別章 詩夕たち、頑張った
詩夕たちは無事に王都に辿り着き、そのまま王城に向かった。
そこに問題はない。
城門で馬車を降り、フィライアの指示で兵士たちが馬車を指定の場所まで移動させる。
それも問題はない。
話が通されたのか、その間に天乃たち女性陣とシャインが出迎えに現れる。
ここからが問題。
その一。
「あぁ~ん。誰かと思えば、聖人の皮を被った狂人、略して変態じゃねぇか。なんでここに居る? ツネミズ。私は鍛錬を付けて貰えばとは言ったが、連れて来いとは言っていないぞ」
「それは、その……」
「それはもちろん、愛故にですよ」
訝し気な表情のシャインの問いに対して、常水が何かを言う前にカノートがニッコリと笑みを浮かべて答える。
「それに、ツネミズは私にとっては弟子のような存在です。今は上をいかれていますが、いずれ、あなたが直接指導しているイツキよりも強くなるのは間違いありません」
当事者である常水、巻き込まれたような形の樹は、煽らないで欲しいと思った。
しかし、シャインは煽られる。
「あぁ?」
ビキビキと眉間に皺が寄るシャイン。
ニッコリと笑みを浮かべたままのカノート。
一瞬即発の空気が流れる。
「面白い事を言うじゃないか、変態。確かにそうだな。直接指導している訳だから、イツキを弟子と言っても良いだろう。その私の弟子が、お前の弟子に負けるとでも? お前より私の方が強いのに?」
「確かにあなたの方が強いのは間違いありません。ですが、強さと物を教えるという事は全く別の事。強いからといって、物を教えるのも上手いとは限りません。故に、私の弟子の方が強くなるのは当然という事です」
バチバチと二人の間で火花が散る。
どうしてこんな事に、と常水と樹はげんなりした。
だが、その行動は間違い。
他人の顔をして逃げるべきだったのだ。
常水と樹の二人は、初手を誤った。
「よぉし! なら、とりあえず一週間後だ! そこでどっちの弟子が強いか勝負しようぜ!」
「えぇ、構いませんよ。七日もあれば、今よりも強くする事は出来ますので!」
この場に居て、この言葉を聞いてしまったのだ。
聞いていませんでした、と言い逃れは出来ない。
明道なら、その方法を取っていたかもしれない……と、常水は心の中で思い、自分はまだまだだなと実感する。
樹は別の事を思っていた。
明道なら逃れていたかもしれないが、結局はシャインに捕まってやらされる事になるだろうから、最初から諦めた方が良いかもしれない、と樹は結論付ける。
(そもそも、シャインの弟子になったつもりはないが……それを言うとどうなるかは目に見えている。……大人しく弟子になったと思っておこう)
その一週間後、実際に 常水 対 樹 の全力の模擬戦は行われ……樹の勝利で終わる。
樹は全力で喜んだ。
常水は、いや元々あった差を一週間で埋めるのは無理、と理解している。
ただ、それを理解していないのが二人居た。
「はっ! どうやら私の弟子の方が優秀らしいな!」
「それはどうでしょうか? 次やればわかりませんよ?」
常水と樹の全力模擬戦は、何度も行われた。
◇
その二。
到着して直ぐの話。
出迎えに現れた女性陣の中で、天乃と水連の様子がおかしい事に、詩夕が気付く。
「えっと、天乃と水連はどうしたのかな?」
まさか……と内心で思いつつも、詩夕は尋ねずにはいられなかった。
そして、ある意味予想通りの答え。
「「明道の匂いがする」」
そんな馬鹿なと思いつつも、詩夕は否定出来なかった。
異世界に来た事で色々と鋭くなった? そんな匂いが付くほど一緒に居ただろうか? 体は毎日洗っているのに……などと様々な事を頭の中で考えても、察しているのと同時に確信しているであろう、という事実に変わりはないのだから。
なので、取れる行動は一つ。
「常水、樹さん……カノートさんも」
男性陣が横一列に並んで壁を作ってから、詩夕が言う。
「ラメゼリア王国で会いました。暫く一緒に過ごしました」
作文風に正直に言うと、天乃と水連が即座に駆ける。
だが、その動きを読んでいたかのように天乃の前には詩夕が、水連の前には常水が立ち塞がって動きをとめた。
「どこに行くつもりなの?」
「ラメゼリア王国に」
「既に居ないと思うが?」
「詩夕と兄さんばかり、ずるいと思いますが?」
俺は? と言って自ら関わろうと樹は思わない。
それに自分は大人しい二人を見張るだけだ、と樹は刀璃と咲穂を見る。
「……私たちも行くべきだろうか?」
「でも、やっぱり一度は会っておきたいよね!」
よくない流れだな、と樹は察した。
コチラ、援軍求ム。と、樹が詩夕と常水にハンドサインを送る。
当方助力ナシ、残存戦力ニテ対処ヲ。と、返される。
樹は周囲を確認。
隣に居たはずのカノートが居ない。
「会いたいという気持ち……それは愛! 故に私はこちら側に付こう」
空気を察したのか、カノートが女性陣側に付く。
「なら、私もですね」
「アキミチに会いに行くのか? なら、こっちだな」
サーディカとシャインも。
戦力比を察したのか、それともやはりその気持ちはわかるか、スススッとフィライア、グロリア、オリアナの三人も女性陣側に。
残る男性陣は絶望した。
しかし、戦力が大きく開いたからといって、諦める詩夕ではない。
「武力ではなく言葉による話し合いを求める!」
絶望の中からでも希望を見出してみせる、と詩夕は手を空に向かって高々と掲げる。
「なので、作戦タイムッ!」
認められた。
詩夕、常水、樹が集まって円陣を組み、ガチ相談。
熱い話し合いが行われ……。
………………。
………………。
結果として、色々と今後の事も話して場は落ち着いた。
やはり大きいのは、今も明道がラメゼリア王国に居るかはわからないという事と、空振りになった時の影響が大き過ぎる点。
更に、槍の神から聞いた、大魔王、魔王にまともに対抗出来るのは自分たちしか居ないため、強くなる必要があるという事だ。
女性陣に理性が残っていてホッとした、と詩夕たちは内心で思う。
もちろん、口には出さない。
ただ、会談の場と、またビットル王国を出る機会があれば、女性陣が優先して行く事を約束させられた。
それぐらいで良いのなら、安堵する。
そして最後に、一仕事やり終えたような爽快な表情を浮かべる詩夕たちに向けて、天乃と水連が尋ねた。
「「で、私たちに宛てた手紙はないの?」」
んんー、と詩夕たちの眉間に深い皺が刻まれる。
◇
その三。
翌日の鍛錬の時。
明道が考えた通りの事が起こった。
「さて、イツキ。わかっているだろうな?」
「な、何を? でしょうか?」
とりあえず、樹はとぼけてみた。
「決まっているだろう? 出発前より強くなっていたのなら一日休みをやる。だが、もし大して変わっていなかったり、弱くなっていた場合は……わかっているよな?」
「異議あり! 大して変わっていない場合も許されるべきだと思います!」
「却下だ」
結論から言えば、このあと行われたキツイ鍛錬の日々があったからこそ、樹は常水に勝ったと言えなくもない。




