抗い難い魅力が成分として含まれているんじゃないかな?
ラメゼリア王国の王都を出発した俺たちは、魔族の国に向かう。
……それってどこにあるの?
⦅下大陸南西……今居る国から丁度西に進んでいけば着く国です。場所は吸血鬼たちが知っていますので、付いていくだけで問題ありません。マスターが先導する必要はありませんので、安心ですね⦆
……なんだろう。
セミナスさんからも、俺は方向音痴と言われているような気がする。
⦅そのような事は一言も言っていおりません⦆
なら、俺は方向音痴じゃないって言ってみてよ。
⦅俺は方向音痴じゃない⦆
……なるほど。そうきたか。
自分は方向音痴なんだろうか? と疑いつつ、アドルさんたちに先導して貰う形で進んでいく。
その移動方法は、もう徒歩ではない。
馬車だ。
車体部分を用意してくれたのは、ドンラグ商会。
最高級品を用意してくれたらしい。
確かに快適。
馬を用意してくれたのは、王家。
良い馬を揃えてくれたらしいけど、俺に違いはわからない。
気位が高く、目付きや毛並み、筋肉の付き方が全然違う、というのはインジャオさん談。
まぁ、そこら辺がわからなくても、馬車のおかげで快適に進む事が出来るし、何より移動速度が速い。
それで充分だと思う。
ただ、馬車を利用する事で、小さな問題が一つ。
「姉と密室……エイトは危険な予感がします。主に貞操的な意味で」
「全く、あたいを見くびって貰っちゃ困るね。主だけならまだしも、他の人目があるところでは何もしやしないよ」
それはつまり、俺だけだったら何かしていたって事になるんだけど?
だからなのか、エイトが俺の傍を離れない。
……どことなくこの状況を楽しんでいるように見えるのは気のせいだよね?
ワンとアドルさんが対面に座っているのだが、ワンは可愛いモノを見るような目でエイトを見ていて、アドルさんは苦笑いだ。
インジャオさんとウルルさんは、御者台の方に居る。
「当初に比べれば、随分と賑やかになったモノだ」
アドルさんがそう言う。
一人だけ大人な反応をして逃げないで欲しい。
一緒に戦いましょうよ。
でも、俺は足手纏いになりそうなので、アドルさんに全て任せる事になると思いますけど。
しかし、これは小さな問題。
そう、小さな、という事は、大きな問題もあった。
前はそこまで大きな問題ではなかったのだが……。
その大きな問題とは、野宿。
「……お風呂が恋しい」
さっぱりしたい。
「あの柔らかなベッドで暫く寝れないのか」
「食事……いえ、食材から集めないといけませんね」
「再び自分たちで動かなければいけないのか……」
アドルさんたちも恋しい事があるのか、見るからにテンションが落ちている。
王城、というか人並み以上の生活を味わった直後だからこそ……再び野宿は辛いのだ。
……って、駄目だ駄目だ。
このままじゃいけない。
気持ちを切り替えていかないと。
それに、前よりはマシなんだから。
何しろ、馬車が利用出来る。
でも、こういう場合の馬車の使用権を有しているのって、やっぱり女性陣じゃない?
「異議あり」
「大賛成だね」
「危険な感じがするのは気のせいかな?」
エイト、ワン、ウルルさんの意見。
賛成一、反対二、という結果により、女性陣だけの使用はなくなった。
「ちぇー。まぁ、別に良いけどさ」
ワンがブーブーと文句顔を浮かべるが、それだけだった。
う~ん、スッキリとした性格なのかもしれない。
すると、意見がありますとエイトが挙手。
「どうした?」
「ご主人様の寝床についての提案です」
「……限りなく嫌な予感がするけど、とりあえず聞こうか」
「はい。まず、姉が寝ます。その上にご主人様が寝て、更にエイトが覆い被さります。簡単に言えば、姉妹による肉布団です。暖かく、柔らかな事は間違いありません」
うん。それって寝心地はどうなの?
試しに想像してみる。
ワンの上に寝るとして……位置取りは重要だな。
丁度良い枕になりそうなのもあるし。
エイトが上に覆い被さってくるけど……身長差があるから全身は被されない。
抱き心地は良さそうだけど。
でも、その姿を第三者として見た場合は……。
結論。
人によっては幸せ気分になるかもしれないけど、人としてやっちゃ駄目だと思いました。
「うん。却下で」
「ええっ」
エイトがちっとも高揚していない驚きの声を上げる。
寧ろ、その案が本気で通ると思っていたのだろうか。
「あたいは別に構わないけど? 主と可愛い妹を両方頂く」
「うん。ワンも、自重って言葉を覚えようか」
未だ、エイトも覚えていないので、多分無理だろうけど。
しかし、製作した神々が一緒だからか、こういう部分は似ているんだな。
だから多分、ワンも覚えないんだろうな、と思う。
⦅そうですね。言うべきだと私も思います。そもそも、いずれマスターの身も心も私のモノになるとはいえ、その前に汚されるのを私は良しとはしません⦆
……もう一人居た。
何を言っても通用しそうにないので、もう何も言うまい。
馬車の使用に関しては、交代で使用していく。
もちろん、女性陣だけ……というか、エイトとウルルさんだけなら問題ないのだが、その二人、もしくはどちらか一人とワンだけで使用しないように馬車を利用した。
「……というか、アドルさんやインジャオさんには手を出さないんだ」
「タイプじゃない」
「あっ、タイプなんてあるんだ」
「あったり前だろ。まぁ、今のところ、主と女性全般だけだな」
……よし、聞かなかった事にしよう。
それからニ、三日が経った頃、解決しなければならない新たな問題が浮上する。
起こるべくして起こった、新たな問題。
それは、このまま進めば明日には町に着くのだが、果たして寄るべきかどうか、というモノ。
資金……問題なし。
食糧……問題なし。
予定……特になし。
つまり、町に寄る必要性は一切ないのだ。
それでも寄りたいという意見が出る。
何故なら、そこにベッドとお風呂があるからだ。
だからこそ、俺は言う。
「折角、また野宿に慣れてきたのに、台無しにするつもりですか?」
「わかってはいる……わかってはいるのだが……抗い難いのだ」
「お風呂に入ってさっぱりして、柔らかいベッドの上で寝たいの」
アドルさんとウルルさんから反対意見。
一度上の生活を知ってしまうと、中々戻れないというヤツだ。
「そりゃ俺だってそうしたいですけど、これから先はまた野宿が多くなりますよね? なら、今の内にもう一度慣れておかないと、辛いのが続きますよ? というか、ラメゼリア王国に着く前までの、平気で野宿をしていた頃に早く戻って下さい」
「「………………」」
アドルさんとウルルさんが俯く。
わかってくれたのかもしれない。
ちなみにだが、エイト、ワン、インジャオさんは、どっちでもよさそうなので中立の立場だ。
アドルさんとウルルさんが顔を上げると、その目に力強さが宿っていた。
どうやらわかって。
「頼む!」
「今回だけ! 今回だけだから!」
………………。
………………。
話し合いの結果、今回は俺が折れた。
翌日。
町に着くと、それなりに高い宿を取って一泊。
うん。お風呂とベッド。
この二つには抗い難い。




