別章 アドルたちの過去 2
吸血鬼の国・ルフセレンジの主要人物たちは直ぐに集められ、会議室にある円卓を囲み、王都に迫る脅威に対しての話し合いは直ちに始められた。
といっても、出せる結論は二つしかない。
王都に残り戦って死ぬか――。
王都を捨てて他国に逃げ延びるか――。
「魔物の大群が王都にここまで近付くまでの間には、いくつか町があったと思うが?」
アドミリアルが、もたらされた情報を統括している、四十代ほどの細身の宰相に尋ねた。
宰相は黙って首を振るだけ。
もうそこに命はない、と。
「これほどの出来事に対して、神は一体何をしている! だんまりとはどういう事だ! 警告の一つでも送るべきだろう!」
既に武装しており、巨漢の騎士団長が、円卓を強く叩く。
ビシリ、と網目状にヒビが入る。
アドミリアルはそこが疑問だった。
通常、魔物大発生など、よほどの悪国でない限りは神から警告が届く。
なのに、今回はその警告が届いていないのだ。
(……ルフセレンジは悪国認定されていない……なのに警告がなかった……神から見放されたのか……いや、もしや、神も今回の事態は把握していないのでは?)
そう考えた時、アドミリアルはゾッとした。
神ですら把握出来ない異常事態が、今ここで起こっているかもしれないという事に。
しかし、アドミリアルはその考えを振り払うように頭を振る。
所詮は推測の域を出ないから、ではない。
現実に起こっている出来事の対処が先だからである。
集まった国の主要人物たちの話し合いは続けられているが、結論は出ていない。
自国に思い入れがあるからこそ、決められないのだ。
だからこそ、王であるアドミリアルは選択しなければならない。
アドミリアルが立ち上がると、この場に集まった者たちは黙する。
場が静まる僅かな時間を待ってから、アドミリアルは口を開く。
「………………民あっての国だ。魔物共にこの地を蹂躙されるのは腹立たしいが、命がなければ取り戻す事も出来ん」
そこで一呼吸入れ、アドミリアルは続ける。
「……これは国を捨てる選択ではない。一時……そう一時だが、国民全員で国外旅行をするだけだ」
そう思おうではないか! と、アドミリアルは笑みを浮かべる。
既に被害は出ているが、アドミリアルはあえて国民全員と言った。
その魂は常に自分たちと共にある、と思っての事だ。
その意図と思いが伝わり、主要人物たちも笑みを浮かべる。
アドミリアルはその笑みを見て満足そうに頷く。
「ついでだ。ある程度の旅費は国庫から出そうではないか」
「やれやれ。国民全員となると、国家が空になってしまうな」
「なぁに、俺たちルフセレンジの民なら、直ぐに稼ぎ直すさ! いや、旅先でも儲けるに決まっている!」
宰相と騎士団長のやり取りに、そうだそうだと周囲も同意した。
アドミリアルは頼もしさを感じ、感じ入るように目を細める。
そして、結論は出た。
アドミリアルが宣言するように言う。
「では、これからルフセレンジの民全員で南下し、友好国であるビットル王国に向かう! 宰相、もうこの件の報告の先触れは出しているな?」
宰相は頷く。
「では、追加だ。今度はより明瞭な状況説明と受け入れをお願いする文を添えろ!」
「はっ! 直ぐにでも」
「騎士団長……」
「わかっている。旅立つまでの時間稼ぎをすれば良いんだろ?」
「あぁ……勇士だけで構わない。それと、無駄に命を散らす事は、王として許さないと言っておいてくれ」
「それもわかっている」
大まかな方針はこれで決まり、残る細々とした部分を迅速に伝えたあと、アドミリアルを含む主要人物たちは一斉に行動を開始した。
◇
月明り、星明りに照らされた夜。
吸血鬼の国・ルフセレンジの王都の門が開かれた。
同時に、持てるだけの家財道具類を持った住民たちが、僅かながらの兵たちに守られながら駆けていく。
その様子を城内――王の私室でアドミリアルは眺めていたが、不意に視線を別の方角……西の方に向ける。
未だ魔物の大群の姿は見えないが、それは時間の問題である。
代わりに、王都の西門から少し離れた場所では、大勢に兵士、騎士たちによって簡易的ではあるが防御陣地が敷かれようとしていた。
その様子を見て、アドミリアルの心に去来する思いを声に出す。
「……国が、終わる、か」
何かを思うように目を閉じるアドミリアル。
その服装は先ほどまでとは違って武装していた。
といっても、守りを重視したようなゴテゴテとしたモノではなく、動きを阻害しないような軽装である。
「いいえ、終わりませんよ」
アドミリアルの言葉に対して否定の言葉を発したのは、傍らに佇むロザミリアナ。
しかしその装束は、アドミリアルと同様に軽装である。
「ルフセレンジの象徴はあなたです。あなたが健在であれば、ルフセレンジはいつでも復興出来ます」
「そこまで偉くなったつもりはないのだが……」
アドミリアルは苦笑を浮かべる。
かと思えば、直ぐに真面目な表情に変わった。
「それにしても、本当に戦うつもりか? ロアナ、君だけでもロイルのところに」
「その先を言えば、怒りますよ? あなたが残って戦うのですから、当然私も残って戦います。夫婦は共に。一番大事な事ですよ。それに、私もこの国の中ではそれなりに強者だと思うのですが?」
「ロアナがそれなりなら、この国の強者は大した事がないという事になってしまうのだが」
わかった。降参。と、アドミリアルは両手を上げる。
その時、部屋の扉がノックされ、入室の許可を出すと、インジャオとウルルが入って来た。
「おぉ、ウルルにインジャオか。どうした?」
アドミリアルの問いかけに、インジャオが一礼をしてから答える。
「自分も残って戦いたいと思います」
「いや、しかし、これはこの国の問題であって……それにそなたはウルルと……」
「そのウルルが残って戦う事を決めましたので、自分も残って共に戦うのが、将来の夫の務めというモノでしょう」
そう言って、インジャオは笑みを浮かべた。
本当か? とアドミリアルがウルルを見る。
間違いありません、とウルルは頷いた。
「いや……確かにありがたい話ではあるが、二人はラメゼリア王国と獣人国、どちらでも生きていけるだろう。この国にこだわる必要はないのだぞ」
「申し上げまずが、残念ながら私は国にこだわっている訳ではありません。私は、アドミリアル様とロザミリアナ様のメイドである事を誇りに思い、こだわっているのです。ですので、こうして今この瞬間も、お二人の傍に居る事を望んだだけの事」
ウルルがそうハッキリと言う。
アドミリアルは困ったような嬉しいような、複雑そうな表情を浮かべた。
しかし、今回の出来事は命に関わるという事もあり、アドミリアルは断ろうとする。
「……あなたもウルルの強さは知っているでしょう? 間違いなく、この国が誇る強者の一人よ。インジャオ殿は言うまでもなく、世界最高峰の剣の使い手。何より、この二人はもう覚悟を固めているようです」
ロザミリアナの言葉を受けて、アドミリアルは少しだけ逡巡したあと……答えた。
「わかった。頼らせて貰う。ただし、国にこだわらないと言うのであれば、国のために死なないで欲しい。自らの命を優先して行動してくれ」
インジャオとウルルは、わかりましたと頷く。
そして、戦の準備と住民たちの王都離脱が大急ぎで進められ……月が夜空の中心に巡り着いた時。
王都西側の平原の先に、魔物の大群がその姿を現した。




