別章 アドルたちの過去 3
「火を絶やすな! 視界不良で不利になるのはこちらだぞ! 数は魔物の方が多い! 構築した防御陣地を有効活用しろ!」
騎士団長の大声が戦場に響き、兵士、騎士たちは指示通りの行動を取りつつ、襲いかかって来る魔物たちを相手取っていく。
既に死傷者は出ているが、この先には通さないと、誰しもが奮迅の勢いだった。
何故なら、彼らの後ろには王都の西門があり、まだ住民全員の退去は完了していないのだから。
「もう少しの辛抱だ! それまで魔物の一体も絶対に通すな!」
騎士団長は指示を出しつつも、自らも前に出て魔物を斬り伏せていく。
兵士、騎士たちが倒したのも含めて、既に相応の数の魔物を屠っているはずなのだが、屍は新たに現れる魔物に踏み潰されているため正確な数はわからず、そもそもそれでも魔物の数が全く減っているようには見えない。
いくら武勇に優れていると自負していても、このままではいずれ体力が尽き、圧倒的な数によって蹂躙されるのは、騎士団長もわかっていた。
だからこそ、今この状況の違和感に気付く。
(おかしい……この戦場はおかしいぞ……)
それでも、手をとめて何がおかしいかを考える事は出来なかった。
状況がそれを許さない。
異変を感じつつも、手を緩めれば自分たちの側が一気に瓦解してもおかしくないからである。
そうして思考を少しでも逸れてしまったのがいけなかった。
大型のワニの魔物が騎士団長を噛み付こうとしてきて、一瞬反応が遅れる。
その一瞬が重要だった。
ワニの魔物を屠るよりも先に、自分が鎧ごと噛み砕かれてしまうのが、騎士団長にはわかってしまう。
それでも諦める訳にはいかないと騎士団長が決死の行動を起こそうとした瞬間、一陣の風が吹き、ワニの魔物は細切れにされていた。
「大丈夫ですか? 騎士団長。間に合ったようでよかったです」
「インジャオ殿か! 正直言って助かった!」
騎士団長の隣にインジャオが立ち並び、そのまま笑みを浮かべる。
「自分だけではありませんよ」
喋りつつもインジャオはただ剣を振るい続ける。
それだけで魔物が次々と屠られていった。
騎士団長はインジャオの剣技に見惚れそうになるが、今は戦うべき時だと剣を振るい……尋ね返す。
「自分だけではないとはどういう事だ?」
「言葉通りの意味ですよ」
インジャオが指し示すように視線を向けると、その先ではウルルが魔物相手に暴れていた。
狼の耳と尻尾は威嚇するように震え、その表情は獣の部分が剥き出しとなっている。
爪も明らかに伸びていた。
魔物はその爪で裂かれ、首筋を噛まれ、蹴り飛ばされる。
「さぁ! 次はどいつだ!」
何よりウルルの恐ろしいところは、兵士、騎士たちときちんと連携しているところだ。
個人で動けば死角や隙が生まれやすいが、それを連携する事でカバーし合っていた。
インジャオとウルルの参入は、兵士、騎士たちの鼓舞に繋がる。
しかし、本当の意味での鼓舞はこれからだった。
「皆の者、待たせたな!」
その言葉が戦場に響くと同時に、血のように赤い槍が魔物たちの頭上に降り注ぎ、多くの魔物を絶命させる。
まだ終わらない。
次いで、何体もの魔物が血のように赤い氷に閉ざされ、次の瞬間には粉々に砕け散る。
「……本当に待たせてしまいました。犠牲も出たでしょうが、よくここまで耐えてくれました」
現れたのは、アドミリアルとロザミリアナ。
この国における最高戦力の二人である。
アドミリアルとロザミリアナの登場により、兵士、騎士たちは大いに沸く。
いくら倒しても減らない魔物を相手にして減っていた心の消耗も、これで回復した。
また、士気も一気に向上し、それは勢いとなって魔物の討伐速度が一気に加速する。
途中参入したアドミリアルたちの大きな力も、その助けとなった。
しかし、それでも魔物の数は減らない。
いや、屠った分は確実に減っているのだが、減ったように見えないほどに魔物の数が多いのだ。
吸血鬼の国・ルフセレンジの兵士、騎士たちの質は高い。
倍以上の数を相手にして、確かに犠牲は出ているが、まだ多くが生き残っているのが良い証拠だろう。
確かに、質が数に勝る時がある。
だが、数が質に勝る時もあるのだ。
今回が正にそうだろう。
圧倒的な数という力に対抗出来る時間は残り僅か。
それがわかっているからこそ、アドミリアルは騎士団長に声を飛ばす。
「騎士団長!」
「なんだ!」
「あと僅かで退避は完了する! 逃げの一手をそろそろ打つぞ!」
「了解した!」
そして最後に、アドミリアルは告げる。
「殿は私とロアナだ!」
「王よ! それは!」
「反論は認めん! 今この場において、私とロアナが最も適切だ!」
それこそ強い者なら他にも騎士団長やウルル、インジャオも居るが、地理や地形などを考慮した場合の総合力で最も殿として適しているのは自分たちだと、アドミリアルは判断したのだ。
正しい結論だと、ロザミリアナも頷く。
騎士団長も内心ではわかっている。
それが正しい結論だと。
しかし、騎士団長だからこそ認められない。
「しかし!」
「反論は認めんと言ったぞ!」
騎士団長は血が流れるほどに唇を強く噛む。
「……わかり、ました」
「それで良い! お前は残った兵士、騎士たちを連れて先に向かえ! 道中の安全を確保しろ!」
アドミリアルからの命令に頷きを返した騎士団長は、兵士、騎士たちを纏めて西門に向けて後退させていく。
一方でアドミリアル、ロザミリアナ、ウルル、インジャオの四人が前に出て、魔物たちの相手を受け持っていった。
「ウルル、インジャオ、お前たちも下がれ!」
「いいえ、まだ下がりません!」
「せめて、兵たちが下がり切るまではお手伝いさせて頂きますよ」
「……すまん」
それぞれの負担は大きくなっていく一方だが、それでもここが踏ん張りどころだとアドミリアルたちは奮起する。
西門を中心にした戦いの輪を徐々に小さくしていき、兵士、騎士たちも順々に下がって西門に入り、王都内を通り抜けて南門から脱出していく。
そして、兵士、騎士たちに続き、騎士団長が西門を抜ける際に自身の中にあった違和感に気付き、アドミリアルに言わずにはいられなかった。
「アドミリアル様!」
「なんだ?」
「この戦場はおかしい! 俺たちが相手をしているのは他国の者たちじゃなく魔物だ! なのに、本能のままに一気に襲って来ない! 順序立てて来る! だからこそ、ここまで時間を持たせる事が出来た! それが証拠だ!」
少しだけ、アドミリアルは、騎士団長は一体何を言っているのだろうと思った。
だが、その意味を理解すると、馬鹿なと大きく目を見開く。
それは、聞いていたロザミリアナも同様。
驚きを隠せていない。
騎士団長が示唆したのは、魔物の大群を操っている存在が居るという事。
そして、この世界においてそのような事が行える存在は――。
「今直ぐ行けっ! 騎士団長! ウルルとインジャオもだ! 私とロザミリアナも僅かに時間を稼いだあとに離脱する!」
「ご武運を! アドミリアル様!」
騎士団長が西門を抜ける。
隙を見てウルルとインジャオが西門を抜けようとした時、空から星が降るように、それはアドミリアルたちの前に飛来した。




