別章 アドルたちの過去 5
それから発せられる殺意を受けて、アドミリアルとロザミリアナは出し惜しみはなしだと判断する。
王都の中に人が残っていないと見破られた以上、時間稼ぎは意味を成さないからだ。
何より、二人にはあまり時間が残されていない。
二人が行っている血による自己強化は時間制限があった。
再び吸血行為を行えば時間延長が可能ではあるが、それはほんの一時で終わり、逆に連続して血を摂取した事による酔いが発生して動きが鈍くなるのだ。
だからこそ、最初の吸血で決めなければいけないのである。
「『切り刻むために作り 斬り裂くために造り 貫き穿つために創る 血塗れた槍蛇』」
アドミリアルの武技が発動。
血のように赤く、槍状の巨大な蛇がアドミリアルの隣に形成される。
赤い槍蛇の矛先はもちろん、それに向いている。
「『揺るぎない信念のように固く 何ものも通さない守りのように堅く 決して砕けぬ心のような硬さ 血塗れた氷鞭』」
ロザミリアナの武技が発動。
血のように赤い鞭が、ロザミリアナの手元に現れる。
回してぴしんと地を叩いた場所が、血のような赤色で凍り付く。
「最初からそうしてりゃあ、もっと楽しめたのによ……ほら、さっさと来い! 俺の機嫌がよくなる強さだったなら、お前たちを見逃してやっても良いぜ!」
それは、アドミリアルとロザミリアナを挑発するように、そっちから来いと人差し指を動かす。
アドミリアルがチラッと視線を動かす。
その先はウルルとインジャオ。
動けるようになったのか、起き上がっているところで、アドミリアルと視線が合う。
そして、直ぐに視線を外したアドミリアルと、ロザミリアナが動く。
「ふざけた事を!」
「仕掛けてきたのはそちらではありませんか!」
「だからお前たちの生き死にを俺が決められるんだろうが!」
アドミリアルは赤い蛇と共にそれに向かい、ロザミリアナは赤い鞭に勢いを乗せるために振り回し、タイミングを見計らう。
そのタイミングは、別のところから訪れる。
アドミリアルと赤い蛇がそれとぶつかる瞬間、赤い蛇の大きな体躯に隠れて動いていたウルルとインジャオが飛び出す。
ウルルがそれの視界を少しでも削ぐように、頭部に向けて大振りの蹴りを放ち、インジャオは折れた剣を投げつけた。
その攻撃に効果がある、とはウルルもインジャオも思っていない。
実際、ウルルの蹴りはなんでもないように腕を払って弾き飛ばされ、投げた剣はそれの体に当たっただけで傷も残らなかった。
だが、二人の狙いは別であり、その狙い通り、それに一瞬の隙が生まれる。
本命はやはり、アドミリアルとロザミリアナ。
「喰って燃やせ!」
アドミリアルが手を掲げ、振り下ろす。
その動きに反応して赤い蛇が大きな体躯をうねらせながら進み、それを頭から丸呑みすると、そのまま自身の体躯が炎のように燃え、それごと燃やしていく。
その火力は凄まじく、地が溶けて焦げるほど。
ただ、その熱量故に赤い蛇は一瞬で燃え尽き、残ったのは姿形はそのままだが、全身真っ黒となったそれ。
そこに追い打ちが来る。
ロザミリアナの振るった鞭が伸びに伸び――それに巻き付いていく。
巻き付きは上から下まで全てを覆った。
「氷葬」
ロザミリアナが最後に鞭を引く。
鞭は砕けるが、巻き付いた部分が赤く凍り付いていき、棺型で凍り固まる。
本来であれば、ここで砕くなりなんなりしてトドメとする武技なのだが、ロザミリアナは意図的にそこで取りやめた。
「アドミリアル!」
「わかっている! ウルル、インジャオ! 退くぞ!」
アドミリアルとロザミリアナは西門に向けて駆ける。
ウルルとインジャオも退く事に異論はなかった。
今の攻撃でも仕留めきれていないと、少なからずそれとやり合ったからこそ、本能の部分で理解していたのだ。
四人は一斉に西門に向けて一斉に駆け出し……直ぐにその足はとまった。
何故なら、西門の前にいつの間にか男性が一人立っていたのだ。
緑色の流れるような髪に、整った顔立ちに優しい笑みを浮かべている。
ほっそりとした体型に、貴族のような仕立ての良い服を身に纏っていた。
通常であれば、そこで足をとめるような事はしない。
