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この行く道は明るい道  作者: ナハァト
第五章 魔族の国
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別章 アドルたちの過去 1

ここから少しだけアドルたちの過去話になります。

 今から十数年前――。

 上大陸東部には、吸血鬼族が中心の国があった。

 現在は魔族の中に組み込まれているが、当時は一つの種族として確立していたのだ。

 この世界で、吸血鬼は忌避されていない。


 従来の吸血鬼同様に陽の光とにんにくに弱いなど、およそ弱点になるような部分は共通しているが、血が嗜好品や吸血すれば眷属化するような事は出来なかった。

 この世界における吸血鬼の最大の特徴は、吸血によって特殊な力を発現する、というモノだ。

 また発現する特殊な力は個々人で違い、体を霧状に出来る、強固な壁の出現、血刀で斬り裂く、散弾のように放出など、多岐に渡る。


 また、全体的に身体能力が高く、長命という事もあって、吸血鬼はこの世界における強種族の一つに数えられていた。


 そんな吸血鬼族が治める、上大陸東部にある国の名は、「ルフセレンジ」。

 王の名は、「アドミリアル・ルフセレンジ」。

 王妃の名は、「ロザミリアナ・ルフセレンジ」。


 ――今はもう、その国は存在しない。

 これは、その国の最後の一夜の話。


     ◇


 吸血鬼の国「ルフセレンジ」の王都。その王城。夜。

 本来であれば煌びやかで華麗なダンスが行われるダンスホール。

 そのホール中央で、一人の男性による剣舞が行われていた。

 時に流麗に。時に苛烈に。


 見るだけで一流である事がわかり、その動きに魅了される。

 ダンスホールに集まっている者たちの主な反応は二つ。

 男性陣。特に武芸を嗜む者は感心するように。

 女性陣。その凛々しい姿に心を奪われている。


 そう、剣舞を行っている男性は見目麗しかった。

 長い黒髪を後ろで一つに束ね、切れ長の目はどこか色気があり、顔立ちが整っているのは言うまでもないが、非常に鍛え抜かれた体付きとよく似合っている。

 何より今は、剣舞のためにか上半身を露出していて、更なる色気が醸し出されていた。


 壇上にある豪華な椅子に座りながら、その剣舞を見ていたアドミリアルは、不意に隣の豪華な椅子に座っている人物に視線を向ける。


「………………」


 そこに居たのは、アドミリアルの妻、ロザミリアナ。

 水色の長髪に、優しそうな顔立ちの、誰が見てもわかるほどの美人。

 髪色に合わせたドレスを見事に着こなしていて、そのドレスの上からでもわかるグラマラスな体付きをしている。


 アドミリアルの視線に気付いた様子も見せずに、ロザミリアナは言う。


「あなた。折角披露して頂いているのですから、きちんと見るのも王の務めですよ」

「いや、私の方が強いし。だから見なくても良い。寧ろ、ロアナを見ている方が良いと判断した」

「……はぁ」


 露骨に溜息を吐くロザミリアナ。

 その視線は剣舞に向けられたままで、溜息も近くに居た者にしか聞こえていないようにしていた辺り、どこか手馴れているように窺える。


「……あなたの考えは手に取るようにわかります。単純ですからね。大方、私が見惚れていないか確認したかったのでしょう?」

「そ、そんな事はないぞ! うん!」

「なら、きちんと見てあげて下さい」

「あ、あぁ」


 どこかしょんぼりとした様子で、アドミリアルは視線を剣舞の方に向け直す。


「まぁ、確かに、どことなく色気が醸し出されていますので、女性の目を集めてしまうのも仕方ないでしょう」

「だろ! だからさ!」

「あなたに言っていません。前を向きなさい」

「……はい」


 確実にしょんぼりとした様子で、アドミリアルは視線を剣舞の方に戻す。

 ロザミリアナは別の方に向けて声をかけていた。

 それは自身の少し後方。

 控えるように立っているメイドに向けて。


「あれだけ注目を集める男性と恋仲になって、更にその先に進むのは大変だと思うけど、頑張ってね。応援するから、いつでも頼って良いからね、ウルル」

「はい。ありがとうございます。ロザミリアナ様」


 メイド――ウルルが小さく頭を下げる。

 そのままこの場に少しだけ沈黙が流れたあと、ロザミリアナがポツリと呟く。


「……あなたも応援しなさい」

「はい! いつでも頼って良いからな! ウルル!」

「………………はい」

「どうして今、間が開いた?」


 不思議そうに首を傾けるアドミリアル。

 すると、ダンスホール内に拍手が大きく響き、アドミリアルが視線を向けると剣舞が終わっていた。

 黒長髪の男性が周囲の人たちに向けて一礼を繰り返したあと、アドミリアルの下に来て跪く。


 アドミリアルは一つ咳払いをしたあと、声をかける。


「見事であった。インジャオ」

「アドミリアル様のお目汚しでなければよかったです」

「とんでもない。充分楽しませて頂いた。さすがは、遠くラメゼリア王国から単身でここまで来ただけではなく、その世界一とも評せそうな剣技で師の仇を取っただけの事はある」

