしょ?」
「もちろんです。ありがとうございます」
「じゃあ、頑張ってこー!」
どことなく穏やかな空気が流れる。
だが、もう一方。
「わかっているだろうな?」
「……はい」
「一回勝ったからといって調子に乗るなよ? これからも弟子同士の戦いは続く。もしその中で負けるような事があれば……わかっているな?」
「……はい」
樹とシャインの方は、どこか殺伐とした雰囲気が流れていた。
そこで、ちょっとした疑問を浮かべる者が一人。
「私も『闇魔法』を習っているんだけど?」
「そもそも私の『闇魔法』は拳の補助的でしかない。弟子というには弱いな。師匠が欲しいなら、魔法を専門職にしているのを捜すんだな」
天乃の疑問に、シャインはそう答えた。
そんな中、関係者のほぼ全員が驚くという事態が起こる。
「………………」
「これをこうして……あっ、この辺りを持つ方が良いのね」
「………………」
「狙いは……うん……うん。わかった。やってみるね」
槍の神同様、弓の女神が時折来て、普段はグロリアが指導している咲穂を見る事になった。
ただ、それにはある一つの問題がある。
意志疎通が難しいのだ。
積極的に喋ろうとはしなかった。
指導に関しても身振り手振りのみ。
これはさすがに指導を受けるのが難しいと思ったところに現れたのが、実際に指導を受ける咲穂。
「………………」
「うん。大丈夫! 任せて!」
弓の女神が特に喋っている様子も見えないのに、咲穂は何故か全てを理解しているのだ。
詩夕たちは、咲穂のコミュ力ならあり得る、と思う。
この事により、弓の女神は咲穂に非常に懐き、可愛がるようになっていく。
グロリアも弓の女神からの指導を願い出て、受ける事になるのだが……咲穂の通訳が必要だった。
そうして詩夕たちの鍛錬が行われている中、サーディカももちろん動いていた。
ビットル王国に滞在している貴族たちを直ぐに纏め上げ、余計な手出しをしないようにと睨みを利かせる。
背後に凶悪なオーラを発するカノートが居るため、効果はより確かだろう。
そして貴族たちを纏め上げれば、サーディカはベオルアとの謁見に望む。
父であるゴルドールからの書状を渡し、「EB同盟」の再強化を望み、ラメゼリア王国と軍事国ネスとの間にビットル王国が入って欲しいと願い出る。
これにベオルアは熟慮の末、了承を返す。
こうして「EB同盟」再強化に向けて、色々と動き出した。