とめた理由があり、その男性が見知らぬ者だから……ではなく、姿形は全く違うが、それと同質の存在感を感じ取ったのだ。
事実、その男性が視線を向けているのは、アドミリアルたちではなく、それの方だった。
「全く……遊びもほどほどにして欲しいのですが?」
「ハハハハハッ! そう言うな。これが俺の楽しみなのだからな!」
「やれやれ。僕にはさっぱりわかりませんね」
現れた男性と会話しているのは、それだった。
そこで漸くアドミリアルたちはそれを確認して、なんともいえない表情を浮かべる。
それは確かにダメージを負っていた。
ところどころ火傷を負い、凍傷を起こしている箇所もある。
だが、それのどこに問題が? とでも言うように、腕をぐるぐると回し、首を左右に傾けてポキポキと音を鳴らす。
まるで、準備運動をして、これからが本番であるかというように。
何より、この状況はアドミリアルたちにとってみれば絶望的と言える。
現れた男性は、アドミリアルたちではなく、それと会話していた。
しかも親しい感じで。
となると、現れた男性はアドミリアルたちの敵であり、挟撃されているようなモノなのだ。
だが、それだけで諦める訳にはいかないと、とめた足を動かそうとした瞬間――。
「こういうのは、プチッと潰してしまえば良いんですよ。さっさとね。それで僕は落ち着きます」
いつの間にか現れた男性が、インジャオの喉を掴んでいた。
「『体を燃やし尽くす 心を燃やし尽くす 魂を燃やし尽くす 噴炎』」
現れた男性が魔法を発動し、インジャオの体全てを、空にまで届くような火柱が燃やし尽くす。
残ったのは炭化したインジャオだけ。
「――――――っ!」
ウルルが悲鳴にならない悲鳴を上げ、現れた男性に襲いかかった。
現れた男性は意に介さず、炭化したインジャオをウルルに向かって放り投げる。
ウルルは大切な物のように受け止め……嗚咽を漏らしながら抱き締めて動けなくなった。
「ちっ。こりゃもう駄目だな。折角楽しくなってきたのに」
それがウルルたちに向けて動く。
現れた男性は、もう手は出しませんと両手を小さく上げていた。
先に動いたのはアドミリアル。
ウルルたちを庇うように、それの前に出る。
「まだ魔力反応はある! 二人を連れて行け! ロア」
最後まで言えなかった。
何故なら、アドミリアルはそのロザミリアナに掴まれ、ウルルとインジャオが居る方に投げ飛ばされたのだ。
「ナ――」
「二人と共に行くのはあなたです! アドミリアル!」
そう言って、ロザミリアナはそれに立ち向かうように襲いかかる。
「時間は、私が稼ぎます……行って下さい!」
ただ、その決死の特攻とでも言える行為は、それにとってはなんでもなく、ただ首を掴まれて終わった。
しかし、それこそがロザミリアナの狙い。
「手出しはさせません。『己を糧に 我願うは 全てを閉ざす棺 氷牢獄』」
ロザミリアナの魔法が発動。
それは、自分を触媒にして周囲を凍らせる、自爆のような魔法。
ロザミリアナの体は氷で覆われていき、氷は体を掴んでいるそれの腕にまで及んでいく。
それは咄嗟に腕を引いて難を逃れた。
「ロザミリアナ!」
「行って! アドミリアル!」
「だが!」
「二人をお願い。生きて……アドル」
ロザミリアナは笑みを浮かべたまま全身が氷に閉ざされる。
氷は更に広がっていき、アドミリアルたちと西門を守るように氷の壁が形成されていく。
氷の壁の向こうで、それは笑っていた。
「ハハハハハッ! なるほど。こんな魔法もあるのか。自己犠牲故の強度。砕くのに少々時間がかかりそうだ」
「向こうに居るのには逃げられるのに、笑って済ませるのですか?」
「当たり前だ。あれの目を見ろ」
それが指し示したのは、アドミリアル。
その目には強烈な意志が宿り、それを強く睨んでいた。
「これは希望だ。ヤツらにとっての。だからこの女はこのままにしておく。結果、強くなって俺の前に立つ」
「……ハッ。これだから戦いに楽しみを見出すヤツは」
それと現れた男性が会話をする中、アドミリアルは何かを堪えるように強く、強く唇を噛み……ウルルごとインジャオを抱えて、西門に入っていった。




