いつも通りでいこう
ここから新しい章です。
用意された部屋の中。
ベッドに腰掛ける。
……詩夕たちがビットル王国に戻って行った。
次の再会はいつくらいになるんだろう。
……なんというか、やっぱり寂しい……けど、寂しがってばかりはいられない。
詩夕たちが強くなるためにも、俺も神様解放を頑張らないと……。
ところで、セミナスさん。
⦅はい。なんでしょうか?⦆
これからの予定はどうなっているの?
⦅そうですね。まず、私ほどではありませんが、槍の神と弓の女神の介入によって、書類仕事が終わりました⦆
うん。そうだね。
というか、私ほどって、そんなに気にしなくても良いのに。
⦅ので、あらかたの雑務は終わりました。そのため、吸血鬼たちの行動にも自由が戻りましたので、まずは骸骨騎士にでもお願いして、本格的な鍛錬を再開して下さい。場所は既にありますので、そこで⦆
あぁ、カノートさん家ね。
了解。
⦅それと、数日後、この国の王からお呼びがかかりますので⦆
断れば良いのね。
⦅違います⦆
でも、偉い人から呼ばれるなんて、絶対ろくでもない事だよ?
⦅この国を救った褒賞の件についてです⦆
あっ、そっちね。
セミナスさんが相当悩んでいたヤツ。
……何を選んだかは教えてくれないんでしょ?
⦅当日のお楽しみです⦆
まぁ、教えて貰えるとは思っていなかったので、セミナスさんの言う通り、その時を楽しみにしていよう。
ついでに、もう一つ聞きたいんだけど、褒賞を貰ったらこの国出るんじゃない?
⦅さすがはマスター。その通りです。次の目的地は、下大陸南西にある魔族の国に向かいます⦆
……魔族? えっと、確か、そう総称されているだけで、別に敵じゃないんだったよね?
それらしい事をアドルさんから教えられたような覚えが……。
⦅はい。こちら側、大魔王軍の敵です。この世界における魔族とは、総称。角を有していたり、肌が灰色や紫色、人の何倍もある巨漢など、通常の人種族とは違う特徴的な部分がある者たちの事を指し示しています。身近な例を挙げるならば、吸血鬼は、魔族の吸血鬼種というカテゴリーとなります⦆
なるほど。
敵じゃないんなら、問題ない。
⦅………………⦆
なんで黙るの?
⦅いえ、敵ではありませんが……まぁ、行けばわかりますが、魔族の国は吸血鬼たちと深く関わっています⦆
……えっと、セミナスさんが吸血鬼たちって言うのはアドルさんたちの事だから……つまり、アドルさんたちと関わっていて、何かしら起こる、という事?
⦅そういう訳ではありませんが、直接的な用があるのは吸血鬼たちの方です⦆
まぁ、そういう事なら、深く考えても仕方ないか。
とりあえず今は置いておいて……。
魔族がそういうカテゴリーって事は、エルフや獣人もその中に含まれるの?
⦅いいえ、違います。エルフや獣人など、一部は既にそれで一つの種族と認識、呼称されています⦆
なんか、そういう線引きが随分と曖昧な気がする。
⦅まぁ、名乗ったモノ勝ちみたいな部分がないとは言い切れません。ですので、〇〇族、もしくは〇〇種族と呼ばれるのはそれだけで確立している種族であり、〇〇種だけであれば魔族、という判断の仕方でも通用するでしょう。もしくは私に聞いて下さい⦆
……つまり、あんまり難しく考える必要はないって事だね。
⦅まぁ、突っつき出すと細か過ぎますので⦆
あぁ、面倒臭いヤツね。了解。
このあとは、セミナスさんと雑談を交わし、エイトと共にご飯を食べに王都に行く。
王城のご飯は豪華過ぎて合わないんだよね。
「エイトは何か食べたいモノある?」
「栄養価の高いモノをお願いします」
………………。
………………。
「どうかされましたか?」
「いや、そういう普通の返しも出来るんだな、と」
てっきり、もっと変な返しを言うかと思っていた。
「当然です。それに、ご主人様との間に出来たこの子のためにも、栄養価の高いモノを食さねばなりませんから」
そう言って、エイトが自分のお腹をさする。
うん。そこには誰も居ません。
「……まさか認識の齟齬を利用してくるとは」
そういう事を覚えちゃいけません!