「いえ、いくら剣技が優れていようとも、アドミリアル様の援助があればこそ、仇である吸血鬼を見つけ出して討つ事が出来たのです」

「まぁ、な。さすがに吸血鬼の中からそのような者が出たとなれば協力するのは当然だ」


 腕を組み、うんうんと頷くアドミリアル。


「だが、仇を討てた事も大事ではあるが、そなたにとっての朗報はもう一つあるだろう?」

「それは……はい。そうです」


 インジャオの視線がウルルに向けられる。

 二人は、少し恥ずかしそうに頬を染めた。


「ウルルにインジャオ殿を手伝わせていた甲斐があったわ」


 その様子を見て、ロザミリアナは嬉しそうだ。


「うむ。では、二人が望むのであれば、アドミリアル・ルフセレンジの名の下に婚約を認めるが……返答は如何に?」


 アドミリアルの言葉に、インジャオとウルルは顔を見合わせ……頷く。


「「ありがとうございます。お願いします」」


 そこからのこの場の主役は、インジャオとウルルだった。

 場が婚約パーティーと化し、様々な人たちから祝福の言葉が送られる。

 この時ばかりは、ウルルもメイドとしての職を離れ、インジャオの傍で挨拶を返していく。

 その仲睦ましい様子を見ながら、アドミリアルとロザミリアナは会話を交わす。


「いつの時代でも良いモノだな。幸せそうな姿を見るのは」

「そうですね。私たちもああだったのでしょうか?」

「いいや、もっと熱烈だったさ」


 アドミリアルとロザミリアナは自然と手を取り合った。


「人種族と獣人族……種族の違いを乗り越えて、彼らの行く末が幸せに満ちている事を願う」

「本当に。こんな時代だからこそ、種族の違いを乗り越えて欲しいです」

「……まだ私が言った事を気にしているのか?」

「気にもなりますよ。アイオリやエアリーはもう居ないのです。『EB同盟』が名ばかりになってしまっている現状を悲しんでいるのは間違いありません」

「そうだな。……あの二人が居れば、と時折考えてしまうのは間違いない」


 少し……ほんの少しだけ、アドミリアルとロザミリアナは悲しそうな表情を浮かべた。

 けれど、その表情は一瞬。

 ロザミリアナは振り払うように笑みを浮かべる。


「それにしても、先ほどの剣舞は見事でした。彼なら、ダンスを習えばあなたに迫る実力を身に付けるかもしれませんね」

「いやいや、何を言う、ロアナ。アレだぞ? 私のダンスの腕前は一級品だからな。いや、超一級品だ。私にダンスで勝てるのは、あのDDくらいなモノだ」

「ふふ。見た事あるんですか? DDのダンスを」

「ないな。ただ、伝え聞く限りでは……無理だ。何日も踊り続ける事など不可能だ」


 アドミリアルがそう断言した時、ダンスホールの扉が勢いよく開かれる。

 入って来たのは、武装した兵士が一人。

 即座に迎撃しなかったのは、この国の兵士だと知っているから。

 何より、兵士は汗だくで、切迫している雰囲気が伝わってきたからだ。


 兵士はアドミリアルの前まで来ると跪き、決死の思いを伝えるように叫ぶ。


「戦の準備を! 西より、魔物の大群が王都に向けて侵攻中との報告が入りました!」


 その言葉はダンスホール中に届き、緊迫した空気に一瞬で包まれる。

 それでもアドミリアルは冷静に尋ねた。


魔物大発生スタンピードか?」

「いえ、違います! 報告によると、同一体ではなく多種体であったと!」

「……数は?」

「………………一万を優に超え、数えきれないほどであると!」


 場が騒然となる。

 何しろ、この王都内でまともに戦える戦闘職の者は、よくて三千。

 三倍以上の数の魔物が、王都に向かっているのである。


「……猶予は?」

「日が変わる頃にはここに!」

「わかった……主要な者たちを即招集しろ! 直ぐに方針を決めるぞ!」


 王都で戦うか、王都を捨てるか、選択が迫られる。

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