別章 詩夕たち、ビットル王国に戻る
ここから少しだけ、詩夕サイドになります。
時は遡り――。
ビットル王国に向けて、二台の馬車が駆けていく。
詩夕、常水、樹、フィライア、グロリア、オリアナ、カノート、サーディカは、ビットル王国の王都に向かっていた。
移動手段は二台の馬車。
ただ、使っている馬車の内の一台、女性陣が使用している馬車は普通の馬車ではなく、魔馬車と呼ばれる一種の魔導具であった。
魔馬車は魔法によって内部が空間拡張され、入れば見た目以上の広さを誇り、空調完備で快適さを向上させ、簡易ながらキッチン、トイレ、シャワー付き(水は魔法などで用意)と、至れり尽くせりの内容になっている。
けれど、あまり普及しておらず、主に王族や一部の貴族、大商会レベルが保持しているだけ。
普及していない理由は、単に作り手が少ないという事。
作り手が少ないだけではなく、一台の製作にも時間が大きくかかり、数を増やす事が難しいために普及はしていない。
詩夕たちが使用している魔馬車は、ラメゼリア王家所有の一台。
ラメゼリア王家であるサーディカが居るからこそ、使用出来ているのだ。
ビットル王国では普通の馬車しか見ていなかったために、召喚された詩夕たちが初めて見た時は驚きの連続だった。
「偶に見せられる、この世界の技術……僕たちの世界と違い過ぎてビックリするね」
「魔法があると、こうも違うのか」
「科学とは違う進化、か。ロマンだな」
詩夕、常水、樹がうんうんと頷く。
その様子を、フィライアたちは微笑ましく見守っていた。
また、魔馬車は引く馬に重さを感じさせないという特徴もあるため、移動速度は普通の馬車と比べて格段に速く、一日の移動距離も長い。
それに、ラメゼリア王国とビットル王国の間はきちんと舗装された街道が繋がっているため、更に速く、長く進んでいけるのは間違いない。
余計な邪魔さえなければ――。
街道を進んでいく中、そろそろラメゼリア王国の領内を出そうという時、まるで台風でも通り過ぎたかのようにいくつもの木々が倒れているため、街道を進めなくなっていた。
当然、御者が馬車をとめる。
すると、その行動を読んでいたかのように、周囲から粗野な風貌の者たちが現れた。
「へっへっへっ……のんきに馬車を走らせている場合じゃなかったな」
「木が倒れて進めなくなるなんて、運が悪かったなぁ」
「しかも、そこに俺たちが現れるなんて運が尽きているんじゃねぇか?」
「くひひ……くひひ……」
如何にもな盗賊集団だった。
二台の馬車を逃がさないように取り囲んでいく。
危険を察知したのか、暴れそうになる馬を御者が宥めていると、魔馬車の窓からサーディカが顔を見せて言う。
「落ち着かせて。直ぐ済ませるから、この場を動かないように」
「かしこまりました」
その様子を見ていた盗賊集団が口笛を吹く。
「ヒュー! 良い女!」
「売る前に楽しませて貰うか!」
「たっぷりとな!」
ハハハ! と笑い声が上がる。
ただ、その笑い声は直ぐにとまる。
いつの間にか馬車の上に立ち、槍を手に持った修羅から発せられる殺気によって。
「………………貴様らは今大罪を犯した……よって殺す」
阿鼻叫喚の場と化した。
簡単に殺すつもりがないのか、まずは手足を折って動けなくしていっている。
しかも魔力全開身体能力フル解放のため、逃げようとすると即座に目の前に現れ、笑みと共に殴打。
笑いながら盗賊集団を一掃していく。
そんなカノートの様子を見ながら、詩夕が常水と樹に尋ねる。
「縄、どこかにありましたっけ?」
「この馬車にも積んでいるが、数が足りないな」
「向こうの魔馬車にあるかもしれないな。聞いてこよう」
それぞれが行動に移る前に、揃って一言。
「「「慣れたなぁ……」」」
似たような光景をシャインとの鍛錬で何度も見た……とそれぞれ心の中で思う。
そして一つ頷き、行動に移った。
◇
まだ多少の理性は残っていたのか、多くの盗賊が生き残った。
満身創痍ではあるが。
逃げないだろうし抵抗する意思もないだろうが、とりあえず縛り上げ、近くに領境の町があるため、そこに引っ張っていって突き出す。
ラメゼリア王国の領内の町という事もあり、カノートとサーディカが前に出ての話なので、するするとあっという間に話は済み、食糧など足りない物を補充して直ぐに出発した。
二台の馬車で進むが、話し合いなどは八人揃っても充分な広さがある魔馬車を使用する。
「……つまり、その『EB同盟』を再び結ぶ……前のような協力体制に戻すのが目的、という事ですか?」
詩夕の問いに、サーディカがその通りですと頷く。
「このまま表面上だけの関係ですと、間違いなく大魔王軍に敗れてしまうと考えています。フィライアも」
「はい。ですので、これを機にもう一度しっかりとした協力体制を築こうとサーディカと話し合い、ゴルドール陛下、アドル様も交えて相談していたのです。しかし、そう簡単にはいかない過去があります。しかも、三大国の内の二国に」
サーディアとフィライアの言葉を受けて、先ほど聞いた事を思い出す。
「ラメゼリア王国と軍事国ネスの衝突、ですね」
サーディカとフィライアが頷きを返す。
「当事国だけでは上手くいかず、話も纏まらないと考え、フィライアに……ビットル王国に間に立って貰う事にしたのです。まだ願望ですが。ですので、まずはベオルア陛下に話を通して協力をお願いしなければいけません。そのために、私自らがビットル王国に向かっている、という訳です」
「私もサーディカと同じ考えですので、協力する事にしたのです」
なるほど、と詩夕、常水、樹は頷く。
「その護衛です」
カノートがそう付け加える。
「ビットル王国の協力を得られたら、そのまま会談の場を開くのですか?」
詩夕がそう尋ねたのには理由がある。
ここまでの話を聞き、その会談の場が開かれれば、そこに明道が来る可能性が高いと踏んだのだ。
そこに自分たちも……今度は女性陣も連れて行けば、明道に会わせる事が出来ると考えたのである。
ビットル王国に着いたあとの事を考えて、詩夕はそう尋ねた。
その問いに、サーディカは小さく首を振る。
「いえ、そう早い話ではありません。ビットル王国の協力が得られれば、次はエルフの森に行き、その次に下大陸南東部にあるドワーフの国に向かい、同じように協力を願い出るつもりです。ビットル王国、エルフの森、ドワーフの国、そこにラメゼリア王国が加われば、下大陸東部も国々を纏め上げる事が出来ます。ただ、それだけではまだ会談を開く事は出来ません」
開けない理由はわかる。
この会談は間に立つモノが必要なだけではなく、一方だけでは駄目なのだ。
もう一方も必要なのである。
「軍事国ネスを含む、下大陸西部側の纏まりも必要という訳ですね?」
「はい。ですが、そちらはあまり心配していません。何しろ、そのために動く事を了承してくれたアドル様たちの中には、ラメゼリア王国の救世主が居ますから」
ニッコリと笑みを浮かべるサーディカ。
明道の事だと、誰しもが思う。
確かにそれなら、と納得もする。
詩夕は、開催する時を待って貰えば、なんとか抑えて貰う事は出来るかな……と考えた。
そうして話を聞き終えれば、あとは鍛錬も交えて移動である。
カノートという強者が居るので、相手には困らない。
そうこうしている内に、詩夕たちはビットル王国の王都に辿り着いた。