◇
それからは、セミナスさんが教えてくれたように、インジャオさんにお願いして、本格的な鍛錬を行う日が続いた。
場所はもちろんカノートさん家。
話が通っていて、あの老齢の執事さんのサポートも付いて快適。
飲食の内容や出てくるタイミングは完璧だし、マッサージは翌日に疲れを一切残さない。
それに、カノートさん家のお風呂も入りたい時を察したかのように準部万端で、何より鍛錬で汗を大量に掻いて、それをお風呂で流したあとのサッパリ感。最高。
ただ、余りにも快適だったために、表情や態度に出てしまっていたのだろう。
エイトが執事さんをライバル視し始めた。
「確かに、あなたの支援にご主人様は満足しているようです。ですが、夜、獣になったご主人様を満足させたれるのはエイトだけです。あなたには出来ません」
……何言ってんの、エイトは。
そもそも、獣になんかなった覚えはありません。
しかし、執事さんは動じず、ただ優しい笑みを浮かべるだけ。
肝っ玉が据わっているというか、心が広いというか……。
寧ろ、動じたのはエイトの方。
「………………ま、まさか、あなたは夜の方も満足させる事が出来るとでも!」
そんな訳あるかい!
ただ、そろそろエイトの口を閉じないと、と鍛錬で疲れている体を持ち上げると、執事さんがエイトに言う。
「なるほど。全て理解致しました」
ん? 何を?
「そういう事でしたら、少しでもエイト様の助けになるように、音と気配を絶って鍵がかけられている主の部屋に入る方法を教授しましょう」
「宜しくお願いします。先達の執事」
手の平を返したように、エイトが綺麗な一礼をする。
敬っているように見えなくもない。
しかし、そんな事はさせまいと体に鞭打ってとめに入った。
……でも、よくよく考えてみると、俺の鍛錬中に聞いている可能性がある。
こんな事なら、カノートさんから執事やメイドから絶対侵入されない鍵のかけ方を聞いておくんだった。
⦅誰かお忘れではありませんか?⦆
そうか! セミナスさんが居た!
これで安全、間違いない!
⦅お任せ下さい。私以外では侵入不可能な方法を伝授します⦆
……出来れば、セミナスさんでも侵入不可能な方法が良いんですけど?
⦅ありません⦆
またまたぁ~。
⦅そうですね。言い方を間違えました。私に対して、そのような方法は存在しません⦆
そっかぁ……存在しないのか。
なら、仕方ない。
とりあえず、エイトに対しては有効なので教えて貰う事にした。
ドンラグ商会にも偶に顔を出している。
少し忙しそうにしていたが、状況はかなり落ち着いていた。
相変わらず、エイトとノノンちゃんは顔を合わせたら争っている。
仲が良いのか、悪いのか……いや、良いという事にしておこう。
それから少しして、この国の王である、ゴルドールさんに呼ばれた。
内容はセミナスさんが言っていた通り褒賞の件で、宝物庫にある物と目録の照らし合わせが漸く終わったらしく、見せられる状態になった、と。
お疲れ様です。
ちなみにだが、高く売れる美術品のいくつかがなくなっていたらしく、資金集めのために首謀者の宰相が持ち出していた事がわかったそうだ。
強力な武器とか、そういうのじゃないんだ。
まぁ、そういうのは目立つから手を出し辛いか。
いや、思う事が違う。
泥棒、よくない。
そんな事を思いつつ、宝物庫に案内された。




