わかってはいるんだけど、やめられなかったんです
一回で終わらなかった。
魔族の国に到着するまでにある町はいくつかあるが、今のところ全部寄っている。
だって仕方ない。
お風呂とベッドがそこにあるのだから。
まるで小悪魔に弄ばれているような気分。
でも、悪い気分じゃない。
「いやぁ~、今回の町は温泉付きでよかったですね」
「ほっこりしました」
「正に疲れが取れたな。また寄っても良いくらいだ」
「ベッドもふかふかで、スッキリとした目覚めですよ」
進む馬車の中、俺、エイト、アドルさん、ウルルさんの四人は、つい先ほど出発した町での快適さを思い出して、高らかに笑い合う。
ワンとインジャオさんは、御者台の方に居る。
「それでアドルさん。次の町までどれくらいですか? また温泉があると嬉しいんですけど」
「待て待て。実は先ほどの町で、ここから行ける町の情報を色々と集めてな」
そう言って、アドルさんが簡易的な地図を広げる。
「ここから先は、三つの道筋がある」
「三つ?」
「まず一つ目。目的地である魔族の国に最短で着く……が、地形の関係で温泉などはなく、これといった特徴もない普通の宿場町があるだけ」
ふんふん。
「二つ目。最短からは逸れ、正直言って遠回りになるが、天然岩風呂と川魚が美味い町がある」
ほうほう。
「三つ目。二つ目よりも更に遠回り……というよりは完全に方向が違うが、温泉と名物料理があるだけではなく、大きなカジノがある町を通る」
ほっほ~う。
「つまり、行くとするなら、二つ目か三つ目という訳ですね?」
「その通りだ」
エイトとウルルさんも頷く。
しかし、これは悩むな。
天然岩風呂も良いけど、カジノなんてフラグにしか聞こえないというか、セミナスさんによって蹂躙される未来しか見えない。
⦅私にとって、カジノはATMです⦆
冗談に聞こえないから恐ろしい。
いや、冗談ではないのだろう。
……というか、カジノのイメージって映画でしかないけど、そもそも俺って未成年だから入れないんじゃないのかな?
………………。
………………。
ここは異世界だし、適応外って事で一つ。
いや、待てよ。
この世界なら、俺の年でも成人として扱って貰えるかもしれない。
そこを確かめてからだな。
なんて事を考えていると、ウルルさんが挙手。
「両方行くのは駄目なの? たとえば、二つ目に行って、それから三つ目に行くとか?」
その提案に、俺とアドルさんは黙る。
エイトも俺に合わせてか、何も言わない。
「………………いや、でも……ねぇ? それはさすがに……ねぇ? アドルさん」
「う、うむ。それはまぁ……ほら……なぁ……アキミチ」
場の雰囲気的には、そうする? そうしちゃう? そうしよっか? みたいな空気が流れている。
そこで馬車がとまった。
あれ? まだ街道ですよ? と思っていると、インジャオさんが馬車の扉をバーンと開ける。
……黒いオーラのようなモノが立ち昇っているように見えた。
くいっと親指で外に出ろと示される。
「ちょっとお外で話し合いをしましょうか」
「「「……はい」」」
外で正座。
俺、アドルさん、ウルルさんは、インジャオさんからの説教を受ける。
人目がなくてよかったけど、小石とかが地味に痛い。
「………………アキミチ。雑念があるようだね」
「いいえ、ありません」
「……疑わしいですが、今は良いでしょう。それよりも、一体どういう事ですか? 本来はもっと進んでいるはずですのに、予定の三分の二ほどしか進んでいません。遅れている理由はわかりますよね?」
「「「………………」」」
誰も何も答えない。
答えがわからないからではなく、言いづらいからだ。
認めたくない、とも言える。
……町に寄りまくらず、必要な時にだけ寄って、あとは野宿をしていれば予定通りの行程だっただろう。
「特に、アドル様」
「……はい」
「魔族の国に行きたくない気持ちはわかりますが、いずれ行く事に……いえ、会う事になっていたのは間違いないのですから、いい加減覚悟を固めて下さい」
「………………」
あれ? アドルさんにはそんな理由があったの?
てっきり、俺と同じように観光気分で楽しんでいるとばかりに……。
ウルルさんが驚きの表情を浮かべているけど……もしかして気付いていなかったのかな?
……あっ、俺の視線に気付いて、知っていましたと頷き出した。
「ところでインジャオさん」
「……なんですか?」
「どうして俺たちだけ? エイトとワンは良いの?」
エイトとワンは、インジャオさんに説教される俺たちの様子を、少し離れた位置でただ見ているだけ。
インジャオさんはチラッとそちらの方に顔を向けたあと、俺の方に顔を向ける。
「逆に聞きますけど、説教して通じると思いますか?」
「思いません」
「そういう事です」
納得は出来るが、それはズルい、と思った。
そこからもう少しだけ説教を受けてから出発。
ルートはもちろん……一つ目の宿場町。
宿場町に寄るかどうかは、今のところインジャオさん次第である。
……これからの野宿、頑張ろう。
◇
魔族の国に着くまでの間にも、当然のように野良の魔物に襲われる時はあった。
その内の何度かは、戦い方を知るのに丁度良い機会だとワンに戦って貰う。
物理攻撃だった。
大体、拳……時々、足……更にレア、膝。
魔物を一方的にボコボコにしている。
強いのはわかる……わかるのだが……。
「いやいや、『火』の『特化型』なんだよね? その『火』の部分はどこにいったの?」
「なんだ? あたいの火魔法が見たかったのか? なら、始めからそう言えよ」
新たな野良の鹿の魔物が現れた際、ワンの火魔法が明らかになる。
「『魔力を糧に 我願うは 心を燃え上がらせるモノ 纏火』」
拳に火を纏わせ……鹿の魔物をタコ殴り。
ほんのり肉の焼ける美味しい匂いが漂う。
「どうよ!」
ワンが自信満々の笑みでそう言う。
いや、途中から……というか、最初からなんとなくそうじゃないかな? と思っていた。
でも……。
「普通に格好よかったです」
「だろ!」
良いよね、火を纏う拳って。
「でも、一応聞いておくけど、火の玉を飛ばすみたいな事は出来ないの?」
「いや、出来るぜ。そもそも、火に関する魔法ならなんでも出来る。ただ、あたいの性に合っているのが、纏う系ってだけさ」
なるほど。
妙に納得である。
そのあとは、特にこれといった事は起きず、順調に進み……数日後。
アドルさんから、ラメゼリア王国領は出て、既に魔族の国の領内に入っている事を教えられる。
ちなみにだが、宿場町には寄った。
インジャオさんの慈悲で。
どうやら魔族の国は、王都以外は集落くらいしかないそうで、宿屋があるかどうかも怪しいらしい。
つまり、ここから先は野宿が続く事になるので、宿場町に寄ったのは慈悲なのだ
その事を魔族の国に入ってから聞かされる。
……もっと宿場町を堪能しておけばよかった。




