言葉だけで危険じゃないって伝えるのは難しい?
一旦、場を変える事になった。
さすがにあのまま謁見の間で続ける訳にはいかないと、宰相さんが判断したからだ。
その判断が妙に即決の的確で手馴れていたと感じたのは……うん。きっと気のせい。
日常的な出来事じゃないよね?
なので、その場が出来るまでの少しの間、このまま待つ事になった。
それは良いのだが……。
「えっと、その刃はそっと懐に仕舞ってくれませんか?」
「ですが、あなた様は初対面ですので、この警戒は必要な事だと理解して頂きたいです」
そう言って俺の喉元に短刀を当てているのは、いつの間にか背後に立っていた、さっき暗殺者と言われていた多腕の女性。
……ガチで暗殺者じゃないの? しかも過激なタイプの。
このままでは不味いので、まずは敵じゃない事を伝える。
「害意敵意は一切ありまでん」
しまった。噛んだ。
「信じられません」
その返答は、噛んだからだよね?
俺自身が怪しいからとかじゃないよね?
アドルさんに助けを求めようとするが、この国の王様の相手で手一杯。
インジャオさんとウルルさんは、何やら宰相さんと話している。
……これは不味いんじゃないか?
いや、その前に、そもそもなんで警告してくれなかったの? セミナスさん!
⦅すみません。捕まった姫をどう辱めようかと妄想をしていまして……⦆
捕まったというその結果を教えておいて欲しかったんですけど!
⦅やはりここは……恥辱に塗れて頂くのが良いと思いませんか?⦆
本人に聞いちゃ駄目でしょ、それは!
駄目だ。このままだと、何か間違えたら頭と胴体の確かな絆が斬られてしまう。
……頼るしかない。
エイト!
「ご主人様。エイトはそう都合の良い女ではありません。メイドです」
意味がわからない!
いや、俺をご主人様だと思うのなら、寧ろ助けてよ!
「でしたら、『今晩はエイトを縛りたい』もしくは『縛られたい』と仰って下さい」
ここぞとばかりに!
「……こんな幼い子を……殺しましょう。それが世界のため。私が手を汚す事で世界が平和になるのなら……」
「待って! 待って! ちょっと待って!」
逆効果じゃないか!
なんか変な覚悟を固めようとしているし!
このままじゃ不味い。
しかし、俺にはまだワンが居る。
ワ、ワン!
そう思った時には、既にワンは動いていた。
暗殺者の女性の顎を、クイッと持ち上げる。
「良い女だな……腕が多くて色々楽しめそうじゃねぇか。どうだ? 今晩。お互い全てを忘れて……」
「え、えっと……その……本気ですか?」
「当たり前だろ。あたいは常に本気だ」
暗殺者の女性を口説き出した。
いや、その前にこの状況をどうにかしてよ!
正直に言えば、俺を助け……いや、待てよ。
ワンが口説き落としてしまえば、俺は解放されるんじゃないだろうか?
いや、そうに違いない。
よし、好きなだけ口説きなさい!
……なるほど。ワンの狙いはそれか。
全く……察しの良い俺じゃなかったら、見捨てられたと勘違いしていてもおかしくないんだからね。
ただ、問題なのは、一向に短刀が引かれない事だ。
あれ? これ……どうなってます?
寧ろ、ワンの言葉に照れて反応しているのか、短刀の切っ先が動きまくって逆に怖い。
………………すみませ~ん! 誰か! 誰かぁ~!
ここに危険人物が居ます!
「あぁ、すまない。伝え忘れていたな。彼は私の仲間だ。信頼出来る者たちなので問題ない」
アドルさんのその一声で、短刀は下げられて解放された。
多腕の暗殺者から、「失礼しました」と謝罪される。
もう少し早めに解放して欲しかったです。
ただ、何かを言う前に、多腕の暗殺者はスススッとワンの下に。
「あの……今晩……空けておきますので。私の部屋は……」
「OK。わかった。楽しみに待っていな」
……なんかあそこだけアダルティな空気が流れている気がする。
近寄らないでおこう。
そう思った辺りで準備が出来たそうなので、早速移動した。
◇
移動した先は、この国の王様の私室。
入って来た扉以外にもいくつか扉があって……寝室とかに繋がっているのかな?
大きなテーブルとかソファが置かれているし、ここはリビング的な?
……のはずなんだけど、なんか荒れている、物が散らかっている、じゃないな。
物が多いけど、必要なモノが必要な場所に置かれているような感じ?
でも……あれ? 王様の私室なのに掃除されていない? と思ったのだが違った。
インジャオさんから、この方が落ち着くからこうしていて、計算された物の配置で、王様のこだわりらしい、と教えられる。
……なんか気が合いそうな感じ。
それで、大きなテーブルの上には、人数分の紅茶と茶菓子が用意されていた、
どうやら、これを準備していたようである。
思い思いに座り、まずは紅茶を一く――。
「失礼します」
エイトに横から掻っ攫われた。
いや、飲みたいならエイトの分も用意してくれているけど?
エイトが一口飲む。
「……及第点を与えましょう」
どういう立ち位置で判断しているんだろう。
というか、行く先々で確認を繰り返すのかな?
……手間を考えると……これからはエイトに淹れて貰う方が良いのかもしれない。
そんな事を考えていると、まずは紹介が始まる。
といっても、初対面なのは俺、エイト、ワンだけなので、まずはアドルさんが俺たちの事を紹介した。
簡単なこれまでの経緯を加えて。
あれ? いくら一国の王様が相手とはいえ、簡単に話し過ぎじゃない? と思ったが、アドルさんからその王様の事を紹介されて納得した。
この国の王様……色白の若い男性は、アドルさんの義弟。
名は、「ロードレイル・ピースビルド」。
アドルさんと同じく、吸血鬼。
「宜しく。『ロイル』と呼んでくれて構わない」
手を差し出されたので、ロードレイル――ロイルさんと握手を交わす。
………………普通に握手出来てしまったな。
「えっと……ぎゃー! 殺されるー! 的な事は言わないんですか?」
「……何故だろうね。君は寧ろ落ち着く。無害だからだろうか?」
それは喜んで良いのかどうか悩む。
まぁ、下手に被害妄想を発揮されるのも話が面倒なので、別に良いか。
とりあえずこちらも、普通に名で呼んで下さいと返しておく。
ちなみにだが、エイトとワンに対してはハッキリと被害妄想が発揮していた。
……いや、確かにそうだけど……エイトやワンの方が脅威なのか。
挨拶が終わってから気付く。
「あれ? アドルさんが義兄という事は……」
「そうだ。ロイルには姉が居て……『ロザミリアナ』という名で、私の妻だ」
アドルさんがそう教えてくれる。
あっ、だから、ロイルさんが義弟で、この国の人たちはその事を知っているから、アドルさんに対して跪いて………………ん? 跪くのが普通かな?
いや、普通か。
アドルさんが王族の人と結ばれたという事は、王族一家の仲間入りって事だし。
でも、それならそれで疑問がある。
「……えっと、もしかしてですけど、アドルさんたちの目的って、そのアドルさんの妻でロイルさんの姉という人に関係あります?」
そう尋ねると、アドルさんはどこか悲痛な表情を浮かべる。
「そうだな……どこから話したモノか」
そう言って、アドルさんは語り出した。




